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革命編 八章:冒険譚の終幕
集う脅威
しおりを挟む崩落した天界の大陸から突如として放たれた黄金色の極光は、世界の全てを照らす。
そして極光が晴れた時、数多くの人々は一変した景色を目撃する事となった。
その原因は、天界と共に崩壊した聖域に封じられていた『マナの大樹』。
それが現世側に出現し、世界中の人々がどこからでも視認できる巨大さを誇っていた。
次々と起きた異常事態の果てに突如として現れた規格外の大樹に、人間大陸の人々は戦々恐々とした面持ちを浮かべる。
そして次の事態が起こるのではないかという不安と恐怖が増しながら、ほぼ全員が『マナの大樹』に意識を向けていた。
そうした一方で、雲が浮かぶ天空を超え成層圏にまで至るマナの大樹が伸びた近くに、浮遊している物体が在る。
それは辛うじて大樹の出現に巻き込まれるのを免れた、ドワーフ族の族長バルディオスが操縦する機動戦士だった。
『――……こ、こりゃ……マナの大樹か……!?』
「……やっぱり。聖域の時空間が壊れて、マナの大樹が出て来てしまった……」
操縦席の映像を通して間近に大樹を見るバルディオスは、その様相から話に聞く『マナの大樹』だと理解する。
そしてそれを肯定するように、アルトリアはマナの大樹が現世に現れたことに焦りの様子を浮かべた。
そして遅れながらも瞼を開けて同じ大樹を見たケイルが、驚愕を浮かべながらアルトリアへ問い掛ける。
「……コレ、マジかよ……。……あの大樹が現世に出て来たのか……!?」
「ええ。……マズいわね」
「え?」
「忘れた? あの大樹に備わってる循環機構は、世界が滅びたと誤認させてたのよ。……でも、現世に出てきたら……」
「……まさか、自爆が始まっちまうっ!?」
「もう始まってるかもしれない。――……下へ降りて、急いでっ!!」
『わ、分かった』
「!」
「『黒』を……リエスティアを探しましょう。……私達はもうボロボロで、大樹の破壊するだけの余裕は無い。こうなったらもう、循環機構を完全に止めるしかないわ……」
アルトリアはそう話し、以前に自爆を試みた循環機構を再び騙すのが不可能であると判断する。
そして今後は循環機構の停止ではなく破壊を考え、機動戦士を降下させた。
すると乗せられている手の平から地上を見下ろす彼等は、そこにマナの大樹と共に存在する大樹群が生い茂る樹海の大陸を見つける。
それが聖域の時空間内部に存在した大陸だと理解し、一面の海にマナの大樹を中心とした巨大な大陸が出現していることに驚きを浮かべた。
「聖域に在ったモノが、全て現世に出現したみたいね……」
「なら、『黒』の奴も……」
「一緒に現世へ戻ってる可能性は高いはず。……でも、もしそうなら……」
「……アイツも、ってことか」
「ええ。……世界の破壊に失敗したアイツが、次に何をやるか分からない。何かやられる前に、循環機構は完全に破壊するわ……!!」
循環機構を破壊する為に最も必要とする創造神の肉体が生きている可能性を考えるアルトリアは、同時にもう一つの懸念も漏らす。
それこそが自身の母親であり、世界の破壊を躊躇いなく実行したメディアの存在だった。
創造神と同じ肉体を持つことで単独ながらも循環機構に干渉できる権能を持ったメディアは、この状況においては脅威でしかない。
そして権能しか持たない自分達だけでは循環機構に干渉すら出来ない為に、急ぎリエスティアを探す必要に迫られていた。
そうして降下し続ける機動戦士に、一つの赤い閃光が迫る。
それを視認したアルトリアやケイルは視線を向け、立ち止まった赤い閃光に呼び掛けた。
「ユグナリス!」
「――……アルトリア!」
「……ふぇえ……怖かったわぁ……」
その赤い閃光からはユグナリスが現れ、それと同時に抱えられているクビアとシエスティナの姿も見える。
するとユグナリスは機動戦士の広げる両手に乗り、二人を降ろした。
クビアはその場で腰を抜かすように座り込み、半泣きで弱音を漏らす。
するとユグナリスはアルトリアへ顔を向け、強張った表情と声で問い掛けた。
「どういうことなんだ、コレ……!?」
「聖剣の極光で、マナの大樹が在った時空間が壊れたのよ。そして、中に在った大陸が現世に出て来た」
「中に在ったモノが……。……なら、リエスティアもっ!?」
「何処かに居るはずよ。アンタ、探して来れる?」
「言われなくても探すさっ!!」
「あっ、待ちなさい!」
「なんだよっ!?」
「問題はそれからよ」
「え?」
