上 下
32 / 80

逃げ込んだその先には、

しおりを挟む
 あれから、どれくらい経ったのだろう―――――?

 美月の意識は疲労のため、朦朧としていた。
 不思議なことに、此処に迷い込んでからほとんどずっと走りづめだというのに、何故だか自分が息を切らすことはない。
 そのために、その時間を長く感じるだけで、実は短いのかどうかさえも分からなくなっていた。
 しかし、息は続けど、圧倒的多数に対し、美月の精神力はじわじわと削られていく――――


(やれ楽し。巫女様との鬼ごっこ)
(ほんに、ほんに)
(遊ぼう~もっと、もっと~)
(それ、こちらに回って捕まえようぞ?)
(速い、速い!流石は巫女殿~)


 心底鬼ごっこを楽しんでいるモノ達と、死に物狂いで逃げ惑う美月。

 けれども、時が経てば経つほど美月の意識はだんだんおぼろげにぼやけていき、やがて機械的に足を動かすのみとなった。

 あ~~もう、わたし、どうして、こうしてずっと走ってるんだっけ……?

 しかし、そんな中でもぼんやりと美月は疑問に思う。
 それだけの思考でも負担がかかったのか、意図せず美月がスピードを緩めた途端、きゃっきゃっと喜々として子供サイズの異形が飛びついてくる。
 それを反射的に避けながら、なおもぼんやりと美月は考え続けた。

 そうか、アレ達につかまってはいけないんだった……
 じゃあ、アレ達のいないところ、手の届かないところへ行かないと――――?

 美月は本能的に此処から、そしてこの事態から脱却出来る道を探す。
 すると、アレらの気配のない場所が何故だか分かった。

 あそこ――――?あそこまで行けば、…………!

 美月の瞳に光が戻り、今度は明確な意思を持って、其処を目指す。
 ここからは、何故かグレーに見える場所に向かって、美月は懸命に足を動かした。




 一方、山姫の救援を求む狼煙を見た緑雨理事長は、混乱していた。

「どういうことだ?今年度は特別修練者など、いないぞ?!」

 叫ぶや否や、遣いを送り、情報を集める。
 しかし、帰って来た遣いの報告を聞くと、今度は頭を抱えた。

「……何ということだ。山姫が独断で新入生らしき女生徒を、試しの場へ直通の道で送り届けようとした、だと?!しかも、途中で道を消失し、少女を何処かの異界へ落っことしたなどと――!!」

(なんとまあ……!山姫らしからぬ、失態よの~)
(ケラケラケラ、そりゃあ、大変なこった~)

 面白がり、完全に他人事な異形の旧友達に向かって、緑雨は告げた。

「その少女は、薄緑色の封筒を持っていたそうだ。つまり、主らも昨日会った星野美月である可能性が非常に高い」

 美月の友達である相沢 翠からの連絡を受け、あの建物へと急行した者から既に不在の報告は受けていた緑雨だったが、まさかここまでの大事に巻き込まれているとは思ってもみなかったのだ。

 しかし、緑雨の言葉でその場の空気が変わる――――

(……何だと?何故、そのような事態になったのだ!)
(山姫は、勝手に何をしておる!)
(異界に落ちた――?不味いぞ、早う、助けに行かねば!)
(我も行く!)(わしもじゃ!)(吾も!)(妾も!)

 一気に騒然となった場に、決断を下した緑雨の声が響く。

「一族の者達を異界へ落ちた星野美月捜索に投入する!手の空いている者全て、探索へ回せ!なお、本年度の修練者試験の内容を切り替えろ。特別寮に入る資格を持った者同士必ず二人以上のグループを作り、異界へ入らせ同様に星野美月を探させろ。そうすれば、試験監督者達も異界に入り探すことが出来る」

 緑雨の言葉はすぐに伝令によって、各地各人へと伝えられ、執行されていく――――
 けれども、その時点で美月は新たな局面を迎えようとしていた……。




 あった!あそこ、あの地点を越えれば…………!

 鬼ごっこに興じるたくさんの群れを躱し、走り抜けた美月は、ついに目指したゴールに到達しようとしていた――――

 美月の意図に気付いた鬼達は、狼狽して声を口々に発する。

(――まさか?!)
(巫女殿、あそこは駄目じゃ!)
(行っては、ならん!!)
(戻っておいで――!)

 制止の言葉を振り切って、美月はグレーのその場所へと飛び込んだ。

しおりを挟む

処理中です...