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革命編 四章:意思を継ぐ者

偽名を知る者

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 新年の祝宴会に参加したアルトリア達は、変装した姿で紛れ込む。
 その最中にマギルスの消息を知っていたエアハルトの言葉を聞き、アルトリアは不意に過去アリアと現在の自分アルトリアについて仲間達がどのように考えるか思い浮かべ、僅かに宿る不安を宿していた。

 しかしそうした不安を抱く暇を与えず、参加している祝宴パーティーの状況は進む。

 自分達に続いて更に招待客が入場し、次々と参加人数が増え続ける。
 そしてアルトリアが考え込む合間に料理が置いてある場所まで足を進めたクビアが味見をしようと近付き離れると、独身男性の参加者達がこぞってその周辺に近付いて来た。

 それを見ていたエアハルトは、隣で考え込んで沈黙しているアルトリアに敢えて聞いて来る。

「――……おい」

「ん?」

「目立っているぞ、あいつ」

「……あっ」

 エアハルトが視線を向ける先を見たアルトリアは、数人の男達に囲まれながら談笑しているクビアを発見する。
 それを鋭い視線で睨むアルトリアは、考える事を止めて大きな溜息を吐き出しながら呟いた。

「……まったく、あの狐女きつねおんな……」

「それで、どうする? 蹴り飛ばすならやるぞ」

「どっちをよ?」

「どっちでも構わんぞ」

「……面倒臭いから、ああいう連中が近付かない為の方法を取るわ。グリフィン、一緒に来なさい」

「グリフィン……。……ああ、俺か」

 アルトリアは面倒臭そうな様子を見せながら歩き始め、それに遅れながらエアハルトも後を追いながら歩く。
 一方で奴隷の身分や変装している事など忘れるように談笑しているクビアは、複数の男達に口説かれていた。

「――……御美しい方。是非、わたくしにも御名前を御聞かせ願いたい」

「あらぁ。私はぁ、サマンサっていうのよぉ」

「サマンサ様。御出身は?」

「そうねぇ。この国よりもぉ、西の方かしらぁ」

「となると、ルクソード皇国から?」

「皇国よりもぉ、もっと西ねぇ」

「本日の祝宴に参加されているという事は、何方どなたかとのえんで?」

「そうよぉ。でもぉ、こういう集まりにはあんまり出ないからぁ、ちょっと緊張してるのよねぇ」

「そうなのですか? 失礼ながら私が見る限り、今身に付けておられる装束ドレスなども、とても貴方に御似合いです。祝宴の場に、実に馴染んでいらっしゃるように見えました」

「そぅかしらぁ? 御世辞でも嬉しいわねぇ」

「いえいえ。御世辞などでは――……」

 複数の男達に囲まれながらそうした談笑を交えているクビアは、調子付くように陽気な様子を見せる。
 そうしたクビアの様子を見ながら褒める言葉を巧みに使う男性陣は、目標を落とす為に隣を競り合っていた。

 そんな男同士の争いに割り込むように、アルトリアはクビアの偽名を呼ぶ。

「サマンサ御嬢様」

「……あっ」

 整然としたアルトリアの声は、男達の声を突き破りクビアの耳まで届けさせる。
 そして調子付いていたクビアはアルトリアの存在を思い出し、僅かに苦笑を浮かべながら手を振った。

 それに気付き囲んでいた男達は身を引かせ、変装しているアルトリアを見ながら疑問を口にする。

「おや、このお嬢さんは……サマンサ殿の御知り合いですか?」

「そ、そうなのぉ。私の付人ツレなのよぉ」

「そうなのですか。いや、こちらのお嬢さんも御美しいですね。流石は、サマンサ様の御連れ様です」

「あ、あはは……」

 アルトリアが付人つれだと知った男性陣は、それもクビアを褒め上げる為の話題にしようとする。
 しかし眉を僅かに動かして怒気を含む微笑みを浮かべたアルトリアに気付いたクビアは、引き笑いを浮かべた。

 そんなクビアに対して、アルトリアは微笑みを強めながらこう話し掛ける。

「御嬢様。他の男性と御話になられていると、婚約者が嫉妬してしまいますよ」

「えっ」

「……え?」

「こちらが、サマンサ様の婚約者であるグリフィン様です」

「……は?」

 アルトリアは微笑みながら後ろに控えているエアハルトに手を向け、変装しているクビアの婚約者だと声を強めながら語る。
 それを聞いた瞬間に囲んでいた男性達は驚きの声を漏らし、同様にクビアとエアハルトも呆気を漏らしながらその言葉の真意を疑った。

 そうして睨むエアハルトの視線すらも利用し、アルトリアは微笑みながら囲んでいる男性陣に伝える。

「申し訳ありませんが、今夜のサマンサ様は婚約者であるグリフィン様を御連れしています。……婚約者がいる方にこうした対応を行うのは、あまり良ろしい事ではありませんよ?」

「そ、そうだったのですか。これは失礼を……」

「サマンサ殿。私はこれで……」

「どうぞ、婚約者と楽しい祝宴を……」

「あっ、あぁー……」

 クビアを口説こうと囲んでいた男達は、眼鏡越しに鋭く睨むエアハルトの表情に浮かべていた怒気に気付く。
 そして婚約者がいる女性を口説こうとしていたという失態に気付き、早々に囲んでいた男性達は解散し、その様子を窺っていた他の男達もクビアの周囲から散り始めた。

