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修羅編 一章:別れ道
合間の境界線
しおりを挟む人間大陸と魔大陸の堺に存在する、ガイストウォール山脈。
標高三万メートルから五万メートルを超える山脈群が並び立つ光景を目にしたエリクとマギルスは、フォウル国が構えているという最も高い山に向けて足を進めていた。
崖のような山を登り切り、疲弊した肉体を歩きながら休ませる二人は大きく息を吸う。
いつもならば数十秒で息を整え戻しているはずの二人だったが、高高度に位置する空間で薄い空気と低気圧のマイナスを超える寒さに晒され、いつもの調子を戻せていない。
更に人間大陸よりも重力を感じ、今まで思うように動かせた体を上手く扱えずにいた。
「――……はぁ……、はぁ……。……ここ、下よりずっと息苦しいね……」
「そうだな……。……アリアが、前に言っていたな。人が身体を動かすには、酸素が必要だと。それが、少ないのか……」
「そんなこと、言ってたっけ……?」
「皇国の来た時に、言っていたな」
「そうだったかな……」
「……植物が育つにも、酸素が必要なはずだ。……この山脈は自然が多い。それに寒いのに枯れていないのは、おかしい」
「そういえば、そうだね。……アレかな? この場所で育つのに、慣れたのかもね」
「慣れか。……俺達も、休んで慣れるか?」
「そうしよっ、お腹も空いたし!」
「確か、向こうに水場が見えた。行くか?」
「あっても飲めるのかな?」
「水や食料にも限りがある。出来れば、水場を探して補給し、食料も獲れるなら取りたい」
「そっか。じゃあ、そうしよ!」
エリクはマギルスにそう提案し、登り終えてから初めての休憩を行う為に水場が見えた方へ向かう。
そして数十分後。
二人は小規模な森に見えた水場へ辿り着き、周囲を探るように見回す。
周囲に居た小動物達は二人の気配を感じ取り、既に水場を離れていた。
更に危害を加えそうな魔獣の魔力や気配も無いので、二人は予定通りにその水場で休憩を行う。
その水場は先の山脈から流れる小川と繋がっている小さな湖で、川魚なども泳ぎ生息している。
しかし人間大陸の魚より大きく育っており、エリクはそれを見ながら呟いた。
「――……ここの魚は、人間大陸より大きいな」
「だね。獲っちゃう?」
「獲れるのか?」
「僕、森で暮らしたこともあるからね!」
「そうか、なら頼む。俺はこの水をろ過して、飲み水にする。ついでに、食べられそうな植物や実も探そう」
「はーい! ちょっと休んだらやる!」
二人は互いに作業を分担し、休憩を挟みながら食料と水の確保を行う。
ガルドに教えられた方法として、砂利を集め薄い布を用意したエリクは湖の水をろ過を行う。
マギルスは十数分ほど休むように地面に寝転がっていた後、服を脱いで湖に飛び込んだ。
「ひぃ! 水、冷たっ!」
「……先に火を焚くか」
そんな様子がありながらも、二時間後に辺りは暗闇に覆われ、二人は夜営を行う。
焚火の周りで獲れた十数匹の魚を焼いているマギルスは火を眺め、周囲の木々に生えていた食べられる果実を捥ぎ取り食事に混ぜるエリクは、緩やかに布から流れ落ちるろ過水を眺めていた。
「――……もうすぐ焼けるよ!」
「そうか」
「その実って、食べれるの?」
「ああ、美味かった。食べるか?」
「食べる!」
二人はそう話し、互いに獲れた食事を口に運ぶ。
焼けた魚には塩などは振り掛けられていなかったが、大きい身と焼けた皮が香ばしくエリクは美味に感じる。
木々に成っていた果実も人間大陸では見たことの無いモノだったが、拳大ほどの大きさで薄茶色の皮に収められた白い実は噛んだ後に甘い果汁が滲み出すと、マギルスは満足そうに表情を浮かべた。
「へー、美味しいね。これ!」
「ああ」
「これ、人間大陸では見た事ないね。何の果物だろう?」
「さぁ。……そういえば、マギルス」
「ん?」
「人間の国で食べていた料理を、美味いと感じていたか?」
「うん、美味しいよ?」
「そうなのか。……俺は最近まで、魔物や魔獣の肉しか美味いと感じなかった。普通の料理は、味がしなかった」
