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鴇の正体 5
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「おまえは僕の自尊心も体も好きなように弄んだ。公爵の座を手に入れて自分を捨てた華族たちに復讐を果たした。もう充分だろう」
「奥様への支援金はどうするんです。俺を満足させる契約でしたよね」
この期に及んで契約のことなど持ち出す鴇に苛立たせられる。契約など、ただの茶番だ。安珠を弄ぶための道具に過ぎなかったのだ。
「だからもう満足しただろう! おまえはどこまで僕から奪う気なんだ。僕が死ねば満足か。秘密を暴かれると困るものな。オメガである僕など、生きている価値はないだろう!」
凄まじい勢いで両肩を掴まれ、壁に押しつけられる。
――殺される。
息を呑んだ安珠は、切迫した漆黒の双眸を見返した。
「あなたは、俺に愛されるために生まれた」
力強く述べる鴇の言葉が、胸の中心にじわりと染み込んでいく。それはひどく残酷な告白で、身の内を酸のように溶かす。
精悍な顔が傾けられ、鴇の輪郭がぼやける。唇を柔らかなもので覆われた。
「……んっ」
馴染んだ雄の香りと情動の始まりに包み込まれていく。
けれど激しい憤りに胸を衝かれ、流されかけた情欲に抗う。
「……ッ」
思い切り口端に噛みついてやる。痛みに顔を顰めた鴇はそれでも唇を離さず、安珠の頤を押さえながら延々と唇を貪った。
ぴちゃりと淫靡な音色が響き、ぞっと背筋を震わせる。血の味のする口づけは、抵抗する腕を封じられながら長く続けられた。
ようやく唇は解放され、眦に滲んだ雫を乗せたまま、安珠は吐き捨てる。
「おまえを、一生許さない」
「……そうでしょうね」
口端に血を滲ませて不遜に笑んだ男は、安珠の膝裏に手を入れて軽々と抱きかかえた。
「何をする、下ろせ!」
「俺も、許してもらおうなんて思っていません。死んだ鴇くんのためなんて綺麗ごとを言うつもりもない。安珠の言うとおり、椿小路公爵の座を手に入れようと画策したのは俺の意思に他なりませんから」
悠々とベッドへ連れ去られてしまう。暴れた安珠の腕が紗布を掴み、薄絹は無残に引き千切られた。純白のシーツに転がされ、上から伸し掛かられる。
もう抱くなと言ったのに、安珠の命令など始めから聞く気はないらしい鴇は慣れた手つきでレースに縁取られたシャツを剥いでいった。いつもと同じように。まるでそうするのが当然とでもいうように。
「もうおまえに抱かれたくない、はなせ、この下郎!」
暴れる腕を脱がしかけのシャツで一纏めにされ、頭の上で押さえつけられてしまう。必死にもがくのに、圧倒的な体格差をもって華奢な体は裸に剥かれた。
首筋をねっとりと舐られ、ふいにきつく吸われる。安珠の細い首には、紅い華の痕が咲いた。
「俺の行いを復讐と称するなら、安珠も俺に復讐すればいい」
「……なんだと?」
「俺の子を孕めば、アルファが生まれるかもしれませんよ。安珠が子を産んで正統な椿小路公爵家の血筋を残せばいい。他人の俺に当主は奪われたけれど、安珠の子が奪い返してくれますね」
怖ろしい絵空事に戦慄する。
これまでのセックスで、鴇は執拗に、安珠の体の奥に精を呑み込ませていた。今まで妊娠しなかったことのほうが不思議なくらいに。
以前、孕ませると嘯いていたのは閨の戯れ言なのだと思い込んでいたが、それも彼の計画のひとつだったとしたら。
「まさか……始めからそのつもりだったのか!?」
子を産んで当主を奪い返せば復讐になるだなんて馬鹿らしい理屈だ。その子どもこそ、鴇の子ではないか。
連夜の愛撫で紅く色づいた胸の突起を口腔に含まれ、舌先で舐られる。男の与える官能に慣れた体はひとりでに反応して、ずくりと腰奥を疼かせた。
「そうすることで安珠に納得してほしいんです。初恋の人を俺のものにしたい。けれどその想いが安珠を傷つけるのなら、俺は自分の持てるすべてのものを安珠に与えるしかないんです。人生も、命も、子も。覚悟してください。俺は生涯あなたを離しません」
血を吐くように切々と訴えられた想いに、情愛の欠片を見出そうとして、安珠は苦しげに眉を寄せた。
まだ、好きなんだ。
だから苦しくて、哀しい。
どうしてこんな、一途で、悪い男を好きになってしまったんだ。
大きな掌は脇腹を滑り下り、下肢を曝け出して敏感な内股を擦る。びくりと腿を跳ね上げてしまえば、晒された秘所に潜り込ませた長い指が、肉環をくぐり抜けた。
