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螺旋編 閑話:舞台裏の変化
黒獣の傷跡 (閑話その四十八)
しおりを挟む老騎士ログウェルと帝国宰相セルジアスが事の詳細を伝え合い、情報を纏めている頃。
ローゼン公爵領の都市内部に設けられた大宿を貸し切っている黒獣傭兵団の四十名が、食堂に集まっていた。
しかし五十名いた団員の数が、欠けるように少なくなっている。
正体を明かし姿を眩ましたのはマチスだけではなく、樹海周辺の村々やローゼン公爵領地に残していた諜報班が姿を消していたのだ。
その事に関して、黒獣傭兵団内部で情報が共有される。
「――……居なくなったのは、マチスを含めて十名か」
「はい……」
「どれも、マチスの兄貴が外から勧誘して来た傭兵ですね……」
姿を眩ませた団員達は、以前にマチスが傭兵ギルドから引き抜いたと連れて来た傭兵達。
いずれもマチスが連れて来た者達であり、ワーグナーや他の団員達も認める実力と諜報技術を身に付けていた。
それ等がマチスと連動して姿を隠し、戻って来る様子どころか連絡すら無い。
この状況を聞けば、誰もが考えるしかない。
信用し頼れるマチスという小柄で気さくな男が、黒獣傭兵団の中に潜みながら何かを行っていた事を。
そして思い出すように、一人の団員が口を開いた。
「――……そういえばさ……?」
「……?」
「あの依頼……。あの襲われた村で出された、魔物の討伐依頼……。……マチスの兄貴が、持ってきた依頼だったよな?」
「……!!」
「ちょ、ちょっと待てよ……!」
「……マチスの兄貴が、俺達を嵌めたのか……?」
「そんなワケねぇだろッ!!」
「だって、そう考えるしかねぇだろ……!?」
「始めから、奇妙な依頼だったんだ。依頼者の村長が頼んだ覚えも無いし、村の連中も魔物なんていないって言ってたのに……」
「……あの依頼を、マチスの兄貴が自分で作って、持ってきたんだとしたら……?」
「で、でも! 俺達をここまで逃がしてくれたのは、マチスの兄貴が色々やってくれたおかげだろ!?」
「……本当に、ワケが分からねぇよ……」
以前の虐殺事件であの村に赴く依頼を持って来たのがマチスである事が知られると、団員達の中である事柄に結び付く。
黒獣傭兵団がマチスに嵌められ、虐殺事件の現場に赴かせられ冤罪を着せられたのではないか。
しかし相反する事として、マチスは黒獣傭兵団を助ける為に自分の諜報班を使い、港までの逃げ道を作りながら導いてくれてもいる。
自分達を策謀に嵌めたにしても、マチスの働きは明らかに黒獣傭兵団を助ける労力の方が大きい。
本来であれば虐殺の冤罪を王都内で広められて閉じ込められた時点で裏切り、自分達を捕らえさせる方が裏切っていた可能性があるマチスには都合が良かったはずだ。
矛盾したマチスの行動が今も黒獣傭兵団の中で困惑と動揺を抱かせ、賛否を含んだ意見が飛び交い荒れさせる。
そうして罵倒が飛ぶ中で静寂を保っているのは、瞼を閉じて腕を組みながら椅子に座る団長代理のワーグナーだった。
「……聞け」
「!」
そのワーグナーが静寂を終えて口を開き、低い声で団員達に呼び掛ける
団員達はそれに気付き声を止めると、ワーグナーに視線を集めた。
「……俺は、マチスとは長い付き合いだ。……アイツは影に隠れちゃいたが、あのエリクと真っ当にやり合える実力を入団当時から持ってた」
「!」
「マチスを二十年前に団へ引き入れたのは、俺やエリクを育てたガルドのおやっさんだ。……おやっさんがマチスの正体を見抜けずに団に入れたなんてのは、考え難い。仮にマチスの正体を知ってたなら、何か理由があって団に入れてたはずだ」
「……」
「それに、マチスがいつから俺達を裏切ってたのか。始めからなのか、それとも途中からなのか。……そんなこと、今の俺達にとってはどうでもいいことだ」
「え……?」
「ど、どうでもいいって……?」
「今一番、問題にすべきことが他にある。……俺達は、見つかるかも分からん元公爵の捜索依頼を受けた。なのにマチスは、あのタイミングで元公爵を殺そうとした」
「……!」
「誰かに命じられてマチスが殺ろうとしたんだとしたら、そいつはどのタイミングでマチスに殺るようにを命じた? ……俺達が元公爵の捜索依頼を受けてからだろ」
