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革命編 四章:意思を継ぐ者

意思の強さ

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 老騎士ログウェルの訓練に参加する事になったエアハルトは、ユグナリスと素手同士の模擬戦という形で対峙する。
 そして先制の右拳を浴びせ、ユグナリスは両腕を重ねるように防ぎながら僅かに身体を押された。

「クッ」

「オァッ!!」

 防御した両腕は弾かれこそしなかったものの、ユグナリスの体勢は僅かに後方へ傾く。
 それを追撃するように右拳を瞬時に下げたエアハルトは右足を軸にしたまま左足を蹴り薙ぎ、ユグナリスの右顔面へ叩き込んだ。

 腕を上げ正面の視界を制限されていたユグナリスだったが、右側から飛び込む上段蹴りに気付く。
 そして右半身を踏み込ませながら、エアハルトの蹴りを右腕で防いだ。

「!」

 辛うじてエアハルトの蹴りを防いだとユグナリスが思った瞬間、左側に直撃した蹴り足が瞬く間に離れる。
 それからコンマ数秒の時間も経っていない状態で、ユグナリスの左側からエアハルトの右足が襲い掛かっていた。

「グ……ッ!!」

「フンッ」

 始めに蹴りを放った左足がまだ地面に着かない間に、エアハルトの右脚は地面を離れている。
 そして左足が地面へ着いたと同時に、軸の踏み込みを得た右足がユグナリスの左顔面を叩きながら地面へ倒れさせた。

 立ち合いを始めてから五秒にも満たぬ時間で、エアハルトはユグナリスを地面に倒す。
 右手首に施された魔封じの枷があるにも関わらず、エアハルトの素早さと敏捷性は衰えない様子を見せていた。

「フッ。どうだ、老いぼれ。これで――……ッ!!」

「クッ!!」 

 宣言通りにユグナリスを叩き倒したエアハルトは、ログウェルに対して先程の謝罪ことばを果たさせようとする。
 しかし倒れた身体を即座に起こしながら跳ねるように起き上がったユグナリスに驚き、エアハルトは跳び下がりながら後退した。

 すぐに身体を起こして構えながら立つユグナリスは、左顔に確かに打撃を受けた跡が見える。
 しかし腫れているわけでもなく、また傷付いている様子も無く、ユグナリスは自己治癒を施す様子すら見せずに呟きを零した。

「……危なかった」

「……?」

「――……ほっほっほっ。上手く受け流したのぉ」

「!」

 ユグナリスの呟く言葉を聞いたエアハルトは、怪訝な表情を見せながら驚く。
 それを同じく聞いていたログウェルは、ユグナリスが何を行ったかを瞬時に察していた。

 左顔面へ蹴りを受けた瞬間、ユグナリスは自身の反射神経を駆使して身体を右側に傾ける。
 そして受けた蹴りの力を傾ける速度に加えて、蹴りで受けた力を上手く倒れる形で受け流していた。

 あの時の体勢でエアハルトの蹴りを完全に防ぐ事や回避するのも不可能だと察したユグナリスは、咄嗟の判断で身体ごと力を受け流した事で受けた被害ダメージは無いに等しい。
 だからこそすぐに起き上がり戦意の衰えぬ青い瞳と構えを見せると、エアハルトは苛立ちを宿す表情を浮かべながら右半身を前に出した状態で構え直した。

「やはり貴様は、人間にしては頑丈だということか」

「……いいえ。違います」

「なに?」

「貴方の拳と蹴りは、確かに速い。……しかし前に戦った時と違い、やはり速度が遅くなっているし、威力ちからが軽い」

「!」

「これに比べたら、ログウェルに木剣けんで打たれていた時の方が、千倍は重く痛かった」

「……この、人間の小僧が……ッ!!」 

 エアハルトは自身の打撃に関する感想を伝えるユグナリスの言葉に激怒し、両脚に力を込めて駆け襲う。
 今度は交互に両足を軸にしながら、両足で上段から下段にかけて蹴りの連撃を浴びせ始めた。

 それを真正面から受けるユグナリスは、顔部分を守るように両腕を上げながら自身の身を守る。
 しかしその体勢で防げるのは上段の蹴りだけであり、中段の位置から交互に浴びせる脚撃がもろに腹部や横腹に直撃させ、更に両足を攻める下段蹴りを防御できずに受け続けてしまう。
 エアハルトはそのまま中段と下段への蹴りを集中させ、最後にユグナリスの鳩尾へ強い右足の蹴りを浴びせた。

 その一撃で僅かに身体を後方へ傾けたユグナリスだったが、倒れる事も無く立った姿勢を維持する。
 それを見たエアハルトは怪訝そうな表情を深め、僅かに困惑した様子を見せながら呟いた。

