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14 第二王子と聖女

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「……それなら……パウロ王子がいるわ……」


 低い呟きのような声が聞こえた方を見ると、サーシャだった。
 

「……そうよ! 第二王子パウロ王子よ! キャロラインとパウロ王子が結婚すればいいんだわ!


 は? 

 何を言っている?


 先程までの聖女オリビアと大司教との話の流れとは関係のない内容に、周囲は何を言っているのか分からず聖女サーシャを見た。


「キャロラインがパウロ王子と、私がステファン王子と結婚する。それでいいでしょう? そうすれば全てが上手くおさまるわ!」


 いい事を思いついた! とばかりにサーシャはとてもいい笑顔で言った。
 ……サーシャはパウロ王子がキャロラインの事が好きだと知っていたので、コレで丸く収まると満足げだった。


 ……しかし会場内の人々は、再びポカンとした。

 その中でサーシャだけがドヤ顔、その横にいる大司教でさえ更に蒼白となっている。おそらく、もうやめてくれと思っているのだろう。
 しかもサーシャは公爵令嬢であるキャロラインを呼び捨てにしているのだ……。


 俺は、はぁ、と大きくため息をついた。
 ……本当に、いったい何を言っているんだ? どの辺りが上手くおさまるというのか全くもって意味不明だ。

 俺はまだ皆がポカンから立ち直れない中言った。


「……もしやそれが、貴女の『神のお告げ』なのですか? 自分の思い付きと妄想を、畏れ多くも『神のお告げ』として言い回っている? ……そしてそれを教会は利用し、国の権限を手に入れようとした、という事なのか!」


 大司教は益々顔色を悪くしたが、サーシャは必死で言い訳をしてきた。


「……いいえ! 私は『聖女』なのよ!? そして神の声を聞くことが出来るの! だから私が考える事は全て神のお考えなのです!」


 サーシャはあくまでも自分の考えは『神のお告げ』だと言い張った。だが――


「まあ、ふふ。……それでは同じ聖女たる私から言わせていただきますわ。
たかが人間の考える事が神の考えなどと、なんと大それた畏れ多い事か! それこそが神をたばかる行為。そもそも『聖女』とは、人々の代表として神に祈り仕える存在。貴女が考えるような特別な権限などはないのですよ」


 聖女オリビア聖女はそれこそこれが神のお言葉だと感じさせる響く声でサーシャと大司教に告げた。

 そして俺も厳しい表情で2人に向き合う。


「大司教殿、サーシャ聖女。あなた方は何故キャロライン嬢に無実の罪を着せようとしたのか。あなた方が将来の王妃という立場や国の権限を狙ってこのような事をしたと思いたくはないが、これからそれを厳しく詮議されると心得られよ」


 2人は俺の話を驚愕の表情で聞いていたが、最後の『厳しく詮議』という言葉にガックリと膝をついた。

 しかしサーシャはまだ諦め切れないのか、膝をつきながらも俺の顔を見上げて言った。


「私……私は、ステファン王子の事が、本当に好きだったんですよ? それなのにこんな……、酷いわ。王子は女性の思いを踏み躙られるのね……!」


 恨みがましく俺を見て更に言い募ろうとするサーシャに、俺も反論しようとしたが……。


「……まあ。サーシャ聖女はご自分の事ばかりですのね。
人を愛することは素晴らしい事ですけれど、相手に他に愛する方がいるのならばその方の愛を見守るのもまた愛だと思いますわ。……少なくとも婚約者のいる方を何がなんでも自分に向けさせるよう画策するのは愛ではなく執着とでもいうのでしょうか……。少なくとも相手よりもご自分の事を愛されているのですわね」


 そうサーシャに言ったのは聖女オリビア。

 そして俺もそれに続いて言った。


「私はサーシャ聖女からは私自身でなく『王子』という存在が好きという感情しか感じられなかった。貴女はおそらく王子の恋人という立場を夢見ていただけなのだろう」


 それを聞いたサーシャは悔しげに唇を噛んだ。そこに聖女オリビアはポンと手を叩く。


「ああ! そうですわ! サーシャ聖女も先程その名を出されましたが、王子が好きなのでしたら我が国のもう1人の王子がいらっしゃいますものね?」

 聖女オリビアのその発言に、周囲の人々は一斉に1人の青年を見る。

 ――パウロ ヴァンガード。我が王国の第二王子を。


「……ッ! いや、私はそのような……」


 パウロは名を呼ばれた瞬間に身体を固くし、なんとか皆の関心をそらせようとしていた。


「まあそうおっしゃらず。……特にお2人は仲がよろしいようですものね?」

「「ッ!!」」


 聖女サーシャとパウロは驚いた表情を見せた。


「お2人が時々交流をもたれている事は王宮でも把握しておりましてよ? 私も直々に陛下からお伺いしましたわ。サーシャ聖女はパウロ殿下の母の実家の縁戚に養女として入られているのですものね。元々気心の知れた仲ならば尚よろしいでしょうし、何よりパウロ殿下には婚約者もいらっしゃいませんもの。……あぁ、もしかしてサーシャ聖女のお心がそちらに向くのを待っておられたのかしら。……素敵ですわね!」


 聖女オリビアの最後の一言は、皆の心に妙に響く。

 人々は次々に、『そういえば2人が一緒にいる所を何度か見かけた事がある』『確かにお似合いだ』などと口にした。


 パウロとサーシャは慌てて訂正しようとしたが……。


「……実は、我が公爵家は陛下よりお二人のことを任されているのです。陛下はお二人の仲を認め、我が公爵領で過ごさせてはくれないかと頼まれているのですよ。……お優しい父上で、幸せでございますわね。パウロ殿下」


 パウロはサーっと顔色が悪くなる。

 父は、自分が兄を憎み婚約者との仲を引き裂こうと裏で画策していた事を知っていたのだ、と。この王国で筆頭公爵という強い力を持つルーズベルト公爵家の令嬢を貶めた兄がそれなりに処罰を受けるかもしれないとの期待も込めて動いていた事を。


 何か言い返さねば、と思ったパウロは前を向き聖女オリビアを見た。

 ――聖女オリビアは、ジッとパウロを見ていた。その視線は、まるで猛禽類が獲物を静かに狙っているかのようだった。

 それを見てビクリとパウロが身じろぎすると、彼女はニコリと……それは美しく笑った。


「――ね? パウロ殿下?」


 聖女オリビアに念を押すようにとても美しい笑顔で言われたパウロは、その迫力に負けたのか言葉を発する事が出来なかった。



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