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革命編 五章:決戦の大地

苛まれる罪

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 過去の夢を視るエアハルトは、まだ闘士部隊に居た頃にマシラ共和国で見聞きした記憶を辿っていく。
 そこに映し出されるのは懐かしき者達と共に、ケイルの姉レミディアとの苛烈な交流が思い出されていた。

 安らげる居場所を巡ってレミディアと争ったエアハルトだったが、魔人にも関わらず人間の女性に負けるという結末に終わる。
 そこで新たに知るのは、水準を超えるレミディアの強さにはゴズヴァールの師事があり、更に自分と同じ闘士であるという思わぬ情報だった。

 そうした出来事があった後、エアハルトは自らゴズヴァールの下に足を運ぶ。
 そして苛立ちと憤りが交じり合うような視線を向けながら、ゴズヴァールに対してレミディアに関する事を尋ねた。

 するとゴズヴァールは、特に渋る様子も無くレミディアについて教える。

『――……王子の護衛役?』

『そうだ。レミディアには、王子の護衛を任せている』

『何故あの女が、闘士だと俺に教えなかった?』

『お前が人間に対して興味を持たなかったからだ。興味も無い事は、お前は覚えようとしないだろう』

『……ッ』

 至極当然のようにレミディアが闘士である事を伏せていた理由を伝えたゴズヴァールの言葉に、エアハルトは返す言葉を詰まらせる。
 逆にゴズヴァールは、そうした様子を見せるエアハルトに問い返した。

『それにしても、お前が人間たにんの事を聞きたがるとはな。何かあったか?』

『……何も無い』

『何かあったという顔をしているぞ』

『……奴は本当に、ただの人間なのか?』

『どういう意味だ?』

『魔人並の身体能力を持つ人間など、聞いた事が無い』

『なんだ、手合わせでもしたのか? それとも、戦っている姿でも見たのか』

『どうでもいい。それより、どういう事か教えろ』

 頑なに自分がレミディアに負けた事を明かさないエアハルトは、強い口調でそう尋ねる。
 そして鼻息を漏らしながら傍に石階段に腰を落とすゴズヴァールは、レミディアについての素性を教えた。

『恐らく彼女は、人間か進化する途上……。聖人に到達する前の段階にいる』

『せいじん……?』

『我々のような魔人も含めて、あらゆる生物が進化する可能性を秘めている。人間もまた、その進化ののちに辿り着く段階ステージがあるのだ。彼女が普通の人間を上回る身体能力を持つのは、まさに進化の途上にあるからだろう。それだけ過酷な環境に、今まで身を置いて来たという事でもある』

『……』

『エアハルト。彼女の素性については、どれほど把握している?』

『……元奴隷だとかいう話以外は、特に』

『そうか。……私がレミディアを見つけたのは、五年前。お前を連れて来る一年ほど前だ』

『!』

『彼女は共和国ここの首都、その下層で暮らしていた。犯罪奴隷としてな』

『犯罪奴隷……?』

『どうやら他国で盗みを行い、その罪で捕まったらしい。身寄りも無い為に本来ならば孤児奴隷とするところだが、盗みを働いて捕まった事で犯罪奴隷という名目で奴隷商人に買い取られたようだ。……生い立ち自体は、お前とそう変わらんかもしれんな』

『……』

『そして建国直後の共和国ここに送り売られ、ある老婆に買い取られた。……そして五年前のあの日、首都の街並を見たいという王子ウルクルスの要望に応えたマシラ王の願いで、私と王子は共に首都の見物へ赴いた』