「私達が止めた循環機構の自爆が、この状況でまた再始動したかもしれない。それを防ぐには、またリエスティアの身体が必要よ」
「自爆って、また……!?」
「とにかく、リエスティアを見つけたらすぐに私のところまで来なさい。私の権能で止めるから」
「……リエスティアを犠牲にするような方法では、ないんだな?」
「ええ」
「……分かった」
アルトリアはそう説き伏せ、ユグナリスにリエスティア捜索を任せる。
そして手の平から飛び立ち赤い閃光となって地上へ降下していくと、その話を聞いていたケイルが表情を強張らせながら聞いた。
「その代わり、自分が犠牲になるってか?」
「……」
「もう権能は使うなって言ったろ。マジで死ぬぞ」
「……何とか耐えられれば、ウォーリスと似たような状況だけで留められるわ」
「お前な……。……いや、待てよ」
「?」
「アタシの持ってる権能は、使えないか?」
「えっ」
「アタシでも創造神の肉体に触れれば、神殿の大扉は開けた。だったら、お前の代わりにアタシが循環機構を壊せばいいじゃねぇか」
「……貴方、構築式とか分かるの?」
「いいや、全然」
「じゃあ、無理でしょ」
「お前が横で、やり方を教えればいいんだよ。ついでに、権能の使い方も教えろよ。どうやって出すんだ? あの操作盤っぽいの」
「……」
「なんだその顔、文句あんのか?」
「……分かったわよ、やればいいんでしょ……。……私が操作すれば、秒で終わるのに……」
ケイルが自らの権能を使うことを提案すると、アルトリアは渋々ながらもそれに応じる。
循環機構に干渉できるのは七つに分けられた権能を持った者だけであり、その一つを持つケイルには操作できる権限が確かにあった。
しかし才能だけではなく膨大な構築式の知識も必要とする操作は、武芸に特化しているケイルだけでは不可能。
そこで必要な知識を持つアルトリアを頭脳として、ケイルが操作盤を扱うという手段が決められた。
そんな二人の会話を傍で聞いていたエリクは、二人に問い掛ける。、
「……壊したら、どうするんだ?」
「!」
「循環機構を壊したら、現世や輪廻《むこう》も……滅ぶかもしれないんだろ……?」
「……ええ」
「なら……」
「壊すと言っても、丸ごと壊すワケじゃない。循環機構の器になってるマナの大樹は壊さないし、構築式の外殻《そとがわ》は残すつもり。……そして中身を壊すと同時に、こちらの入力する構築式を代替品にすれば……」
「よく、分からないが……。……それは、成功できるのか?」
「……」
「……そうか」
エリクが最後に問い掛けた成否に、アルトリアは僅かに表情を顰めながら口を閉ざす。
その手段が成功する可能性が限りなく低い事を理解したエリクとケイルは、互いにそれ以上の異論を挟めなかった。
そうした話をする間に、彼等を乗せた機動戦士は聖域の大地へ着陸する。
そして片膝を降ろし両腕を下げながら手の平を地面へ着けると、ケイルはアルトリアを支えながら降り、動けないエリクに呼び掛けた。
「お前は待ってろ。――……爺さん、エリク達を頼んだ! あの皇子が戻ってきたら、アタシ等はここからマナの大樹に向かったって言っといてくれ!」
『任せろ!』
「行くぞ」
「……ええ」
ケイルはそう頼みながらアルトリアを肩で支え、共に歩きながら大樹の根元まで向かう。
それを聞いたバルディオスは応じると、同じ操縦席に居たマギルスが腰を上げながら喋り始めた。
「……僕も、行くよ」
「おいおい、もう少し休んどけ。まだヘロヘロじゃねぇか」
「僕だけ、まだ何にもしてないもん。……だったら、少しくらい活躍したいもんね……」
「……あんまり、無茶すんなよ」
疲弊した様子を色濃く残すマギルスだったが、それを苦笑いで誤魔化しながら操縦席の扉前に立つ。
それを聞き見たバルディオスは溜息を漏らしながらも、マギルスの意思を汲んで扉を開いた。
それと同時にマギルスは操縦席から飛び降り、地面へ着地する。
すると今後は、両腕を巻かれ口に猿轡で覆い縛られていた『白』の帝が唸り始めた。
「うー! うぅーっ!!」
「な、なんだ?」
「ほれをほほいでぐれー!」
「……まぁ、ずっとそのままもアレだしなぁ。分かったよ、口の布は解いてやる」
「ふふん!」
騒ぎ出す帝の要求を聞き、バルディオスは仕方なく口を覆っている布を取り払う。
するとようやく呂律がまともに回るようになった口を動かし、帝は喋り始めた。
「……お、お主。巫女姫の所に居るドワーフ族か?」
「まぁな」
「だったら解放してくれ。余は巫女姫の依頼で、ここに来たのだ」
「そうなのか?」
「そうだぞ。……でも、あの二人の戦いは終わったし。余の御役目も終わった。もう何もしないから、解いてくれないか?」