 あっという間に周囲の男性達から興味の対象ではなくなったクビアは、呆気を含んだ表情を見せながらアルトリアの方を向く。
 そして恨めしそうな視線を向けるクビアに対して、アルトリアは怒気を含んだ声色で顔しながら微笑んだ。

「サマンサ様。調子に乗り過ぎですよ?」

「は、はぁい……」

「はぁ……。……これからは、貴方達二人は一緒に行動しなさい。この祝宴の間わね」

「えぇ……」

「なんで不満そうなのよ。こっちのエアハルトだって、そこ等のやつには負けてない良い顔はしてるでしょ? こっちで我慢しなさい」

「えぇー。だってぇ、向こうはお金持ちそうだものぉ。こっちは無一文の紐みたいなものだしぃ」

「……アンタの男を見る基準って、どうなのよ」

「そういう貴方はぁ、どんな男が好みなわけぇ?」

「少なくとも、アンタが好きになりそうな男は好みじゃないわ」

「ひどぉい」

「いいから、アンタ達はこれからペアで行動よ。婚約者同士って立場としてね。分かった?」

「……なんで俺が、こんな女狐めぎつねと……」

「私ぃ、こんな狼男おおかみが婚約者なんて嫌よぉ」

「……アンタ達、よくそんなんで組んでたわね」

 エアハルトとクビアは互いが婚約者の役回りを演じる事に難色を示し、そんな二人を見てアルトリアは呆れ果てる。
 そうして思い出したようにアルトリアは伏せ気味だった顔を上げ、クビアを見ながら声を掛けた。

「それより、席札を貰ったでしょ? 一応、場所を確認しましょう」

「あぁ、これぇ?」

「外部の招待客扱いだから、帝国の貴族家とは別席のはず。いつも通りなら、向こう辺りかしら」

「そう言えばぁ、席って必要なのねぇ。こういうパーティーにはぁ、席なんて無いと思ってたわぁ」

「普通わね。でも貴族家同士が挨拶に行って擦れ違う場合もあって、顔を合わせられないって事もあるから。その為に席が用意されてもいるのよ」

「私達みたいな外来客にも用意してる理由はぁ?」

「一時の休憩場所。会場内で迷子になったり、すれ違ったりする場合を防ぐ為の集まる場所でもあるわね」

「なるほどねぇ」

「それと、前の方で皇帝陛下の演説が行われるから。それを聞く為の席でもあるわ」

「あらぁ。前って向こうだからぁ、私達は会場の隅で聞くのねぇ?」

「そうよ。さぁ、行きましょう」

「はぁい」

「……フンッ」 

 アルトリアは案内するように前を歩き、その後ろからクビアとエアハルトは並びながら歩く。
 そして会場の隅に用意された机と椅子が並べられた空間を発見した三人は、クビアに渡されていた紙札の番号を見ながら席を探した。

「……あぁ、あったわね。この席よ」

「あらぁ、随分と端っこねぇ」

「目立たない分には丁度良いわ。……それじゃあ、とりあえずはこの席を集合場所にしましょう。アンタ達は婚約者ペアとして動きなさい。私は一人で動くから」

「えぇ、別れて動くのぉ?」

「アンタが予想以上に目立つと分かったら、一緒に行動なんて出来ないわ」

「それぇ、酷いわねぇ。貴方が選んで着せた服と装飾でぇ、化粧も貴方がしたのにぃ」

「仕方ないでしょ。素材が良過ぎたのよ」

「あらぁ。酷いと思ったらぁ、今度は褒めてくるぅ」

「とにかく、予定通りにアンタ達も動きなさい。私も私で動くから」

「はぁい」

「……チッ」

 アルトリアはそうして二人に命じて、別々に動く事を伝える。
 それを承諾した二人は並び歩きながら会場内を動きながら周囲を見渡し、特にエアハルトは鼻を微かに動かしながら何かの匂いを探っていた。

 二人を見送った後、アルトリアは大きく溜息を零しながら席を離れて別方向へ歩もうとする。
 そうして向かう途中、すれ違う装束ドレス姿の女性に僅かに視線が動き、丁寧な礼を向けながら道を譲った。

 しかしその装束ドレス姿の女性は、何故か道を譲ったはずのアルトリアの前で立ち止まる。
 それに気付き不可解な表情を浮かべたアルトリアだったが、先に相手の女性から声を掛けて来た。

「――……もしかして、アリスか?」

「……えっ?」

 自己紹介もしていないはずの女性に偽名を呼ばれ、アルトリアは表情を強張らせる。
 そして驚きを隠した表情で顔を起こすと、目の前に居る女性の姿をはっきりと見据えた。

 その女性はリエスティアと同じ黒い髪と黒い瞳を持っていたが、似ても似つかない褐色の肌を見せている。
 身長はアルトリアよりも高く、更に貴族女性にはいないであろう鍛えられた肉体を持つ事が、覗かせている腕や肩の膨らみから理解できた。

 そして更に顔を上げ、アルトリアはその女性の顔を見る。
 すると何かを思い出すように表情を強張らせ、口を僅かに開きながら驚きの声で名前を漏らした。

「……もしかして、貴方……パール?」

「やっぱり、アリスか!」

 アルトリアは驚きの表情で、記憶に在る人物パールの名を零す。
 それを聞き確信を強めたパールは、驚き以上の喜びを見せながらアリスに歩み寄った。

 こうして祝宴の場において、アルトリアは記憶に在る懐かしい人物と顔を合わせる。
 それは二年前に訪れた大樹海で出会い信頼関係を築き上げた友、女勇士パールとの再会でもあった。
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