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終章:エピローグ
挑戦者
しおりを挟む魔大陸に赴く為に集まる一行は、そこでアルトリアの到着を待つ。
その間にエリクとケイルは四年前の『大樹事変』を経て自分達が考え至るようになったことを話し合い、互いの考えを共有し合っていた。
そうした最中に彼等の背後に現れたのは、ケイルとエリクに対して因縁を持つ狼獣族エアハルト。
天界の戦いにおいて互いに顔を合わせる事の無かった三人は、何故かこの場において再会を果たしてしまった。
それについて怪訝そうな形相を強めながら振り返るケイルは、エアハルトを見ながら問い掛ける。
「――……お前、なんでここに……!?」
「……」
ケイルは睨みを向けながら問い掛けながらも、エアハルトはそれを睨み返すだけで言葉を返す様子が見えない。
しかしその視線は横へ動き始めると、エリクに狙いを定めるかのような眼光を向けて口を開いた。
「……俺は、貴様と再戦する為に来た」
「!」
「なっ、エリクと……!?」
「俺と戦え、傭兵エリク」
エアハルトはそう言い放ち、右腕を前に突き出しながら右手の人差し指をエリクに向ける。
その言葉にエリクは僅かに驚きながらも、その再戦の答えを返した。
「……俺はお前と、戦う理由は無い」
「貴様に無くても、俺にはある。……共和国で敗れ、貴様に吹き飛ばされたこの左腕。この屈辱の姿を、俺の身体は忘れてはいない」
「……っ」
「さぁ、武器を抜け。そして俺と戦え!」
喪失している左腕に注目させながら、エアハルトはエリクに対する因縁を下に再戦を望む。
それを聞いたエリクは、自分が初めて魔力斬撃を放った時にエアハルトの左腕が消失させていた事を理解した。
そして改めて目の前のエアハルトが自身に固執する理由も理解し、僅かに息を零しながら背負う大剣を右手で抜こうとする。
しかしそれを止めたのは、隣に立つケイルだった。
「エリク、お前が戦う必要はねぇ。――……エアハルト! そんなに戦いなら、アタシが相手になってやる」
「貴様に用は無い、引っ込んでいろ」
「下手な因縁を持ちやがって……今度こそアタシが、引導を渡してやる」
エリクの前に立ちながら身構えるケイルは、後腰に提げる赤い長剣を右手で握ろうとする。
それに対して睨む表情の凄みを増すエアハルトは、エリクに視線を向けながら挑発染みた声を向けた。
「また女に守られるのか? 貴様、それでも男か」
「聞くなよ、エリク。……随分と安い挑発だな、おい!」
「共和国では女を救いに来た貴様が、逆に囚われ女達から救われていたな。……女に守られてばかりの自分を、情けないとは思わんらしい」
「……ッ」
「それに貴様、魔大陸に行くらしいな。……魔大陸でもそうやって、自分より弱い女に守らせるつもりか?」
「おいっ!!」
ケイルに庇われるエリクを直視しながら、エアハルトはそうした挑発を向ける。
それに対してケイルは自身を無視する相手に怒鳴り、剣を抜こうとした。
しかし抜剣を止めるように、ケイルの右肩にエリクの左手が置かれながら声が向けられる。
「ケイル」
「!」
「俺が戦う。下がっていてくれ」
「いや! そもそもコイツとの因縁は、アタシが……!」
「違う。――……この男は、俺の相手だ」
「……!?」
エリクはそう言いながら、触れているケイルの右肩を引かせて身体を下げさせる。
すると今度はエリクが前に出ると、今度はエアハルトに鋭い眼光を向けながら声を向けた。
「……俺に対して言っていることは、間違ってはいない。俺はいつも、アリアやケイルに守られていたのは本当だからな」
「フンッ」
「だが、一つだけ違う事もある。――……ケイルとアリアは、俺より弱い女じゃない。二人とも、俺より強い」
「!」
「お、おい……!」
エリクは自身に向けられた挑発を肯定しながらも、ケイル達を侮辱する言葉に対して確かな怒りを宿す。
そして身体を真横に向けながら歩き始め、エアハルトに告げた。
「場所を変える、付いて来い」
「フンッ、ようやくやる気になったか……」
「……ったく……!」
その場から離れるエリクとそれを追うように歩くエアハルトを見て、ケイルは表情を渋くさせながら二人の決闘を止められないと察する。
そうした状況にも関わらず呑気に眠ったままのマギルスを見下ろした後、仕方なくケイルは二人の後を追った。
するとしばらく歩いた草原の平地にて、二人は十五メートル程の距離を保ったまま対峙する。
そして互いに身構えると、素手のままで対応しようとするエリクにエアハルトは再び声を向けた。
「大剣を抜け」
「お前に大剣は使わない」
「また侮るつもりか? この俺を」
「左腕が無いなら、このままで十分だ」
「……やはり貴様には、矜持が無いっ!!」
「!」
大剣を抜こうとしないエリクに対して、エアハルトは激昂しながら瞬く間に迫る。
そして左足を軸にし、凄まじい速さで放つ右脚の連続蹴りをエリクに浴びせた。
