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螺旋編 閑話:舞台裏の変化
魔人の暗躍 (閑話その四十二)
しおりを挟むクラウスの暗殺しようとした黒獣傭兵団の古参者であるマチスは、ついにその正体を晒す。
その正体は鼠獣族と呼ばれる獣族の魔人であり、隠し潜ませていた魔力を解放した。
そしてクラウスの暗殺を防いだ『緑』の七大聖人ログウェルに対して向かい合い、その間に立つワーグナーに視線を向けずに告げる。
「――……ワーグナー。アンタは下がってろ」
「……マチス、なのか……?」
「そうだ。これが俺の、本当の姿だ」
「……!!」
「……すまねぇな」
鼠の顔ながらも面影を残す瞳と声を聞き、ワーグナーは目の前に居る異形の者が自分の知るマチスだと否応なく悟らされる。
そして別れにも似た謝意を述べた後、マチスはワーグナーの横を尋常ではない速度で通り抜けながら真正面からログウェルに突っ込んだ。
「マチスッ!?」
「ほっ!」
「シャァッ!!」
通り抜けるマチスをワーグナーは目で追い叫ぶが、その声も届かない。
そしてログウェルが右手に持つ長剣を薙ぎ突き、マチスはそれを凄まじい反射神経と速度を見せながら避け跳び屈みながら左脚の蹴りを放った。
それを避けたログウェルは崩した態勢にも関わらず突いた剣を跳ね戻し、マチスの左腕を狙い斬り裂く軌道を描く。
それを察知に軸足にしていた右足で地面を蹴り飛ばしたマチスは大きく横へ跳び避け、再びログウェルの剣を間合いから外して見せた。
しかしログウェルはクラウスが寝ている小屋の前へ陣取り、その場から離れる様子を見せない。
それを見たマチスは眉間を寄せながら鋭く睨み、鼠の顔をした口から舌打ちを鳴らした。
「……チッ」
「!」
マチスはそのまま大きく後方へ飛び、身を翻して村の外へ逃げるような姿を見せる。
そして周囲に居た部族の者達を大きく跳躍すると、ログウェルは後ろで見ていたパールに向けて伝えた。
「――……クラウス様を、任せていいかね?」
「え……」
「いいかね?」
「……ああ!」
「それと、黒獣傭兵団をクラウス様に近付けてはならんぞ。他の勇士達で、囲んで留めておきなさい」
「!」
ログウェルはそう頼みながら微笑み、マチスの後を追い掛ける。
その背中を見送ったパールは表情を引き締めると、部族の者達に通じる言語で、そして黒獣傭兵団に対して通じる言語で命じた。
「『――……勇士は武器を持て! そしてあの者達を、クラウスの傍に近付けるなッ!!』」
「『あ、ああ!』」
「お前達、そこから動くな! 小屋にも近付くな!」
「!?」
「武器を持ち、一歩でも近付く素振りを見せた時点で、貴様達を敵と見做すッ!!」
叫び命じるパールは勇士達を動かし、唖然としている黒獣傭兵団の面々に向けて警告を向ける。
そして訓練された勇士達は女子供を家に避難させながら武器を持ち、槍や弓を黒獣傭兵団に向けて包囲するように構えた。
一方で黒獣傭兵団は指揮者であるワーグナーは唖然とした表情を見せながら、マチスが消えた方角を向いたまま固まっている。
団員達もまた、エリクとワーグナーに続き古参者だったマチスが突如として異形に変貌してしまい動揺した様子を見せていた。
そんな団員の一人が、ワーグナーに向けて声を飛ばす。
「ふ、副団長! どうすれば……!?」
「……マチス……」
「副団長ッ!!」
「!」
「どうしたらいいんですか……!?」
団員の声で我に返ったワーグナーは周囲を見渡し、武器を向ける部族の者達に気付く。
そして改めてパールが槍を向けながら、ワーグナーに向けて告げた。
「――……もう一度だけ言う。武器を持ち、小屋に近付く素振りを見せた時点で、お前達を敵と見做す」
「……お前等、武器は持つな。野営してる場所まで下がって、固まりながら状況を待て」
「……はい」
「それでいいか? 女隊長さんよ」
「それでいい」
ワーグナーはパールの要求に応じ、団員達に武器を持たせずに下がらせる。
そしてワーグナー自身も下がりながら、樹海の方へ消えたマチスに向けて小さく呟いた。
「……マチス。なんで、お前が……」
ワーグナーは疑問の言葉を口にしながらも、その問いを返してくれる者も居らず団員達を連れて中央の広場へ戻っていく。
そして勇士達は包囲した態勢を維持させながら黒獣傭兵団を広場まで追い遣らせたパールは、クラウスの小屋の前に立ち槍を構えながら警戒を解かなかった。
そうした状況の中で逃げたマチスは、村に立てられた柵を跳躍で越えて暗い樹海の中へ逃げ込む。
高い樹木の葉に覆われ明るさの無い樹海の暗さを意に介さず、自然の障害物を易々と跳び避けながら走っていた。
しかしマチスは、その背後に悪寒を感じる。
それは緑色の光を纏った人物が森の中を凄まじい速度で駆け抜け、マチスのすぐ後ろに追い付いていたからだった。
「――……逃がさぬよ」
「チィッ!!」
逃走に全力を注ぐマチスに、ログウェルはまるで樹海を駆け抜ける突風を思わせる速度と動きで追い付く。