『そこで、あの女を見つけたのか』

『ああ。……いや、正確には助けられたと言うべきか』

『なに?』

『今もそうだが、王子は落ち着きのない方でな。監視しながら護衛する私を疎ましく思ったのか、市に入ったところで私を撒こうと試みて走り出してしまった』

『だが、見失うお前ではないだろう』

『勿論だ。だが、賑わう人々を俺が突き飛ばして追うわけにもいかん。故に王子との距離が開いてしまってな。……そこを狙うように、王子を攫おうとした者達がいた』

『何かの企みか?』

『いや、王子の持っていた金品を狙って攫おうとしたらしい。その盗人達に襲われ連れ去られそうになった王子を、私は取り戻そうとした。……だがその前に、彼女が現れた』

『!』

『奴隷紋が施されているにも関わらず、彼女は制約に反する苦痛に堪えながら盗人達を戦った。しかも自分より体格の大きい複数の男達を相手に、見事に退しりぞけたのだ』

『……その時から、あの女から強かったのか』

『技術自体は、今と比べるべくもなくつたない。だが高い身体能力を持ち合わせていたのは確かだ。……そして助けられた王子が、助けてくれた彼女に惚れてしまった』

『……それで奴隷だったあの女を買い取って、自分の傍仕えにしているのか。あの王子は』

『ああ。だが買い取った奴隷をいきなり護衛として王宮ここに置くのは、流石の無理がある。そこで私が闘士の一員として属させ、護衛を務められるだけの鍛錬を施した』

『だが、あんな女が他の連中に混ざって鍛錬を受けている姿など見たことが無いぞ』

『基本的には、自主訓練をさせている事が多いからな。だがレミディアの才能は、人間の中で特に際立っている。序列こそ与えていないが、俺を除く序列闘士にも渡り合える程の実力はある』

 レミディアについて語るゴズヴァールの言葉に、エアハルトは今まで得ていた情報に納得し始める。

 元奴隷でありながら王宮内の仕事を任されている理由も、闘士部隊の一員として王子の護衛役を務めているから。
 それと同時に傍仕えとしての役目も王子ウルクルスから強要されている為、女官の仕事も並行して行っているらしい。

 しかしそこで矛盾に気付いたエアハルトは、ゴズヴァールに再び尋ねた。

『ならば何故、周りの者達はあの女が闘士だと知らない?』

『知っている者は知っている。知らない者が知らない、それだけだ』

『あの女が闘士で、王子の護衛をしていると公言していないのか?』

『その方が都合がいいこともある。王宮ここに居る女官達は、基本的に戦えないと部外者には思われている。だからこそ王子を狙うような者がいれば、レミディアが排除し易い』

『……だから敢えて、公言はしていないのか』

『それもあるが、彼女自身の意見として別の理由からも公言をしていない』

『なに?』

『元奴隷で、しかも女の自分が闘士などという役職を就いている事が分かれば、闘士という存在そのものが侮られる。だから自分が闘士である事は、誰にも公言しなくてもいい。……だから彼女の意思もあって、彼女自身が闘士である事を知らぬ者の方が多いのだ』

『……!』

 その話を聞いたエアハルトは、眉をひそめながら表情を強張らせる。

 周囲の者達からすれば、元奴隷が突如として王子に取り入り、女官として勤めているようにしか見えない。
 その状況を自ら作り出すように提案したレミディアの意思に納得する事は難しく、また理解や共感する事も出来ずにいた。

 むしろその話を聞いてレミディアに対する印象に嫌悪を含み始めたエアハルトは、それ以上の事を尋ねずにその場から離れる。
 それから幾日か庭園に通ったが、あの時からしばらくエアハルトがレミディアの姿を見る機会は訪れなかった。

 そして七日程が経った時、庭園に向かったエアハルトは再び訝し気な表情を浮かべる。
 いつも休んでいる木陰に再びレミディアの姿があり、草の生い茂る地面に座りながら起きている姿を目にした。

 エアハルトがその存在に気付いたように、レミディアも視線を合わせながら顔を向ける。
 しかしこの間のような険悪な表情とは異なる微笑みを浮かべると、右手で手招きをする様子が見えた。

『……ッ』

 呼ばれている事に気付きながらも、嫌悪を浮かべるエアハルトは内心で去ろうかと考える。
 しかし逃げたと思われる事を想像して更なる忌避を抱くと、その招きに応じるように睨みを向けながら近付いた。

『――……貴様、今日は居たのか』

『ええ。前回も今回も、私が休日なので。なので休日ではない六日間だけは、貴方にここを譲りますよ』

『……』

 微笑みながら自身が休日である事を伝えるレミディアに対して、エアハルトは嫌悪を隠さずに見下ろす。
 それに気付いたレミディアは、苦笑を浮かべながら話し掛けた。

『この間の事で、嫌われてしまいましたね』

『……違う』

『え?』

『貴様が先にこの場所を見つけたという点では、嘘は無かった。そして貴様の強さ、そして闘士である事も、ゴズヴァールから聞いた。それについては納得している』

『……それじゃあ、元奴隷の私が王宮ここに勤めているのが気に喰わないとか?』

『奴隷なぞ知らん。興味も無い』

『!』

『俺が気に喰わないのは、貴様の偽善染みた行動だ』

 レミディアの立場に関して嫌悪を向けていない事を明かしたエアハルトは、そうした理由を敢えて教える。
 それを聞いたレミディアは僅かに呆気の表情を浮かべると、首を傾げながら問い掛けた。

