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革命編 五章:決戦の大地

因縁の相手

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 元ガルミッシュ帝国貴族、ターナー男爵家の嫡男ヒルドルフ=フォン=ターナー。
 彼はゲルガルド伯爵家に三十年間に渡って仕えながら、【特級】傭兵として数々の戦歴を重ねた『影』の魔法師ドルフとして帝国皇子ユグナリスの前に立ちはだかった。

 ドルフの力量は、悪魔すら圧倒するユグナリスに油断を許さぬと称する程の実力。
 更に豊富な対人戦闘経験によって、驚異の身体能力を持つユグナリスすらも巧みな戦術によって苦境に立たせる程の差をドルフは見せていた。

 一方その頃、同じように同盟都市内を散策していたマギルスもまた、ユグナリスと同様に敵側の刺客と向かい合っている。
 その人物に声を向けられたマギルスだったが、その顔を見ながらも首を傾げて問い掛けた。

「――……久し振りだな。少年」

「……おじさん、どっかで会ったことあるっけ?」

 マギルスが相手の顔を見ながら、不思議そうに問い掛ける。
 それはウォーリスの忠臣と自負する、あの悪魔騎士ザルツヘルムの姿だった。

 この二人は、過去にも思わぬ出会い方をしている。
 それはルクソード皇国にて行われた合成魔獣キマイラ合成魔人キメラを使った実験施設内であり、グラド率いる訓練兵達にザルツヘルムが実験を行っている最中だった。

 その際に気紛れな様子で現れたマギルスは作られた合成魔人キメラ達を一蹴し、実験の主導していたザルツヘルムの首を刈り取る。
 しかし歯牙の思いすら懸けぬその時の行動は、ザルツヘルムという男の存在をマギルスの記憶から完全に排除し切っていた。

 そうして自身の事を覚えていないマギルスに対して、ザルツヘルムは口元を微笑ませながら声を向ける。

「あの時の私は、あっさりと首を飛ばされた。君にね」

「首を飛ばした? ……うーん。いっぱいそういうことしてたし、覚えてないや!」

「……なるほど。あの時の私は、君の記憶にすら残らない。それも仕方の無い事かもしれないな」

 悪気も無く素直に覚えていないマギルスの様子に、ザルツヘルムは自身に呆れを向けながら口元に笑みを浮かべる。
 しかしマギルスは、ザルツヘルムが考えるような意図でそうした事を口にしているわけではなかった。

「だいたい、そんな嫌な気配を放ってる相手だったら覚えてるはずだもん。おじさんみたいな人に会ったの、初めてだし?」

「……」

「ああ。でも、誰かに似てるんだよなぁ。確か、ランヴァルディアって人と……あと、未来あのときのアリアお姉さんでしょ。それと、未来そのときに見た赤いやつ!」

「……なるほど。気配の事を言っているのなら、それも仕方ない。何せ今の私は、悪魔として蘇ったのだから」

悪魔それは知ってるけどね! でも蘇ったってことは、前に僕が首を飛ばして死んだ人なんだ? いつだっけ」

「ルクソード皇国の実験施設。と言えば、分かりますか?」

「実験施設? んー……あっ! 合成魔人キメラもどきで遊んでた人だっけ? 僕に邪魔されたから怒ってた人!」

「ええ。……改めて、君に名乗らせて頂く。私はザルツヘルム。今はウォーリス様の忠実な騎士です」

「僕、マギルスね! ――……それで、おじさんは首取られた時の復讐リベンジに来たのかな?」

 笑みを浮かべながらそう尋ねるマギルスは、左足を踏み込ませながら背負う大鎌を右手で持ちながら組み構える。
 するとザルツヘルムは微笑ませていた口を閉じ、真剣な表情を見せながら答えを返した。