そして横並びになった瞬間に身を翻しながら右手に持つ長剣を薙ぎ突き、マチスの進みを止めた。
「ッ!!」
「ほいっと!!」
剣の軌道で足を止められたマチスは急停止し、それに合わせてログウェルも止まり剣を跳ね上げながら襲い掛かる。
それをマチスは避けられずに左腕を深々と斬られ、更に左脚の腿部分を斬り裂かれた。
機動力である足の左腿を斬られ、更に斬られた左腕からも夥しい青い血液を流しながらマチスは後退る。
それを追い詰めながら長剣の切っ先を向けたログウェルは、マチスを問い質した。
「――……不思議に思っておったんじゃよ。どうして人間の傭兵団に、魔人が混ざっておるのかと」
「……初めから、気付いてたのか……ッ」
「そうじゃよ。……その擬態の上手さ、『子』の者かね?」
「!」
「フォウル国の十二支で、『子』は外の情報を伝える役割があると聞く。……お前さんがベルグリンド王国に、そして黒獣傭兵団に入り込んでいた理由は、何かね?」
「……」
「フォウル国が関わっておるのなら、幾らかは予測できるが。――……やはり、傭兵エリクに関わることかね?」
「……ッ」
「解せぬのは、クラウス様を殺めようとしたことだけ。……お主はフォウル国の干支衆、『子』の十二支士《じゅうにしし》なのは間違い無かろう。しかし、どうやら鬼姫以外に命じる者が居るようじゃな?」
ログウェルは自身の推察を述べながら構えながら、両足を擦らせて前進する。
それによって迫る剣の先を避けるように右足で身体を引かせるマチスだったが、後ろには巨大な樹木が生え立ち、それ以上の後退を許さなかった。
「……ッ」
「どうするね? 素直に喋ってくれれば、悪いようにはせぬよ」
「……一つだけ、弁明はしとこうか」
「む?」
「黒獣傭兵団は、あいつ等は俺の事を何も知らなかったさ。……アイツ等は、俺の隠れ蓑として利用してただけに過ぎない」
「ほほぉ。……して、あの傭兵団を隠れ蓑に、王国で何をしていたのかね? ……お主の雇い主は、王国の者なのかね?」
「……それは――……フッ」
「!」
追い詰められた状況の中で、何かを喋ろうとしたマチスの口が微笑みに変わる。
それを見たログウェルは僅かに怪訝さを宿らせた瞬間、突如として真横に現れた気配を感じ取った。
そちらから何かが放たれ、ログウェルに襲い掛かる。
その数と速度は尋常ではなく、ログウェルは飛び退きながら距離を確保し右手に持った長剣でそれ等を切り払った。
「……これは、札……?」
迫り襲ったその正体が薄い紙の札である事を気付いたログウェルは、僅かに驚いた表情を示す。
しかもその数は衰えず、まるでログウェルに吸い寄せられるように紙が襲い掛かって来ていた。
その一方でマチスは右脚で跳び、紙が放たれる方角へ移動する。
そして地面に着地した時、闇の中に溶け込んでいた第三者が声を発した。
「――……失敗したみたいねぇ? マーティスぅ」
「……すまねぇな。助かったぜ、クビアの姐さん」
「まぁ、しょうがないわねぇ。だってぇ、こんな化物が相手じゃねぇ?」
「クラウス=イスカル=フォン=ローゼンは、どうするべきだい?」
「依頼主からはぁ、状況次第で殺れるなら殺れって言われてるけれどぉ。……このお爺ちゃんが居たんじゃぁ、無理そうねぇ」
「それじゃあ……」
「戻るわよぉ。――……どっちにしてもぉ、あの男が生きてようが死んでようがぁ、計画に変更は無いものぉ」
「……分かった。頼むぜ」
闇に姿を溶け込ませている声の持ち主が、一瞬だけ姿を見せる。
それは金色の髪と瞳を持ち、更に九つの尾を背後に靡かせる妖艶な女性。
その女性の名をクビアを呼ぶマチスは、傷付いた身体を進ませながらその女性に近付いた。
追尾し襲う紙束に対処するログウェルは、暗闇の中でクビアを視認する。
そして迫る紙を斬り落としながら、樹木の根に着地し脚を曲げて飛び出すようにクビアとマチスが居る方向へ跳んだ。
「――……逃がさぬッ!!」
「残念ねぇ、お爺ちゃん。さようならぁ」
クビアは迫るログウェルに別れを告げ、左手に持っていた紙札を周囲に散らばせる。
すると紙札から放たれた白い光が結界となって宿り、ログウェルの剣を防ぎ止めた。
更に紙札の光が大きな閃光となり、暗闇を照らし視界を光で遮る。
そしてログウェルが目を開けた時には、クビアは自身の転移魔術によってマチスと姿を消していた。
「……してやられたのぉ……」
ログウェルは溜息を漏らしながら周囲を見回し、自分を追っていた紙札もまた消失している事に気付く。
しかし斬り裂いた紙札は残っているのに気付き、それに歩み寄りながら左手で拾い上げて目を細めた。
「……これは、やはり魔符術。妖狐族の秘術じゃったかの。……これは思った以上に、大掛かりな事が行われていそうじゃな……」
ログウェルはクビアが行った魔術の正体を自身の知識から導き出し、マチスと合わせて今回の件にフォウル国の魔人達が関わっている事に気付く。
そして紙札を捨てて右手に持つ長剣を鞘に戻すと、センチネル部族の村へ走りながら戻った。
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