虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 閑話:舞台裏の変化

侵入者 (閑話その三十七)

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 ガルミッシュ帝国の領土南方に広がる大樹海に入り、生死不明の元ローゼン公爵クラウスの捜索を黒獣傭兵団が行い始めてから二十日以上の時間が経つ。

 樹海の中には野生動物が多く、木々の育ちに比例するように水場も多い為に、自給自足しながらの探索は黒獣傭兵団にとって容易だった。
 更にガルドから幾つか薬草の知識を教え込まれていたワーグナーは、樹海の中に自生している見知った植物を摘み取り、自前のすり鉢で磨り潰し小さな革袋の中に収めて行く。

 そうした光景を後ろから見ていたログウェルは、ワーグナーに話し掛けた。

「――……何を作っておるのかな?」

「ん? ……動物とか魔物とかが嫌う、薬香だな。薬草と毒草を日干しして更に擦って粉末にしたのを混ぜて炙ると、良い感じのにおいが出る。くさいから狩りには向かんが、こういう野営営では便利だ」

「ほほぉ、お前さんは薬が調合できるのかね?」

「そんな大層なモンじゃねぇよ。俺は教わったモンを、教わった通りに作ってるだけだ」

「なるほど。……それを教えた者は、元王国騎士団団長のガルドニアかね?」

「!」

 世間話のように尋ねるログウェルの口からガルドの名が出た事で、ワーグナーは驚いた表情で振り向く。
 そしてガルドの事を口にした理由を、ログウェルは微笑みながら語った。

「ガルドニア=フォン=ライザック。元ベルグリンド王国男爵で、騎士団の長を務めていた男。丁度、クラウス様の父親達の世代が最も苦戦していた相手じゃな」

「……アンタ、ガルドのおやっさんを知ってるのか?」

「戦った事は無いがの。――……丁度、五十年程前かのぉ。王国と帝国は幾度か国境沿いで諍いを行っていたが、当時の王国は騎士団長ガルドニアを将として帝国と相対していた」

「……」

「ガルドニアは騎士ながらも、正攻法での戦い方より奇策を用いる事が多かった。時には食料や酒などの物資を置いたまま去り、それ等を帝国に奪わせ食した帝国兵達が、翌日には酷い腹痛と下痢で悩まされていたところを奇襲するという策なども使ったらしい」

「はっ、えげつねぇな」

「他にも、帝国兵に偽装した王国兵が馬小屋の藁に毒を撒き、それを食した馬が泡を吹いて倒れた為に帝国の騎兵が機能せず、王国騎兵の機動力に翻弄され無様な大敗を喫した事もあるという」

「……」

「故に帝国側は迂闊に王国側へ踏み込めず。そうした奇策を用いるガルドニアを、当時の帝国は『騎士の風上に置けぬ卑劣漢ひれつかん』と呼んでおったよ」

「……アンタも、そう思うかい?」

「いいや? 『戦争いくさ』に『策』は付き物じゃろ。戦争とは、互いに剣を交える前から始めるモノ。付け入られる隙を生んでいた当時の帝国側が、情けないというものじゃな」

「へっ、それに関しちゃ同意見だ。正々堂々なんてのは、ガキの喧嘩あそびでやるもんだ。戦争でやるもんじゃねぇよ」

「そうじゃのぉ。……しかし、そうは王国も考えてくれなかったのではないかね?」

「……」

「四十年ほど前。そのガルドニアが突如として王国騎士団長の座を退けられた。更に男爵位まで剥奪されてしまったと聞く。実に残念なことじゃな」

「……どうせ、王国貴族共が功績を妬んで嵌めたんだよ。……おやっさんなら、そもそも人様に掴ませるような尻尾なんか見せるワケがねぇからな」

「――……副団長!」

「!」

 ガルドに関する話を思わぬ人物と交える事になったワーグナーは、内心に抱く思いを吐露しながら煎じた薬草を革袋の中にしまい終わる。
 そして入れ終わった革袋を日干しにしようと手に持ち立ち上がった時、捜索班に加わっていた団員の一人が急ぎ野営地に戻って来た知らせを受けた。

「どうした!?」

「は、はぁ……はぁ……!! ……む、向こうで奇妙なモンが!」

「奇妙なモン……?」

「罠です……!」

「!?」

「かなり粗いですが、一目だと分かり難い罠があちこちに……!」

「他の連中は? まさか、罠に掛かってねぇだろうな?」

「だ、大丈夫です! ただ、罠の作り方が素人染みてても種類が多いんで、索敵しながら罠を壊してます」

「……ログウェルさんよ。この樹海の原住民は、毒以外の罠なんて張る情報あったか?」

「聞いておらんのぉ」

「確か元ローゼン公が、樹海に攻め込んで原住民と戦ったとかいう話だったな。……一年ちょいで、侵入者用に罠を作って警戒してるってことなのか……?」

 届けられた情報で原住民達が樹海に罠を多く仕込んでいる事が、ワーグナーとログウェルに伝わる。
 しかしワーグナーは樹海に棲む原住民達が罠を作るという発想と技術力を短期間で得て実践していることに、何か引っ掛かりを覚えた。

 それでも罠が見つかった以上、罠を張った者達にはその向こうに行かれたくない場所が存在しているという意味も含まれている。 
 ワーグナーは散らせていた各班が戻るまで待機し、全員が戻った段階で情報の擦り合わせを行わせた。

