緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 ヴィーネ達一行がようやく都エメルディアに足を踏み入れた時、輝く杜の都と讃えられた都の面影は既に微塵もなかった。

 都は閑散として澱んでおり、人影は殆ど見当たらない。
 稀に遭遇する人々の顔つきは暗く、うつろで無気力だ。
 動くことが叶う者達は皆、とうの昔に都から逃げ出した後のようだ。

 今都に在る人々は、病人を抱えて逃げ出せぬ者や一縷の望みにすがる者、諦めきった者ばかりだった。

 かつては賑わっていただろう大通りを駆け抜けていく騎士達に、その都に取り残された人々の空虚な視線がずっと付き纏う――

(これ程、荒れ果てているとは、……)

 シリウスは胸中で呟きながら、前方にそびえたつ緑の塔を睨んだ。

 塔の隣に併設されていた学校は、閉鎖されて久しい。

 王国に杜の都在り、と謳われた緑の都の零落ぶりに、シリウスの心は痛んだ。

(……そういえば、ヴィーネはレオナの名を継いでいる――緑の塔での継承式は済ませていたのだろうか?)

 古の七人の賢者達の名を受け継ぐ者達は、皆それぞれにその資格を得たときに、関わりのある塔にて継承式を行う――シリウスとて、風の賢者ヴァンの名を得た後、風の塔にて儀式を行った。

 しかし、ヴィーネはその驚異的な若さと特殊な状況下であることから、儀式を行えたとは思えない。

 緑の塔を前にして、ふと頭をかすめた疑念のままに隣を見れば、ヴィーネが蒼白な顔で馬を駆っていた。

「――呼ばれている……呼ばれているの」

 ヴィーネの呟きを捉えた瞬間、ヴィーネの馬を駆る速度がぐんと上がる。

「ヴィーネ、待て!」

 嫌な予感に、シリウスは慌てて声をかけるが、速度は落ちない。むしろ、どんどん上がっていく――

 シリウスは舌打ちをして、残りの騎士達に言い放つ。

「我々の後を追える者は、共に来い! 逸れた者は、少なくとも日暮前には一旦必ず都から出て、昨夜の野営地まで戻って待機せよ!」

 指示を終えるや否や、猛然とヴィーネの後を追う――この速度について来られる者は、シリウスの両脇にぴたりと並走するロッドとガイ、そして意外なことに身の軽い導師と少年少女達だった。

 

 一方ヴィーネは、もはや周囲の状況は何も目に入らず、内なる声に従って、ひたすらに緑の塔を目指して馬を駆っていた。
 段々と大きくなる呼び声とその苦痛、悲しみが押し寄せていて、ヴィーネの心は潰れそうに痛んだ。
 その心痛により、速度が少し落ちた間に、ヴィーネの両隣にシリウスとディンが並ぶ。

「ヴィー! おい、ヴィーっ、ヴィーネ! しっかりしろよ! 聞こえないのかっ?!」

「無駄だ! 意識が半分引きずられている――!」

 ヴィーネは両隣で交わされる必死なやり取りにも、何も反応を示さない――その両目に捉えるのは、緑の塔のみ。

(早く、一刻も早く、あそこへ――)

 ヴィーネを先頭に、緑の塔へと続く大通りを疾風の如く駆け抜けるシリウス達――やがて、ヴィーネは馬から飛び降り、目前に迫った塔の扉に抱きついた。
 それに、ほとんど同時にシリウスとディンが続く――しかし、ヴィーネの両脇に彼らが追いつき、ヴィーネに触れた瞬間、一瞬のうちに三人の姿はかき消えた。

「消えた――嘘だろう?! ヴィー、ディン!」

「シリウス様っ! 何処に行かれたのですか?!」

 少し遅れて到着したキールとシャール、そしてシリウスの側近達は、思わぬ事態に慌てふためいた。

 そこへ、落ち着いた導師の声が響く――

「ほう。これは、珍しい仕掛けじゃな。――――塔が此処まで保ったのも、其方のおかげか、銀の癒し手リアスよ」

 いつの間に現れたのか、扉の前には白銀を思わせる青年が佇んでいた。

 
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