「どういうことだ……?」

「……やはり今の貴方は、打撃の一つ一つがとても軽い」

「!」

「脳を揺らす打撃さえ防げれば、防御ガードせずに受けられる。自己治癒かいふくも必要ない程に……」

「馬鹿な……!?」

「この威力の無さは、やはり魔力を使えないのが原因だと思います。……これは、とても公平フェアな戦いとは呼べない」

「……舐めるなよ、人間風情がッ!!」 

 今まで浴びていた有効打が一つとして効いていない事を明かすユグナリスの言葉に、エアハルトは激昂しながら襲い掛かる。

 今度も全体重を乗せた右拳で顔面を狙った一撃だったが、ユグナリスは先程と同じように両腕を上げて顔面の打撃を防ごうとした。
 しかしその直前に、エアハルトは固めていた右拳を解いてユグナリスの右腕に掴み取る。
 更に敏捷性を活かして掴んだ右腕を軸にし、加速した自分の身体を跳ぶようにユグナリスの後方へ移した。

 瞬く間に背後を取られたユグナリスの右腕から、エアハルトの右手が離れる。
 しかし、エアハルトの右腕はそのままユグナリスの首を覆うように挟み、腕で顎を持ち上げながら右腕のみの首絞めを成功させた。

「!」

「フンッ!!」

 エアハルトは全力で右腕と全身に力を込め、ユグナリスの身体を倒して首を絞める組技へ持ち込もうとする。
 その瞬間にユグナリスの立たせていた両膝が僅かに落ちたが、それからは踏み止まるように膝と腰の位置を保ちながら倒れないように維持できていた。

 全体重と腕力を込めながらも身体を倒せないユグナリスに、エアハルトは驚愕した声を零した。

「な……ッ!!」

「……やっぱり、今の貴方では無理です」

「なんだと……!?」

「速さも格闘技術も、確かに貴方の方が俺より上かもしれない。……でも、圧倒的に力が足りない」

「貴様……ッ」

「首も絞められてるはずなのに、苦しくない。……それに、簡単に外せそうだ」

「!!」

 ユグナリスは緩やかな動作で右腕を動かし、自分の首を覆うエアハルトの右腕を右手で掴む。
 すると深く奥まで食い込んでいたエアハルトの右腕が、意図も容易く剥がして首から離した。

「な……ッ!!」

「いきます」

「!」

 腕を掴んだままのユグナリスは、身を大きく捻りながら両手でエアハルトの右腕を掴む。
 するとエアハルトの身体が浮き上がり、ユグナリスに背負われる形で浮かび上がった。

 そして次の瞬間、ユグナリスの両腕が抱え持つエアハルトの身体を宙に浮かせ、前の地面へ叩き付ける。
 その速度と衝撃は土肌の地面を僅かに窪ませる程に強く、エアハルトは朝日で白む空を見上げる形で仰向きに地面へ倒された。

「……ガ、ハ……ッ!!」

 背中を叩き付けられた瞬間、エアハルトは息を全て吐き出しながら驚愕の表情を示す。
 圧倒的に優位な体勢があっさりと崩され、しかも体格でも勝る自分の身体をまるで剣でも振るような速度で叩き付けるユグナリスの膂力は、明らかに常人の力量を越えていた。

 そして背中に広がる傷みを感じながら、エアハルトは意識を朦朧とさせながらようやく察する。
 自分の目の前にいる小僧ユグナリスは、既に常人では達し得ない領域の力量を備えており、以前に戦った力量レベルを遥かに上回っている事に気付いた。

「……貴様、まさか……。前に、戦った時より……」

「俺は以前、貴方に負けそうになりました」

「……!!」

「そして大事な人、大事な家族を守る為には、更に自分を鍛える必要があると分かりました。……これが、貴方と対峙してから一ヶ月の成果です」

「……馬鹿な……。たった一ヶ月で、あの時の未熟な小僧が……」

「もし貴方が万全の状態だったら、こんなに上手くいかないでしょう。……でも大事な人達を守る為にも、俺はもっと強くなりたいと思っています」

「……!」

「貴方が強さを求める理由を、詳しくは知っているわけではありません。……でも俺が強くなりたいと思う意思は、確かに俺を強くしてくれている。そう感じる一戦でした」

 ユグナリスは掴んでいたエアハルトの右手首を離しながら、そうした事を伝える。
 そして身体を退かせながら倒れるエアハルトと距離を置き、改めてログウェルに視線を向けながら尋ねた。

「ログウェル。どうだった?」

「ふむ。まあまあじゃな」

「ま、まだ……まぁまぁなのか……」

「素手同士であり、相手が魔力を使えぬ魔人だからこそそうなった。自分の成長を実感するのも大事じゃが、その成長に自惚れておるようではいかんぞ?」

「ああ、それは分かってるよ。……エアハルト殿。立ち合って頂き、ありがとうございます」

「……」

 ユグナリスは倒れるエアハルトに礼を述べ、ログウェルがいる場所に歩み始める。
 一方でエアハルトは、仰向けになったまま白く光り始める朝の空を見て、自分の敗北を実感する事も出来ずに驚愕と困惑を表情に浮かべていた。

 こうして設けられた二人の模擬戦は、思わぬ形で勝敗を決する。
 圧倒的な実力を身に付け始めたユグナリスと、魔力を用いない自身の実力に困惑するエアハルトは、穏やかに微笑みながらも苛烈なログウェルの下で必要な訓練を施される事になった。
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