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革命編 五章:決戦の大地
悪夢の再来
しおりを挟む同盟都市を浮遊させている魔鋼の遺跡に侵入した狼獣族エアハルトは、優れた嗅覚によって迷宮にも思える内部を淀みの無い動きで進む。
その先に辿り着いたのは、鉄格子の中に捕らわれているアルトリアの牢獄だった。
以前とは真逆で檻の外から見下ろす光景となったエアハルトは、石畳の床に横たわるアルトリアの様子を窺う。
その様相は祝宴の時と変わらぬ衣服ながらも、足と脚部分を覆うはずの布生地が大きく破れていた。
太腿が見えるような乱れたアルトリアの衣服にエアハルトは訝し気な表情を浮かべたが、すぐに別の部分に着目する。
それはアルトリアの身体と長い金髪に覆われながら隠されるように敷かれる破かれた布生地であり、エアハルトは鼻を微かに動かしながらその部分から漂う魔力の匂いに気付いた。
「……フンッ!!」
エアハルトは右脚を鉄格子に向けて薙ぎながら、魔力斬撃を放つ。
しかし鉄格子は魔力斬撃では斬り裂けず、傷一つとして付けられなかった。
目の前を遮る鉄格子がただの鉄製ではない事を察したエアハルトは、嗅覚を働かせながら室内の匂いを嗅ぎ取る。
そしてアルトリア自身と布生地から漂う魔力とは異なる匂いを嗅ぎ分け、別の人物と思しき匂いの痕跡を追った。
「……コレか?」
エアハルトは壁部分に鼻を近付けながら匂いを嗅ぎ取り、その部分に異なる匂いの持ち主が触れたことを察する。
そして自らその部分に右手を触れさせると、出入り口と同じように僅かな亀裂も窪みも無い壁が動くように押せるのを確認した。
そのまま右手を押し込んだエアハルトの動きと連動し、アルトリアを捕らえている鉄格子に変化が及ぶ。
天井と床、そして壁部分に刺さるように備えられていた鉄格子が上下左右に別れながら収納され、アルトリアとエアハルトを遮っている牢獄が無くなった。
仕掛けの凝った牢獄に呆れるような鼻息を漏らすエアハルトは、そのままアルトリアが倒れる場所まで近付く。
そして右膝を床に着けながら意識の無いアルトリアの様子を窺うと、改めてアルトリアの身体に浮かび上がる呪印を凝視した。
「この模様、下級悪魔に似た腐臭をしている。……おいっ、起きろ」
「……」
「……駄目か」
呪印から漂う匂いに警戒を抱くエアハルトは、そのままアルトリアに触れないまま呼び掛けて起こそうとする。
しかし青褪めたまま呼吸も浅いアルトリアの様子は、明らかに衰弱している事をエアハルトに気付かせた。
エアハルトは警戒を抱きながらも右手に纏わせた自身の魔力を障壁にし、呪印が施されたアルトリアの左肩に触れる。
警戒している呪印の効果が自分にも及ぶ事を危惧していたエアハルトだったが、その疑いを晴らすように触れている自分の魔力や右手に影響を及ぼしていない事を確認した。
「触れはする、ということか。――……おいっ、まだ生きているのか?」
改めてアルトリアに触れても問題が無いと察したエアハルトは、左肩を掴むように揺らしながらアルトリアを起こそうとする。
それでも瞼を閉じたまま起きる様子の無いアルトリアに対して、エアハルトは深い溜息を吐き出しながら愚痴を零した。
「……チッ、担いでいくしかないか。世話の焼ける女だ」
意識が戻らないアルトリアを自分が運び出すしかないと諦めたエアハルトは、右手で掴んだ左腕ごと華奢に思える身体を引き起こす。
そして嫌々な表情で背負うような姿勢にまで整えると、まだ屈んだ状態のまま床に敷かれている布生地を取り払いながら中身を再確認した。
「……紙札に、これは魔石か」
布生地に隠されていた紙札とその上に乗せられた魔石を発見したエアハルトは、それが紙札から魔力を放ち続けていた理由だと察する。
そして鉄格子の近くにある照明の一つが割れている事に気付き、そこから魔石を取り出して使用しているのだと察した。
しかしそう結論付けられながらも、エアハルトの表情には疑惑が浮かぶ。
