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革命編 七章:黒を継ぎし者
子供達の宿題
しおりを挟むゲルガルド伯爵領地の廃鉱山地帯に設けられてる地下の実験施設にて、ウォーリス達は囚われていたリエスティアを救出する。
しかし精神と魂をほぼ消去されていたリエスティアは意識を失っており、更にウォーリスに施されているゲルガルドとの回線を途絶えさせる方法も分からなかった。
そしてジェイクの絞り出した提案により、逸脱した実力を持つメディアに解決方法を尋ねるということで地上に戻ることになる。
リエスティアを運びながら地上へ駆け上がる三人は、メディアとの合流を目指した。
一方その頃、地上では驚くべき状況が生み出されている。
廃鉱山が広がる山々に巨大な爆音が鳴り響き、凄まじい土埃を上げる。
その上空にはメディアが浮遊したまま無傷で見下ろしており、小さな溜息を漏らしながら呟いた。
『……それが本気のつもり? だとしたら、少しガッカリだわ』
『――……グッ、ガァアアッ!!』
侮りではなく失望に近い感情を向けるメディアに対して、土煙を吹き飛ばしながら現れたゲルガルドが憤怒の形相を見せる。
しかし到達者であるはずのゲルガルドは全身を傷付けられながら、余裕の無い様子が窺えた。
そんなゲルガルドが再び中空に戻るのに対して、メディアは身構えもしないまま容赦の無い言葉を放ち続ける。
『到達者って言っても、貴方は小さな御山に住んでる大将ってことかしらね。御似合いだわ』
『なんだと……っ!!』
『そうそう、そういう態度。まさに小物って感じよね』
『……調子に乗るな、小娘がぁああッ!!』
挑発の言葉に再び激昂するゲルガルドは、自身の左腕を右手で捥ぎ取る。
すると捥ぎ取った左腕が白と赤の光へと変化し、凄まじい生命力と魔力で形成された合成弾となった。
それを右手で翳し向けるゲルガルドは、一瞬でメディアの上空に転移しながら合成弾を投げ降ろす。
しかし相手の位置を瞬時に把握したメディアは、それを避けずに両腕を掲げて魔石の嵌め込まれた手袋のまま受け止めた。
『馬鹿めっ!! このエネルギー弾をまともに受けるとは――……』
『下に投げるんじゃないわよ。――……返すわ』
『なっ!?』
ゲルガルドは巨大な威力を秘める合成弾を受け止めたメディアの死を確信しながらも、それは次の瞬間に裏切られる。
見下ろしていたはずのメディアと合成弾はその場から消え、一瞬で自分の背後から背筋が凍る声が聞こえたのだ。
そしてゲルガルドが驚愕し硬直した思考のまま振り向いた瞬間、その背中に凄まじい衝撃を受ける。
すると自分が放ったはずの合成弾が自身の背中を抉りながら更なる上空へ吹き飛ばされ、そのまま凄まじい爆発が起きた。
夕闇に覆われ始めていた空に白い閃光が迸り、大気を揺らす程の衝撃を周囲に及ぼす。
それを見上げながら両腕を組むメディアは、呆れるような表情を浮かべながら呟いた。
『相手が同じことを出来るって、どうして想定できないのかしら。……これだから、凡人には困っちゃうのよね』
そうした呆れの言葉を向けるメディアは、閃光の収まった上空を見上げる。
するとその中から身体の各所を吹き飛ばされたゲルガルドが現れ、大きく疲弊した様子を見せていた。
『――……ハァ、ハァ……。……何故、こんな……ッ!!』
『……なるほど。そういうこと』
先程まで瞬く間に傷を治していたゲルガルドの様子と異なる再生能力に、メディアは僅かな思考時間で結論に辿り着く。
そして自らその上空まで赴くと、緩やかに傷を再生させているゲルガルドに対して言い放った。
『私の攻撃だとすぐに治るのに、自分の攻撃だと傷の治りが随分と遅いのね』
『……ッ!!』