「――……罠が重点的に置かれてる方角は、更に南か」

「情報だと、そっちに原住民の本拠地らしい遺跡が在るんっすよね?」

「んじゃあ、原住民が罠を張って侵入者避けにしてるってことで確定か」

「……罠の種類だが、どんな物があった?」

 団員達が情報の擦り合わせていく中で、ワーグナーはそれを聞きながら南側を索敵していた班に向けて尋ねる。
 それに応じて班の長を務めていた団員が、具体的な罠の種類を述べた。

「種類豊富ですぜ。小さなものなら蔦を張らせた足の引っ掛け、それに草や葉が敷き詰められた落とし穴。更に蔦を縄に見立てて掛かった奴を樹木の真上にぶら下げる括り縄まで。……オマケに、蔦に引っかかると枯れた丸太を突っ込んで来たり、小さくも投石が放たれるタイプの罠もありました」

「うへ……」

「マジかよ……。……しかも自然の物だけで、それを作られてたのか?」

「ああ。どれも罠とした初歩だが、巧妙に自然の中に隠されてて見分け難い。発見が遅かったら、踏んでたのは間違いない。人が多くなかった分、罠を踏まずに助かったってところだな」

「――……つまり罠は、集団が通れそうな場所に仕掛けられていた。そういうことだな?」

「はい」

 罠を発見した団員達の証言で、その罠の種類が夥しいモノであり厄介な事が伝わる。
 それに辟易とした様子の団員達とは逆に、ワーグナーは思考しながら罠の用途を解釈しながら問い掛けた。

「……殺傷性が高い罠は、無かったんだな?」

「当たり所が悪けりゃ、死にそうなのはありましたけどね。落とし穴も二メートル程の普通の穴で、よじ登ろうと思えば出来なくはなかったっす」

「……んじゃあ、見つけた罠はまだ『警告』だろうな」

「警告?」

「『これ以上、深く入ってきたら殺す罠もあるぞ』っていう、脅しでもあるんだろう」

「!」

「罠に掛かった、あるいは発見した集団は、始めは死にはしない罠だから警戒しながらも油断する。そんな時にいきなりキッツイ罠で襲われてみろ。パニックになるのは目に見えてるだろ?」

「……確かに」

「原住民共で戦えそうな連中は、だいたい百人前後だって情報だ。それを超える武装した集団がまた攻め込んで来たら、原住民共に勝ち目は無い。……だったら敵を精神的にも肉体的にも疲弊させながら進ませ、それが最高潮に達した時に大締めの罠でパニックに陥らせたとこを突く。それが常套手段だろうな」

「なるほど……」

「向こうから見れば、ビビらせたり殺したりするのは集団を統率してる指揮者リーダーだけでいいんだ。糞真面目に全員をぶっ殺す必要は無い。頭さえ潰せば、後は勝手に逃げ惑いながら勝手に罠に掛かって、狩り易くなるだけだ」

 ワーグナーが発見した罠の状態とそれ等を仕掛けた原住民側の意図を読み取り、団員達に聞かせていく。
 その考察は団員達を納得させ、すぐ傍に広がる罠地帯が侵入者に対する警告を兼ねた脅迫だという事を理解した。

 その上で、ワーグナーは今後の方針を伝える。

「――……そこでだ。ここからは各班で一定の距離を保ちながら、南へ進む」

「!」

「いいんっすか? 奥に行っちゃって」

「良くはないさ。だが入り口辺りを捜索しても、何も手掛かりは無かった。だったら奥に踏み込んで、元ローゼン公の手掛かりを掴むしかない」

「それは、そうっすけど……」

「罠は最低限、危険なモノを解除しながら進む。今の内に、出来るだけ水と食料、それと薬も全班に配っておけ。罠で班自体が逸れて孤立するような場合は、すぐに北へ戻って樹海から出て構わん」

「……しかし、原住民と戦うことになるんっすかね?」

「向こう次第だ。情報じゃ、言葉が通じる奴等もチラホラいるらしいからな。見つけたら説得してみようぜ。『人を探しに来ただけです』ってな」

「説得できなかったら?」

「そん時には――……黒獣傭兵団おれらのやり方で、向こうを狩るだけだ」

 問いに対して不敵な笑みを浮かべるワーグナーに応じるように、団員達も個々に笑みを浮かべる。

 ワーグナーという信頼できる指揮者によって編成された黒獣傭兵団の統率は、非常に良い。
 三十名程の少数ながらも個々の技量が高く、更に互いを信頼しながら背中や両隣を任せられる仲間によってバランスの良い行動が出来ていた。

 そうした黒獣傭兵団を見て、ログウェルは口元を微笑ませる。
 ログウェルがワーグナーの指揮に対して一切の口を挟んでいないのは、その指揮が優秀であり理に適う事を証明していた。

 同時に、ログウェルはもう一つの思考も浮かべている。
 それを南側の方を見ながら、誰にも聞こえない程の小声で呟いた。

「――……相変わらずじゃのぉ、向こうも」

 そう呟きすぐに顔を逸らしたログウェルは、ワーグナーの指揮に従い割り振られた班に組み込まれる。
 三十名程の団員達は三班に分けられ、他の班と一定の距離を保ちつつ見える範囲での行軍が始まった。

 戦闘にはマチスが入った班が罠の解除を含めた索敵を行い、その中堅を固める班をワーグナーが指揮する
 更にその後方でログウェルを含めた団員達で固められ、後方を遮断された場合は包囲された場合に真っ先に逃げ道を作り出すという役目を請け負う。

 こうして黒獣傭兵団は老騎士ログウェルを伴い、罠を解除しながら樹海の奥へ進むことを選ぶ。
 そして黒獣傭兵団の侵入は、樹海の部族達にとって既に知るところとなっていた。
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