「解いたらどうすんだよ」
「そこにタマモの妹がいるだろう? だったら余は、転移でアズマに帰る」
「……」
「本当だって! 余は到達者以外を相手にすると常人と変わらぬ強さになるのだ。だから、基本的に無害なのだ。信じてくれ!」
「……しょうがねぇなぁ……」
半泣きでそう話す帝に、バルディオスは渋々応じながら腕の布を外す。
するとようやく解放された両腕を支えに腰を上げ膝を着きながら立ち上がった帝は、溜息を漏らしながら愚痴を零した。
「まったく。久し振りに活躍できるかなぁと思ったら、簀巻きにされるとは思わなかった。さっさと帰って――……あれ?」
「どうしたんじゃ?」
「……この大樹……」
「ん?」
扉が開いている操縦席を出て降りようと試みようとした帝だったが、その白銀の瞳はマナの大樹を直視する。
すると表情を青褪めさせながら、動揺する様子を見せた。
「こ、これは……マズいのでは……?」
「なんだ、何の話だ?」
「……あのマナの大樹、【始祖の魔王】だ」
「えっ」
「余の瞳は、視た者の過去が見えるのだ。……あの大樹、千年前に行方不明になった【始祖の魔王】の肉体だな」
「ジュリアっていうと、あの【始祖の魔王】か。……でも、なんでそれがマナの大樹に……!?」
「【始祖の魔王】は元々、『水神』とそれを奉るエルフ達が管理していたマナの樹から生まれた実だ。だから樹の依り代には出来るぞ」
「いや、そうじゃなくて。なんで行方不明だった【始祖の魔王】が、大樹の依り代に……?」
「……そういうことか……!」
「!?」
「これは、ちょっとマズいな。余も行った方がいいな!」
「な、なんだ! 何か分かったのかっ!?」
「それは、あ――……うわっ!!」
「うわっ、馬鹿!」
帝は自分の過去視で知った事実を話そうとしながらも、身を乗り出していた操縦席の扉先へ足を滑らせる。
そしてそのまま背中から落下し、態勢も立て直せないまま地面へ落ちた。
しかしその真下に居たマギルスが帝の身体を抱えるように受け止めると、動揺で息を荒げた帝が礼を述べる。
「ハ、ハ―ー……あ、ありがとう。首無族の少年……」
「ううん。それより、あの大樹が【始祖の魔王】がどうとか言ってたみたいだけど。どういうこと?」
受け止めた帝を腕から降ろすマギルスは、耳に届いていたその話を聞く。
そしてその傍にはエリク達も居たが、帝はそれを気にする様子もないまま話を続けた。
「……あのマナの大樹《き》は、約千年前に行方不明になった【始祖の魔王】ジュリアが依り代になっている」
「へぇ、そうなの?」
「そうみたいだ。……でも、問題はそれだけじゃない」
「問題?」
「あの大樹。五百年前の天変地異で、【始祖の魔王】に戻っている」
「え?」
「実が大樹になるのは知っていたが、大樹が実に戻るのは初めて知った。……あの大樹、【始祖の魔王】の意識がそのまま残っているぞ」
「……それじゃあ、もしかして――……っ!?」
目の前に見えるマナの大樹について過去の情報を伝える帝の話を聞き、マギルスは脳裏にある予想を抱く。
しかし次の瞬間、マギルスは別方角を見ながら驚愕の表情を見せた。
するとエリクも突如として表情を強張らせ、瀕死の身体を必死の形相で立ち上がろうとする。
その傍に居るクビアは、身体の傷から血を吹き出しながら立つエリクを落ち着けるように話し掛けた。
「ちょ、ちょっとぉ。そんな大怪我でぇ、無理しちゃダメよぉ」
「……アリアと、ケイルが危ない……っ!!」
「え?」
マギルスと同じように嫌な予感を高めるエリクは、マナの大樹に向かったアリア達を追おうとする。
しかし瀕死の身体は思い通りに動かず、手の平から滑り落ちるように膝を着いた。
その衝撃によって痛みをぶり返すエリクに、マギルスは駆け寄りながら声を向ける。
「おじさん!」
「マギルス……!」
「……おじさんも、やっぱり感じるんだね?」
「ああ……。……ここに、巨大な気配が幾つも近付いて来ている……」
「誰だろ……。……まさか、巫女姫かな?」
「いや、違う。違うが、これは間違いない……。――……到達者だ」
「!」
エリクもマギルスも同じ巨大な気配を感じ取り、その気配が来る方角に危機感を向ける。
そして同じ領域を持つに至ったエリクは、その巨大な気配が複数の到達者である事を察していた。
こうしてマナの大樹と聖域の大地が現世に出現した影響は、数々の脅威を呼び寄せる。
それこそが、この事態を静観していたはずの到達者達だった。
応援ありがとうございます!
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