『曲がりなりにも、到達者って事かしら。……到達者は到達者でしか殺せない。つまり到達者である貴方の攻撃をそのまま返せば、殺せるのね』
『……!!』
今までとは異なる邪悪な笑みを浮かべたメディアに、ゲルガルドは自身の憤怒や憎悪を超える恐怖を抱き始める。
目の前の相手が単なる邪魔な障害などではなく、自分を倒し得る術を持った強敵である事を改めて認識させられたゲルガルドの恐怖は、人間大陸で潜み続けた数百年の中で初めて危機感を持たせたのだ。
それでも転移魔法さえ使えば、彼はメディアから逃亡できる。
しかし逃亡を選択しないゲルガルドには、彼なりの理由があった。
『……クソ……ッ。……もう少しで、望みが叶うというのに……っ!!』
ゲルガルドは苦々しい表情と小声を浮かべ、ある場所に視線を向ける。
そこはゲルガルドの地下実験施設が隠されている小規模の場所であり、そこに隠し捕らえている創造神の肉体に思い出していた。
そうして余所見をするゲルガルドに対して、メディアは再び挑発染みた言葉を向ける。
『どうしたの? さっさと身体を治して、攻撃して来たら?』
『……ッ!!』
『それとも、貴方の攻撃が肉体の再生能力を妨げてるのかしら。なんなら、私が攻撃して仕切り直ししても良いわよ?』
『……貴様、何が目的だ……。……どうして、私を……!』
『どうして? ……んー、そうねぇ。……暇だから?』
『!?』
『ここ数年、平和だけど退屈な生活ばっかりしてたのよね。だから刺激的な事がしたかったっていうのも理由。……それに近場に到達者がいるなら、一度は戦ってみたかったのよね』
『……お前は……お前は、何者だ……!?』
『だから何度も言ってるでしょ。――……私は天才よ』
首を傾げながら自身を『天才』と称するメディアに、ゲルガルドは底知れぬ恐怖を抱く。
ただの聖人が到達者《エンドレス》である自分を圧倒し、しかもそれすら全力ではなく気紛れの暇潰しと説いているのだ。
その底知れ無い相手に対する恐怖は、まさに未知の存在と言ってもいい。
二度に渡る人魔大戦を経験し、更に数多の技術力を有する自分さえ知らない未知の存在は、ゲルガルドの思考に初めて『逃走』の発想を浮かび上がらせた。
『……駄目だ……。今、コイツと戦ってはいけない……。――……クソッ、覚えていろ……!!』
『あっ』
浮かんだ逃走をすぐに実行する事を選んだゲルガルドは、即座に転移魔法によってその場から消える。
それを見たメディアは別方角へ視線を向けると、眉を顰めながら唇を尖らせて怒り混じりの声を呟かせた。
『……随分と遠くに逃げたわね、フラムブルグの方角かしら。……あーあ、久し振りに本気を出せると思ったのに、つまんないの』
ゲルガルドが転移した位置を把握しながらも、メディアは興味を失ったかのような呆れ顔を見せる。
そして実験施設のある森の方角へ視線を向けると、そちらに意識を向けながら何かに気付いた。
それは実験施設の出入り口から這い出て来るウォーリス達の気配であり、三人だったはずの生命力が四名に増えている事をメディアは察する。
すると口元を微笑ませ、仄かな怒りを収めながら口元を微笑ませた。
『まぁ、別に私が殺らなくてもいいか。……成長する子供達の相手には、丁度良さそうだし』
余裕の微笑みを戻したメディアは、ゲルガルドに対する未練が一瞬で失せる。
そしてこれから育つだろう自分の子供達に対する宿題としてゲルガルドを相手にさせようと決め、地上に戻ったウォーリス達と合流する為に降下し始めた。
こうしてメディアはゲルガルドを敢えて逃がし、未来の子供達に課題を残す。
その選択はアリアやエリクを始めとした様々な人物達の人生に影響を及ぼす事にもなるのだが、この時点でその未来を予測できる者は誰も居なかった。
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