ぐちゅり、と卑猥な水音が耳に届く。
「濡れてる……。安珠の体は、俺を求めてくれるんだね」
花筒は雄を欲するかのように、奥から愛液を滴らせていた。そのことに気づかされ、必死に否定して首を振る。
「奥様への支援金はどうするんです。俺を満足させる契約でしたよね」
この期に及んで契約のことなど持ち出す鴇に苛立たせられる。契約など、ただの茶番だ。安珠を弄ぶための道具に過ぎなかったのだ。
「だからもう満足しただろう! おまえはどこまで僕から奪う気なんだ。僕が死ねば満足か。秘密を暴かれると困るものな。オメガである僕など、生きている価値はないだろう!」
凄まじい勢いで両肩を掴まれ、壁に押しつけられる。
――殺される。
息を呑んだ安珠は、切迫した漆黒の双眸を見返した。
「あなたは、俺に愛されるために生まれた」
力強く述べる鴇の言葉が、胸の中心にじわりと染み込んでいく。それはひどく残酷な告白で、身の内を酸のように溶かす。
精悍な顔が傾けられ、鴇の輪郭がぼやける。唇を柔らかなもので覆われた。
「……んっ」
馴染んだ雄の香りと情動の始まりに包み込まれていく。
けれど激しい憤りに胸を衝かれ、流されかけた情欲に抗う。
「……ッ」
思い切り口端に噛みついてやる。痛みに顔を顰めた鴇はそれでも唇を離さず、安珠の頤を押さえながら延々と唇を貪った。
ぴちゃりと淫靡な音色が響き、ぞっと背筋を震わせる。血の味のする口づけは、抵抗する腕を封じられながら長く続けられた。
ようやく唇は解放され、眦に滲んだ雫を乗せたまま、安珠は吐き捨てる。
「おまえを、一生許さない」
「……そうでしょうね」
口端に血を滲ませて不遜に笑んだ男は、安珠の膝裏に手を入れて軽々と抱きかかえた。
「何をする、下ろせ!」
「俺も、許してもらおうなんて思っていません。死んだ鴇くんのためなんて綺麗ごとを言うつもりもない。安珠の言うとおり、椿小路公爵の座を手に入れようと画策したのは俺の意思に他なりませんから」
悠々とベッドへ連れ去られてしまう。暴れた安珠の腕が紗布を掴み、薄絹は無残に引き千切られた。純白のシーツに転がされ、上から伸し掛かられる。
もう抱くなと言ったのに、安珠の命令など始めから聞く気はないらしい鴇は慣れた手つきでレースに縁取られたシャツを剥いでいった。いつもと同じように。まるでそうするのが当然とでもいうように。
「もうおまえに抱かれたくない、はなせ、この下郎!」
暴れる腕を脱がしかけのシャツで一纏めにされ、頭の上で押さえつけられてしまう。必死にもがくのに、圧倒的な体格差をもって華奢な体は裸に剥かれた。
首筋をねっとりと舐られ、ふいにきつく吸われる。安珠の細い首には、紅い華の痕が咲いた。
「俺の行いを復讐と称するなら、安珠も俺に復讐すればいい」
「……なんだと?」
「俺の子を孕めば、アルファが生まれるかもしれませんよ。安珠が子を産んで正統な椿小路公爵家の血筋を残せばいい。他人の俺に当主は奪われたけれど、安珠の子が奪い返してくれますね」
怖ろしい絵空事に戦慄する。
これまでのセックスで、鴇は執拗に、安珠の体の奥に精を呑み込ませていた。今まで妊娠しなかったことのほうが不思議なくらいに。
以前、孕ませると嘯いていたのは閨の戯れ言なのだと思い込んでいたが、それも彼の計画のひとつだったとしたら。
「まさか……始めからそのつもりだったのか!?」
子を産んで当主を奪い返せば復讐になるだなんて馬鹿らしい理屈だ。その子どもこそ、鴇の子ではないか。
連夜の愛撫で紅く色づいた胸の突起を口腔に含まれ、舌先で舐られる。男の与える官能に慣れた体はひとりでに反応して、ずくりと腰奥を疼かせた。
「そうすることで安珠に納得してほしいんです。初恋の人を俺のものにしたい。けれどその想いが安珠を傷つけるのなら、俺は自分の持てるすべてのものを安珠に与えるしかないんです。人生も、命も、子も。覚悟してください。俺は生涯あなたを離しません」
血を吐くように切々と訴えられた想いに、情愛の欠片を見出そうとして、安珠は苦しげに眉を寄せた。
まだ、好きなんだ。
だから苦しくて、哀しい。
どうしてこんな、一途で、悪い男を好きになってしまったんだ。
大きな掌は脇腹を滑り下り、下肢を曝け出して敏感な内股を擦る。びくりと腿を跳ね上げてしまえば、晒された秘所に潜り込ませた長い指が、肉環をくぐり抜けた。
ぐちゅり、と卑猥な水音が耳に届く。
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