「……私はウォーリス様に仕える以前は、ナルヴァニア陛下に仕えていました」

「誰それ? 知らないや」

「ルクソード皇国の女皇だった方。そして君達が取り戻しに来たであろう、リエスティア姫の祖母に当たる人物です」

「!」

「ナルヴァニア様はルクソード皇国での事件が終わった後、処刑されたと聞いています。君はその時、立ち合いましたか?」

「んーん。でも、なんかそれっぽい話は覚えてるかも。あの事件ときに悪い事をいっぱいしてた人だっけ?」

「……ナルヴァニア様が、処刑される際に何か仰っていたか。聞いていますか?」

「知らないよ。……もしかして、それが聞きたくて僕のとこに来たの?」

「それも理由に含まれますね。……しかし大きな理由は、君が侵入者の中で最も厄介な相手だと判断しからでもあります」

 ザルツヘルムはそう語り、左腰に携える長剣を右手で抜き放つ。
 それと同時に剣を構えながらマギルスと対峙すると、マギルスは口元の微笑みを強めながら笑みを浮かべた。

「へー。おじさん、分かってるじゃん!」

「今度は、あの時のようにはなりませんよ」

「僕も、あの時よりいっぱい強くなったもんね。――……今度もまた、首を飛ばしてあげるよっ!!」

 マギルスは大鎌を大きく振りながら身を捻じり、前に突き出した左足の踏み込みを強くする。
 すると次の瞬間、その場に居た二人の姿は消え失せ、その中間位置に衝撃を散らせながら二人の姿が再び現れた。

 互いに大鎌と長剣の刃を押し当て、微笑みの視線を見せながら金属同士の擦れ合う火花を散らす。
 そして二人は息を合わせるように一歩だけ引き、そこから大鎌と剣を振り交える凄まじい激突を見せ始めた。

「フッ!!」

「うひっ!!」

 互いの一撃一撃が命を絶つ為に振られる中、二人は不自然にも微笑みを強める

 かつて刃すら触れられなかった相手マギルスに対して互角以上に渡り合うザルツヘルムの微笑みは、まさに好敵手を見つけたように嬉々としている。
 それはマギルスも同様であり、身に着けた力量ちからを遺憾なく発揮できる玩具あいてと対峙で来た嬉しさは、ザルツヘルムの心情に通じるモノだった。

「イイね、悪魔のおじさんっ!!」

「それは光栄だっ!!」

 互いに放たれる攻撃を回避して間合いを開けた二人は、そう褒め合うように声を向ける。
 そして再び距離を詰めて互いの武器を振り衝突させ合うと、まるで互いの技量を確かめ合うように二人は交戦を続けた。

 そうしてマギルスとザルツヘルムが交戦し始めた頃、場面は狼獣族エアハルトに移る。
 同盟都市内の匂いを嗅ぎながら歩みを進めていたエアハルトもまた、その目の前に奇怪な相手と遭遇していた。

「――……なんだ? 貴様……」

「……」

 エアハルトが訝し気に視線を注ぐのは、一人の男。

 身長はエアハルトと同程度であり、その様相すがたは三十代前半に見える年齢。
 しかしエアハルトは優れた嗅覚によって、相手が人間ではなく、また自分達のような魔人とは異なる存在だと気付けた。

 その相手は、伏せていた顔をエアハルトに向ける。
 それを見た時、嗅覚で感じる異常をエアハルトの視覚でも認知した。

「……貴様。その顔は……」

「――……よう。おたくも魔人かい?」

「!」

「ああ、おたくもってのは違うか。――……なんせ俺は、もう魔人でもなんでもない。単なる化物になっちまったんだからな」

 口を開きながら歩み出るその人物は、建物に落ちる影から出て夜空から降り注ぐ僅かな明かりに姿を晒す。
 その人物は軽い口調ながらも、口元を微笑ませながら話し掛け続けた。

「どうだい。醜い姿だろ? 今の俺って」

「……貴様、魔人だと言っていたな。何者だ?」

「名前か? ――……生きてた頃は、バンデラスって名前だった」

「!」

「今は死んで、魂を死霊術じゅつで縛られて。こんな化物みたいな体にされちまった。……まったくよぉ。それもこれも、全部あの糞女クソアマのせいだ」

 苛立ちから憤怒の感情を言葉で見せ始めるその男は、自身の名をバンデラスと称する。

 バンデラスという名の魔人は、かつてルクソード皇国の事件に深く関わる魔人だった。
 その素性は皇都の傭兵ギルドマスターだった【特級】傭兵であり、豹獣族チーターと呼ばれる種族でもある。