「……!!」
「仮にマチスが王国で誰かに命じられて俺達を嵌めたんだとしたら。少なくとも、マチスや居なくなった連中に命令を飛ばせる奴が、王国だけじゃなく帝国側にも紛れ込んでいる。それが一番の問題だ」
ワーグナーの話を聞いた団員達は、改めて思考し直す。
今回の依頼はローゼン公爵家主体で計画こそされてはいたが、黒獣傭兵団そのものに依頼が舞い込んだのは偶然の要素が大きい。
元々、傭兵ギルドを通じてユグナリスとログウェルの救出と護衛を任されたのはまだローゼン公爵だったクラウスを経由した依頼だった。
そんな黒獣傭兵団に入り込んでいたマチスに、生死不明のクラウスを黒獣傭兵団が居る場で暗殺する指示が出されたということは、捜索依頼を確実に受けた事を知れる第三者がいたことになる。
全員がそれを察し、黒獣傭兵団の面々はようやく事態の深刻さを知る。
それは王国と帝国の両方で黒獣傭兵団の行動を把握できる手段を持ち、更に団の中に潜ませていたマチス達に命じる事が出来る者が存在しているという事実だった。
「――……俺が言いたいことは、分かったか?」
「……王国で俺達を嵌めるようマチスの兄貴に命じた奴と、帝国でマチスの兄貴に元公爵様を殺すよう命じた奴が、一緒ってことっすか?」
「そうだ」
「!!」
「仮にマチスが元公爵様の殺しを成功させてたとするか。そうなると俺達はまた、帝国で罪を着せられていた。『生きていた元ローゼン公爵を殺した元王国の傭兵団』だってな」
「……!」
「どうしても、黒獣傭兵団を王国でも帝国でも悪者にしたい奴がいるみたいだな。……こりゃあ、あまり帝国に長居はしない方がいい。また嵌められて帝国にも追われるんじゃ、洒落に出来なくなる」
「……じ、じゃあ……」
「一先ず、傭兵ギルドに戻る。そしてマチスと他の連中を探し出しながら、黒幕を見つけ出す。それが俺達が今やるべきことだ。――……分かったか?」
「……了解」
ワーグナーが困惑する団員達に指示し、今後の方針を決める。
黒獣傭兵団を嵌めて罪を着せようとする者が王国にも帝国にも存在するという事は、彼等にとって危険が大きい。
このまま留まるよりも勢力圏外である傭兵ギルドの在る港町へ戻る事が最善だと考えたワーグナーは、全員に出発の準備を始めさせた。
同日、昼頃に黒獣傭兵団の泊まる大宿にローゼン公爵邸で働く家令が訪れる。
そして当主であるセルジアスが黒獣傭兵団を纏めるワーグナーと話す場を設けたいと聞き、夕食を終えたその日の夜に屋敷へ訪れた。
セルジアスは客間にてワーグナーを迎え、椅子に座るように仕草で促す。
それに応じたワーグナーは座りながら、改めてセルジアスと向かい合いながら話を交えた。
「――……あのログウェルって爺さんに、今回の事は伝えるよう頼んどいたはずなんだが。今日はどういう要件で?」
「まず、依頼を完了させて頂き感謝をお伝えします。また証人と父の遺品を伴い帰還してくれたことにも――……」
「……」
「――……どうやら、世辞は要らないようですね。……では、単刀直入にお伝えします」
「そうしてくれ」
「一ヶ月ほど前から、帝国内にベルグリンド王国内で行った黒獣傭兵団の虐殺事件の話が流布されつつあります」
「……マチスと、他の連中が消えてからか」
「誰が情報を広めているかは、まだ定かではありません。しかしこのままでは、遠からずこの領地にも貴方達の悪評が届いてしまうでしょう」
「……なるほど。俺達を雇って領地に留まらせてる公爵家にとっては、俺達の存在が邪魔になってきたわけか?」
「恥を隠さず言えば、そうなりますね」
「安心しろよ。期待してはいたが、意外なことじゃない。俺達は王国の元傭兵団で、帝国さんとは敵だったんだ。こうなる事は予測できていた」
「……申し訳ありません」
「へっ。貴族様に、しかもアンタみたいな若い公爵様に頭を下げられるってのは、まだ慣れんな。……ちと、聞いていいか?」
「何でしょうか?」
謝罪し頭を下げるセルジアスを見て頭を掻いたワーグナーは、少し考えた後に質問を飛ばす。
そして姿勢を戻したセルジアスは、それに答えた。