『偽善?』

『貴様、王子を助けて王宮ここに来たらしいな。……それは打算か? それとも企みか?』

『え?』

『王子を助けて自分を召し上げて貰うよう頼むつもりだったのか。それとも襲った奴等と組んでいて密偵スパイとして王宮に潜り込んでいるのか。どちらだ?』

『……ああ、そういう事ですか』

『偶然、王子が誘拐される場に居合わせて助けただと? ……そんなモノを真に受ける馬鹿は、あの馬鹿王子くらいだ』

 辛辣な事を言いながら密偵スパイたぐいではないかと疑うエアハルトに対して、レミディアは納得しながらも呆れるような溜息を漏らす。
 そうした様子を向けるレミディアに僅かな苛立ちを持ったエアハルトだったが、その口から否定の言葉が出た。

『そういうの、もう飽きるほど疑われているので。あまり新鮮味は無いですね』

『……なんだと?』

『でも、お答えしておきます。……確かに私があの場に居合わせたのは、偶然じゃありませんでした。でも、私が見ていたのは王子じゃなくて、盗人の方です』

『……盗人の方を監視していた?』

下層あそこで盗みを働く人が居ると聞いて、私の主人マスターで地主のお婆さんが悩んでいたんです。だから盗人それっぽい人を見つけて監視していたら、王子ウルクルス様が偶然に襲われていたので、止める為に入った。それだけだったんですけどね』

『……フンッ。信じられんな』

『同じ事を沢山の人に言われました。でも王子ウルクルス様やゴズヴァール様は信じて証言してくれているので、特に気にしていません』

『ならば、どうして王子の誘いに乗って王宮ここに来た?』

『……貴方、あんまり想像力が無いんですね?』

『なにっ』

『相手はこの共和国くにの王子様で、その後ろには共和国このくにで有名なゴズヴァール様が付いて来てたんですよ。もしその誘いを断ったら何をされるか、怖いと思うのは当たり前じゃないですか』 

『……!』

『下手を御返事を返したら、私の主人マスターだったお婆さんにも迷惑が掛かるかもしれないんです。だから主人マスターや私も、王子ウルクルス様の誘いに応じる事にしたんですよ』

 王子ウルクルスを助けた経緯と王宮に来た理由を伝えたレミディアは、敢えて溜息を漏らしながら不機嫌な様子を見せる。
 そうした様子を見るエアハルトは、今までレミディアに抱いていた猜疑心と嫌悪感が誤解かもしれないという可能性を僅かに浮かべた。

 それでもまだ疑問が残るエアハルトは、敢えて強い口調で問い質す。

『それが本当だとして、どうして王子を助けた?』

『……その時には、助けたのが共和国このくにの王子様だなんて知らなかったんですよ』

『違う。例え王子じゃなくとも、貴様は助けに入ったのか?』

『……それも、貴方に誤解されてるみたいですね』

『誤解?』

『私は、人を助けたかったわけじゃありません。……ただ、人から物を奪うという行為が見逃せなかった。それだけです』

『……?』

『私が奴隷になってた理由は、聞いてますか?』

『……確か、物を盗んだとか言っていたな。そんなお前が、他人が強奪する事を許せなかったとでも言うつもりか?』

『はい。だって私は、その時の事を後悔していますから』

『!』

『もし私が盗みを働かなければ、妹を孤独ひとりにせずに済んだんです。……そして私の両親や一族も、盗みをしなければ離れ離れにならなかった。……ずっと、そう思っているんです』

 寂し気な微笑みを見せながらそう語るレミディアの言葉に、エアハルトは内心で僅かな困惑を抱く。
 彼女が語るのは王子を助ける為などという甘い理由ではなく、盗人達が自分のように後悔しない為の抑止だったのだ。

 それは、レミディアの心に刻まれた消えない爪痕。
 飢えた一族と両親は商団を襲って返り討ちに遭い、自身は盗みを働いて捕まり、幼いリディアだけは奴隷にならぬように置いて来た行動をレミディア自身が深く後悔し続けている姿。

 それは年相応の弱々しさを持つ女性ひとであり、再びエアハルトの心情に名状し難い不快感と動揺が入り混じる感情を宿らせる事になった。
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