 バンデラスは皇国の事件に際して、あのエリクと戦い圧倒的な強さを見せた。
 しかし鬼神の姿へ変化したエリクによって瀕死に追い込まれ、その隙を突いたケイルによって首を切断され絶命している。
 そのバンデラスが死霊術ネクロマンシーによって現世に留まり、本来の肉体に改造を施された姿を見せた。

 かつては毎夜に女性を魅了していた顔には切れ込みが入れられ、以前とは異なる歪な両目を周囲にグルグルと回している
 そして両足は人間とは異なる三本指の太く歪な形となり、細くも逞しかった両腕は膨れ上がるように鋼色の鱗に覆われた奇妙な姿になっていた。

 そんな自身の姿を、バンデラスはこう称する。

「この俺が、まさか合成魔人キメラにされちまうとはな……」

「キメラ……?」

「俺の肉体と、魔獣共の肉体を組み合わせたんだ。……見ろよ、この不細工な格好をよ」

「……」

「まったくよぉ。前のまんまだと弱過ぎるだとか言いやがって、こんな姿に変えて俺の魂を呼び戻しやがった……。――……どいつもこいつも、反吐へどが出るぜ」

「ッ!!」

 歪な右手で顔を覆うバンデラスは、指の隙間から瞳孔をエアハルトに向ける。
 すると身体中から凄まじい殺気と魔力を放ち、あのエアハルトに鳥肌を立たせながら左足を僅かに引かせる様子を見せた。

 エアハルトは自身の経験に基づき、対峙するバンデラスの力量を計る。
 その威圧感と魔力量はマシラ共和国で対峙した鬼神姿のエリクを上回り、今まで誰にも向けられた事が無い程の殺気を纏わせた強い怨念がバンデラスから感じられた。

 そして身構えながら対峙するエアハルトは、思わず苦々しい表情を浮かべる。
 エアハルトの強張らせながらも整った顔立ちに、バンデラスは憎悪の籠る言葉を向けた。

「良い顔してるなぁ、おたく。――……どうせだったら、その顔を寄越せよ。俺が使ってやるからさ」

「!?」

 バンデラスはそう告げた瞬間、明確な殺意をエアハルトに向ける。
 そして瞬く間に視界から消えると、野生の勘とも言うべき判断でエアハルトは右側へ跳び退いた。

 すると次の瞬間、エアハルトが立っていた場所に凄まじい衝撃と振動が走る。
 更に地面を陥没させて周囲の建物を崩壊させる衝撃は、その場に現れたバンデラスの巨腕によって放たれた一撃だった。

「グッ!!」

 その衝撃波と瓦礫を受けるエアハルトは、跳び退いた先にある建物に身体を突っ込ませる。
 崩れた壁越しにバンデラスの姿を確認したエアハルトは、自身の勘が正しかった事と同時に、相手が自分が思う以上の化物である事をようやく確信した。

 しかし当の化物バンデラスは、小さな溜息を漏らしながらこう呟く。

「……やっぱり、この身体には慣れんなぁ……。無駄に力が入り過ぎる……」

「……ッ!!」

「このままだと、顔まで潰れちまうじゃねぇか。……身体は要らんが、顔だけは剥ぎ取らないとな」

「……この、化物め……っ!!」

 理性を感じさせないバンデラスの狂気と欲求は、エアハルトに様々な嫌悪を感じさせる。
 それは生物としての本能であると同時に、人間の醜さとも言える嫉妬が混じっている事をエアハルトは察した。

 そして再び、バンデラスはエアハルトに襲い掛かる。
 辛うじて姿を視界に捉えるエアハルトは、躊躇せずに逃げる事を選んだ。

 しかしそれを許さぬバンデラスは、逃走するエアハルトを追いながら周囲を破壊していく。
 狂気を含む笑い声を背後で聞くエアハルトは、苦々しい表情を見せた。

「逃がすかよッ!!」

「チィッ!!」

 すぐに背中まで追い付いたバンデラスは、両拳を振り上げながらエアハルトを殴り付けようとする。
 しかし前に跳びながら両手を地面に噛ませたエアハルトは、自身の両足を真上に向けて襲い来るバンデラスの両拳を迎撃した。