「それって、アレかな?」
「?」
「ゴズヴァールおじさんが言ってたんだけどね。人間大陸の土地で育った食材には、魔力がほとんど抜けてるんだって。だから魔人が食べても、味を感じないんだってさ。でも魔物や魔獣の肉は、魔力が染み付いてるから味があって美味しく感じるんだって」
「魔人は、魔力が含まれた食材じゃないと味を感じないのか?」
「みたいだね。でも人間の血が濃い魔人だったら、普通の食材を食べても味を感じるんだって」
「なら、お前は人間の血が濃い魔人なのか?」
「うーん。僕の身体ってね、『青』のおじさんの複製なんだってさ。だから味覚は普通に人間なんじゃないかな?」
「クローン?」
「『青』のおじさん、自分の身体を幾つも作ってたんだってさ。その一つが逃げて、僕がその身体に乗り移ったっていう話みたい」
「……よく分からないが、お前はそれで大丈夫なのか?」
「平気だよ。それに、僕は僕だし!」
「それなら、いいのか」
「うん!」
マギルスは果実を食べ終わった後に、焼き終わった魚の刺し枝を掴む。
そして魚の身を頬張りながら食べていると、何かを思い出しながらエリクに話し掛けた。
「……あっ、僕も気になってたんだけどさ」
「?」
「エリクおじさんって、僕と会った時には魔人だったでしょ? でも今は聖人って、どういうことなの?」
「……俺自身も、大まかな事しか分からないが。俺は生まれた時は人間で、すぐに魔人になったらしい」
「へぇ、どうして?」
「俺は赤子の頃に死に掛けたらしい。そして生き永らえさせる為に、赤子だった俺の身体に鬼神の魔力が流れ込んだそうだ」
「奴って、だれ?」
「そういえば、言っていなかったな。……俺の魂の中には、鬼神フォウルと名乗っている赤鬼が棲んでいる」
「!」
「鬼神の話が本当なら、俺は鬼神の生まれ変わりらしい。……だからフォウル国は、鬼神の魔力を使っていた俺を待っているのだろう」
「ふーん。エリクおじさんって、フォウル国が崇めてる神様なんだ?」
「俺は俺だ。そこに変わりは無い」
「そこは僕と同じだね! ……で、どうして魔人が聖人になってるの?」
「今までは、鬼神の魔力が俺の肉体に流れ込んでいた。それを止めた影響で、身体から魔力が抜け落ちたらしい。ただその時に、人間に戻った俺の身体も進化したそうだ」
「ふーん、だから魔人から聖人になったんだ。もう魔力は使えないの?」
「ああ、鬼神の魔力が流れて来るのを止めている」
「じゃあ、もう一度その魔力を流せば魔人に戻っちゃうのかな?」
「そうなった時は、俺が死ぬと鬼神は言っていた」
「!」
「人間の身体は、魔力を宿すようには出来ていない。だが俺は、魔力に影響されて肉体は大きく変質させていた」
「体が大きくなったり、怪我を治したり、魔人化したりしたこと?」
「ああ。……あのまま鬼神の魔力を使い続け、更に魔人化まで続けていたら。俺の身体は耐え切れずに、死んでいたそうだ」
「ふーん。じゃあ、おじさんはもう魔人にはなれないんだ」
「そうだな」
マギルスの言葉にエリクは頷き、次の焼き魚を掴み口に運ぶ。
それを見ながら少し考えていたマギルスが、疑問を口から漏らした。
「フォウル国の魔人は、それでいいのかな?」
「……どういうことだ?」
「だって、おじさんの中に居る鬼神が目当てなんでしょ? もうおじさんが魔人じゃないって知ったら、どうするんだろうね?」
「……確かに、そうだな」
「魔人じゃないおじさんは要らないって、追い出されたりしちゃうのかな?」
「……分からないな」
「そういうのは、着いてから考えればいいけどね!」
「そうだな」
自身が漏らした疑問を二の次に置いたマギルスは、食事を摂り終えて鞄を枕代わりに寝転がる。
エリクも食事を終えると、焚火を見ながら瞼を閉じていつもの座った姿勢で寝静まった。
次の日、二人は日の光が湖の水面を照らす頃に目を開ける。
薄い空気と寒さに完全に慣れ切った二人は、残っていた果実を朝食にして幾つか鞄に詰め込み、ろ過した水を革袋に加えて目標の山を目指し走り出した。
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