「……俺は、マシラに渡ろうとするアンタの妹に会った。そしてこう聞いた。『恵まれてるアンタみたいな貴族が、どうして逃げる必要があるんだ?』ってな」
「!」
「アンタの妹は、それにこう答えよ。『くだらない理由で逃げている。それも自覚している。でも逃げている事に後悔は無いし、自分が後悔しちゃいけない』ってな」
「……」
「俺も、あの嬢ちゃんが言ってた事が少しだけ分かるんだ。『自分が逃げているという事を自覚しながら後悔しない』ってのが、どれほど難しいかってのはな。……アンタも相当に若いが、今の重すぎる立場から逃げたいと思ったことは無いのかい?」
ワーグナーは真剣な表情で尋ねると、セルジアスは少しだけ視線を落とす。
しかしすぐに視線を前に戻すと、ワーグナーに微笑みながら告げた。
「――……無いと言えば、嘘になるでしょうね。……けれど私は、この立場になる事を受け入れました」
「……!」
「だからこそ私は、この立場で在れるように自分の能力を最大限に高め、自分や他者の能力を活用する為に必要な事を行います。例え身分や出身が違えど、貴方達のような有能な人材の手を借りながら物事を進め、それが叶った際には誠意を相手に見せ伝える事を心掛けています」
「……だから貴族でも、俺達みたいな平民に頭を下げるのか?」
「私の頭を下げて、それが感謝として伝わるのならば。私は誠意として幾らでも頭を下げましょう」
「……変わってるな。帝国貴族は、全員そうなのかい?」
「いいえ。ローゼン公爵家は、帝国の中でも少し変わっているんですよ」
「へっ、そうか。それを聞いて、少し安心した」
セルジアスの答えにワーグナーは溜息を吐きながらも頷き、納得した様子を見せる。
そして互いに口元を微笑ませた後に、ワーグナーの口から言葉が出された。
「――……明日にでも、俺達はこの領地から出て、傭兵ギルドの在る港町まで戻る」
「ありがとうございます。……それと、これは私個人の忠告になりますが……」
「?」
「今回の依頼で起きた出来事や広まる噂を含め、貴方達をどうしても陥れたい存在が王国と帝国の内側に居るようです。……あるいは傭兵ギルドにも、その流れが向かうかもしれません」
「……なるほど。ありそうだ」
「失礼を承知した上で、敢えて言わせて頂きます。――……黒獣傭兵団は団長であるエリク同様にこの大陸から去るか、あるいは団を解散すべきではないでしょうか?」
「……」
「相手は恐らく、黒獣傭兵団を追い詰めて何かしらの行動を迫らせる意図があるのだと考えます。……それを迫られる前に、他の大陸に逃げ延びることも出来るはず。必要であれば、帝国が船を手配し貴方達を別の大陸に送り届けることも――……!」
セルジアスは忠告と共に援助を申し出るが、それをワーグナーは右手を軽く上げて手の平を見せながら止める。
そして右手を下げて口元をニヤリと微笑ませながら、ワーグナーは告げた。
「――……俺も、アンタと一緒さ」
「!」
「俺は黒獣傭兵団で、副団長の立場になることを受け入れた。……そうなってからは、黒獣傭兵団から逃げようなんざ思ったことはない」
「……」
「そして俺を、黒獣傭兵団を嵌めて陥れた奴がいる。――……そいつと決着をつけるまで、尻尾を巻いて逃げる気は無い」
「……そうですか。……分かりました。しかしくれぐれも、安直な行動はなさらぬように。何かあれば、私を頼って頂いても構いません。匿う場所くらいは、御用意できますので」
「へっ、有難いことだ。……それじゃあ、世話になったな」
「こちらこそ。……どうぞ、お元気で」
「そっちもな」
ワーグナーが席を立つと、セルジアスも合わせて席を立つ。
そしてセルジアスは歩み寄りながらワーグナーに右手を伸ばし、握手を求める姿を見せた。
それに応えるようにワーグナーは右手で握手を交え、互いに力強く握る。
そしてワーグナーは屋敷を去り、翌日の朝には黒獣傭兵団は借りていた大宿や領地の都市から姿を消していた。
こうして黒獣傭兵団はガルミッシュ帝国を去り、港町の傭兵ギルドに戻る。
それが別の思惑に因るモノである事を承知しながらも、それに立ち向かう事を選ぶ者達は苦難の道を進んでいた。
応援ありがとうございます!
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