 腕と脚では力の入れ方に差があり、本来の衝突ならば蹴りの方が有利ではある。
 しかし合成魔人キメラされ強化したバンデラスの両腕は、エアハルトの蹴りなど諸共せずに圧し勝った。

「ウォラアアッ!!」

「グッ――……ガ、ハ……ッ!!」

 押し負けたエアハルトは身体の正面から地面へ叩きつけられ、跳ねるはずの無い身体が宙を舞う。
 その状況から復帰するよりも早く、バンデラスの右足から放たれた蹴りがエアハルトの腹部に凄まじい強打を浴びせた。

 蹴られたエアハルトは夥しい吐血を漏らし、幾つもの建物を貫通しながら吹き飛ばされる。
 そして幾つかの建物を破壊しながら止まると、既にその近くまで近付いていたバンデラスが邪悪な笑みを見せながら微笑んだ。

「さぁて、一人目は完了だ。コイツの顔を回収したら、他の奴等の始末も――……おっ?」

「……グ……ッ」

「なんだ、まだ生きてるのか。もう殺したと思ったんだが、やっぱ顔をぐちゃぐちゃにしないようにるのは、力加減が難しいな」

 崩落した瓦礫の中から姿を見せるエアハルトを見て、バンデラスは面倒臭そうな口調と表情を見せる。
 しかし口から新たに吐血するエアハルトは、膝を落としながら地面へ両手を着いた。

「ハァ……ハァ……ッ」

「そうそう。そうやって大人しく、俺に殺されればいいんだよ。――……いつかあの女も、こうやって殺してやりてぇなぁ」

「……?」

「俺を殺しやがった、あの糞女クソアマ。……ケイティル!」

「……!?」

「奴等の計画が上手くいけば、俺は自由になれるっ!! そん時にはあの女を探し出して、目と手足をもぎ取ってから、死ぬまで犯してやるっ!! ……いや、死ぬのなんざ許さねぇ。地獄のような生涯を、あの糞女ケイティルにも味合わせてやるんだッ!! ガッハハハハッ!!」

 バンデラスの口からケイティルの名が出た時、エアハルトの瞳は大きく開かれる。
 そして狂気とも言える言葉を聞いた瞬間、エアハルトの脳裏にケイルの姉レミディアの顔が浮かび上がり、それが憤怒の感情へと変化しながら身体を立たせた。

 そして狂気の笑いを叫ぶバンデラスに対して、身体に金色の電撃を纏わせながら告げる。

「ケイティルは……あの女は、俺の獲物だ……」

「……あ?」

「貴様のような奴に、あの女を好き勝手にはさせん……」

「……なんだおたく、あの糞女クソアマの知り合いか。――……だったら、お前の顔であの女を犯してやるよ」

「ッ!!」

 バンデラスの発したその言葉が、エアハルトの怒りを頂点にまで引き上げる。
 そして自らの魔力で治癒力を高めながら、瞬く間に人間の姿から金色の毛色を纏う人狼オオカミへと変身した。

 そして電撃を纏ったエアハルトは、凄まじい速さでバンデラスの左顔面を殴り付ける。
 それに驚きを見せるバンデラスは吹き飛びこそしなかったものの、よろめく姿を見せながら口元から青い血を流しながらエアハルトに憎悪の視線を注いだ。

「テメェ……」

「……貴様は、俺が殺すッ!!」

「……やってみろよ、このいぬっころがッ!!」

 高いに魔力を最大限まで高め、憎悪の感情に任せて拳を向ける。
 一人の女ケイティルに対する感情によって明確な敵対意思を持った二人は、その場を破壊し尽くす程の交戦を行い始めた。

 こうして同盟都市の三箇所にて、凄まじい激戦が繰り広げられる。
 それぞれに因縁の繋がる相手と対峙する者達は、互いの意思を貫く為の戦いを始めたのだった。
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