鉄格子の中は壊れている照明の位置まで腕一つでは決して届かぬ高さと距離があり、どのような手段でアルトリアが魔石を回収できたのかがエアハルトには理解できなかった。
「……あの位置にある照明を、どうやって壊したんだ。……まぁ、この女のやる事だ。他にも何か隠していたんだろう」
そうして理解を諦めたエアハルトは、魔石と紙札を回収しながら下履きの衣嚢に収める。
すると膝と腰を上げてアルトリアを抱えたまま立ち上がると、再び壊した扉の上を歩みながらその部屋を出て行った。
「この邪魔な女は、出入り口に戻すとして……。……あと一人は、どうやって探すか……」
再び遺跡の迷宮を歩き始めるエアハルトは、周囲の匂いを辿りながら出入り口へ戻る事を選ぶ。
しかしアルトリアとは別に魔力の痕跡を辿れないリエスティアについては、探す当てがない事を改めて自覚しながら呟いた。
周囲の魔力を無効化させてしまうリエスティアは、例え紙札を持たせていても放たれる魔力そのものが消失してしまう。
しかしリエスティア本人の匂いを探ろうにも、怪蟲や下級悪魔のように強烈な匂いでも放っていない限りはエアハルトには気付かれない。
しかも遺跡内部は下級悪魔の血肉が散乱しており、そのせいであちこちに腐臭が漂い、嗅覚を使ったエアハルトの索敵をかなり邪魔している。
このままアルトリアを出入り口に戻す事が出来ても、この広い地下空間の中でリエスティアの捜索までは行うのは難しいと、エアハルトは考え始めていた。
そんな時、エアハルトは僅かな振動を感じ取る。
それは遺跡全体が振動させる揺れであり、僅かながらもアルトリアを背負っているエアハルトの姿勢を僅かに崩させた。
「くっ」
「……ッ」
揺れの影響で足元を僅かに縺れさせたエアハルトは、通路の壁に当たるように右肩を当てる。
そして背負われているアルトリアも右肩と頭が壁に当たり、僅かに苦痛の息を漏らしながら顰めた表情を強めた。
壁を支えにしながら態勢を戻すエアハルトは、遺跡内部に響く振動に怪訝な思考を浮かべる。
この振動の影響が何なのか分からないエアハルトは、周囲を嗅覚で探りながら呟いた。
「……都市部で戦っている奴等の影響か……。……それとも、内部に潜入した干支衆が暴れている影響か……。……それとも、別の何かが動いているのか……?」
振動の原因をその三択として浮かべたエアハルトは、周囲を探りながら振動が治まるの静かに待つ。
それから一分近く揺れ続けた遺跡内部は、振動が無くなり地響きも薄れて再び静けさを取り戻した。
「……治まったか。……少し前の揺れといい、いったいこの土地で何が起こっているんだ……」
揺れの無くなった床で姿勢を戻したエアハルトは、索敵を怠らずに来た道を戻っていく。
エアハルトはこの段階において、まだ同盟都市が大地を離れて浮遊しているという状況を理解していない。
何かしらの原因で同盟都市が揺れているのだと察してながらも、都市全体が大地を離れつつあるという状況までは想像できなかった。
そうして遺跡内部を進み続けるエアハルトは、順調に来た道を戻りながら下級悪魔や干支衆の痕跡を避け続ける。
しかし出入り口まで残り半分近くの位置まで辿り着いた時、一本道の通路から何かが近付いて来るのに気付いた。
「――……チッ、隠れる場所も無い……!!」
嗅ぎ覚えの無い匂いと硬い足音が近づいている事を察したエアハルトは、アルトリアを壁際に降ろしながら右半身を前に出して身構える。
そして向かって来る相手が仄暗い通路の中で視認できた時、エアハルトは目を大きく見開きながら驚愕を浮かべた。
「ッ!?」
「――……なんだ、もう回収してたの。先を越されちゃったわね」
そこに現れた声の主を見たエアハルトは、驚愕を浮かべながらもすぐに警戒心を高めながら構えを深くする。
その場に現れたのは頭まで覆われている黒い外套を羽織る人物であり、その人物にエアハルトは見覚えがあった。
それは同盟都市に侵入しようとする途中、自分達を上空で襲って来た人物。