それに対してエリクは両手を素早く動かし、放たれた蹴りを全て直撃する前に打ち払う。
逆に自身の右足を踏み込ませながら、右腕を豪速で振りながら右拳をエアハルトの顔面に叩き込んだ。
しかしエアハルトはそれを見切り、自身の左脚を屈めて顔面に迫る右拳を回避する。
更に屈んだ瞬間に右手の爪を伸ばし、その状態で地面を掴むように食い込ませた。
すると次の瞬間、エアハルトは片腕だけで自身の身体を支えながら素早く逆立ちになる。
そして相手の放った右腕を両脚で掴み、そのまま両脚の拘束と自身の右腕と膂力だけでエリクを地面に引き込みながら投げ飛ばした。
「ッ!!」
「エリクを投げやがったっ!?」
投げられたエリク自身は投げられた事に驚愕し、それを見ていたケイルも動揺を浮かべる。
しかしエリクは挟まれていた右腕に怪力で強引に引き抜くと、そのまま一回転をしながら即座に起き上がろうとした。
それでもエアハルトの動きは彼等が予想しているより素早く、両脚が自由になった時点で跳ね起きながら再び二本の足で地面に立つ。
すると転がり起き上がるエリクを追撃し、その側頭部に左脚の一撃を浴びせながら右方向へその巨体を蹴り飛ばした。
「クッ!!」
エリクは幾度か地面を転がりながらも、右手の指を地面に食い込ませながら踏み止まる。
そしてすぐに立ち上がりながら、そのまま自分を見据えて待つエアハルトの声を聞いた。
「……やはりそうだ。今の貴様は、あの男と戦った時よりも遥かに弱い」
「!」
「この数年、平和ボケして腑抜けたようだな。……今の貴様なら、俺でも殺せるぞ」
エアハルトは僅かな憤りを宿す表情で、エリクの弱体化を確信に満ちた声で言い放つ。
そして僅か数合ほど打ち合いをしたエリクは、その言葉が虚言ではないことを否定できなかった。
老騎士ログウェルとの死闘を経験した後、エリクは強敵と戦闘を行えていない。
今までのような苦境に立つ戦闘が、何も無かったのだ。
その代わりに魔法などの訓練を重点的に行い、様々な魔法を習得している。
確かにそれはエリクの成長を助けてはいたが、逆に戦闘に対する勘を遠ざける事にもなっていた。
エリクは改めて自分の腕が鈍っている事に気付き、自身の気を引き締め直す。
更に目の前の相手が以前とは比べ物にならない程の強敵になっている事を理解すると、鋭い眼光と厳しい表情に切り替えながら身構えた。
すると敢えて、エアハルトに対してこうした物言いを向ける。
「……丁度良い」
「なに?」
「お前の言う通りだ。俺は四年前より、ログウェルと戦った時より弱い。……だからこのままで、丁度良い」
「……そうか――……また俺を侮辱するか、貴様はっ!!」
素手のまま構えるエリクに、エアハルトは再び激昂する。
そして彼の銀髪の毛や身体を纏うように、金色の電撃が纏い始めた。
するとエアハルトが僅かに踏み込み、その場から姿を消す。
それをエリクは視線で追い、左腕を上げながら真横に迫るエアハルトの右脚撃を防御した。
「グッ!?」
しかし防御した瞬間、エリクの身体中に金色の電撃が走る。
電撃がエリクの身体を硬直させると、僅かに動きを止めた。
その隙を見逃さないエアハルトは、宙に上がったままの右足を降ろしながら左脚を跳ね上げる。
するとエリクの顎下に左脚撃を直撃させながら、太い首を大きく仰け反らせた。
その際にも電撃が走り、エリクの身体は再び硬直を余儀なくされてしまう。
しかし隙を作り続けるエリクに、エアハルトは正面に立ちながら容赦の無い右足を喉に突き込んだ。
「ガ、ハ……!!」
人体において鍛えようのない喉を狙ったエアハルトの一撃は、エリクの呼吸を乱しながら口から唾を吐き出させる。
その三回の脚撃によって、エリクは背中から地面へ倒されてしまった。
それを見ていたケイルは、改めて目の前に現れたエアハルトの実力が自身の予想を遥かに凌駕していた事に驚愕する。
「……あの野郎……。前とは比べ物にならないくらい、強い……!」
「――……俺は四年前の戦いから、更に魔大陸で修練を重ねた」
「!」
「貴様達が踏み出す魔大陸に、俺は先に踏み込んでいた。……俺が目指すべき目標の為に」
「目指すべきモノ……!?」
エアハルトはそう言いながら、観戦するケイルや倒れるエリクに鋭い眼光を向ける。
そしてその口から、彼の目指す目標が語られた。
「【魔獣王】フェンリル。俺の祖先にして、最強の魔獣」
「!」
「魔大陸で【魔獣王】を探し出し、その群れに加わる。……だがその前に、貴様との決着を果たす。傭兵エリクッ!!」
「……!」
エアハルトは凄まじい覚悟と執念を表情と声色で明かし、その目的の一つであるエリクを見下ろす。
それは四年前の『大樹事変』において、狼獣族である彼が発見した光景。
【魔獣王】フェンリルと彼女が率いる群れの光景によって、彼に更なる修練と新たな挑戦を抱かせたのだった。
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