マギルスと一戦交えようとしながらも転移して姿を消した、【魔王】と自称する者だった。
しかしエアハルトは、自称も知らぬ【魔王】に警戒心を高めながら右爪し戦闘態勢を整える。
そうした対応を諫めるように、【魔王】は機械的な声ながらも落ち着いた口調で呼び掛けた。
「止めときなさい。アンタと戦う気は無いわ」
「……貴様、何者だ。フォウル国の干支衆とやらか?」
「干支衆じゃないわよ。むしろ私は、干支衆側の目的を阻む為に来てるんだから」
「……?」
「アンタが回収してる、そのアルトリア。干支衆はその子ともう一人を殺そうとしてる。それを阻止して、二人を回収するのが私の目的」
「……回収して、どうする?」
「とりあえず別の場所に移すわ。このまま同盟都市に置いとくと、『天界』の扉が開いちゃうし」
「……テンカイ?」
「説明してあげてもいいけど、今のアンタが理解してもしょうがないのよ。――……その子、大人しく渡してくれない?」
「……断る。この女は、俺が見つけたんだ。貴様にやるつもりはない」
【魔王】の頼みにエアハルトは応じず、そのまま鋭い睨みと構えを向けながら対峙を選ぶ。
すると僅かに首を横に振りながらエアハルトを見た【魔王】は、歩みを再開しながら二人に近付き始めた。
それに対してエアハルトは肉体に通わせる生命力を高め、電撃に変換した魔力を纏いながら身体中の毛を黄金に変化させる。
アルトリアの身柄を確保する為に双方が対峙する様相を見せた中、突如として【魔王】側の後方に凄まじい轟音と土煙が通路に立ち込めた。
「ッ!!」
「……まさか、人形まで動かし始めるなんて……」
事態の変化に驚愕するエアハルトに代わり、【魔王】は起きた異変の正体をすぐに気付く。
その理由は、振り向いた【魔王】自身の先に映る、黒い金属で形成された人型の人形が見えたからでもあった。
すると次の瞬間、黒い人形は即座に【魔王】へ飛び掛かるように襲い掛かり、右手の形状を刃に変化させる。
そして【魔王】を刺し貫こうとした瞬間、魔王は左腕を突き出しながら五本の指で魔弾を連射するように放出した。
その威力と衝撃は命中した黒い人形を大きく吹き飛ばし、暗い通路の奥へと掻き消す。
しかし通路に空いた穴からは、同じ黒い人形が次々と出現しながら【魔王】とエアハルト達を狙うように襲撃して来た。
「なんだ、コイツ等は……ッ!?」
「干支衆の奴等、暴れ過ぎたわね。余計な人形まで出させて――……ッ!!」
【魔王】は義体の両手から放つ魔弾で湧き出るような黒い人形達を迎撃し、次々と吹き飛ばす。
しかし破壊できずに原型を留めたままの黒い人形は、起き上がるとすぐに【魔王】に迫りながら変形させた両手の刃を襲おうとした。
【魔王】はそれ等を迎撃しながら侵攻を留めたが、エアハルトが来た通路側にも変化が及ぶ。
それはエアハルト達の後方からも、黒い人形達が迫るように襲って来る光景が見え始めたせいだった。
「こっちもか……ッ!!」
エアハルトはそれを確認すると、壁に寄りかかりながら座らせていたアルトリアを背負い直す。
そして【魔王】とは真逆の方に走り出しながら、迫って来る黒い人形達の方へ向かい始めた。
それを見た【魔王】は、慌てるような口調で声を飛ばす。
「ちょっと! 一緒に転移してあげるから、その子を渡しなさいっ!!」
「断るっ!!」
【魔王】の申し出を容赦なく切り返したエアハルトは、アルトリアを抱えたまま黒い人形達に対して強行突破を行おうとする。
そして黒い人形達の振る両手の刃を電撃を纏った肉体で素早くすり抜け、黒い人形と【魔王】を引き離すように走り始めた。
こうして遺跡内部でアルトリアの奪還に成功したエアハルトだったが、その目の前に新たな障害が立ち塞がる。
それはエアハルトの知らない未来において、多くの兵士達を死に追いやった魔鋼の黒い人形達だった。
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