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恋と真実
26. 悪友、挨拶する
しおりを挟むオスカーの腕に囲われている少年が、例の『ユウマ』であることは一目瞭然だった。
さらりと揺れる真っすぐな髪は、濡れたカラスの羽の色。カラスは智恵の象徴として魔法使いに好まれ、ローブの刺繍の意匠などによく取り入れられている。
瞳はきらめく黒曜石。髪と目、これほど美しい黒が二つ揃っている者をリアムは初めて見た。
(聞いてはいても、実物を前にしたら胸に迫ってくるものだね)
リアムの知人には黒髪の人物や黒い瞳の人物もいる。けれど決まってどちらかは違う色で、「美しい」と感じたことはない。
うまく言えないが、純度が違うのだ。悠真の肌の色や顔立ち、全体的な雰囲気は異国風で、この国の美の基準からは外れているのに、美しさを感じる。
多分、原因は彼の目だ。
ジュール王子の相談を受け、一度だけ見かけたミシェル・カリタスは、以前の引っ込み思案が嘘のように堂々と顔を上げ、ぱっちりとした目が小動物のように愛くるしい少年だった。無意識に悠真の姿もそういう可愛らしい少年で想像していたのに、実際はまるで違う。
切れ長の目。
一重瞼。
神秘的な黒と合わさり、凛として清冽な印象を受ける。
なのに、目尻に差した赤味が、潤んだ瞳が、熟れた林檎色の唇が、危ういほどの色香をふりまいていた。
体格はミシェルとそう変わらない。けれど引き籠もりの結果として細かったミシェルとは異なり、悠真はしなやかで健康的で、民族的な体型である可能性が高い。
リアムの姿を認めて目を瞠ったのは、視線がしっかり合ったことに驚いたからか。表情の変化は大袈裟ではなく、落ち着きを感じられる。
(ひょっとしてこの子、若く見えるだけで弟くんよりかなり年上なんじゃないか? 何歳なんだろう)
オスカーが繊細な割れ物を扱う手つきで、リアムの対面のソファに少年を下ろした。座らせる時に顔の距離が近くなったせいか、少年の頬がほんのりと染まる。
二人の間に漂う、この何とも言えない、甘酸っぱい空気……。
―――私は一体 何を見せられているのだろう。
リアムは今すぐ傍らの包みを開け、友人の頭に土産の角を食らわせてやりたくなった。
が、少年の耳朶に揺れる飾りに気付き、笑顔がクワッ! と神々しさを帯びる。
『猫の目』と呼ばれる光の線が縦に入った月光石が、金色の鳥……おそらくカラスに抱えられている。小さいのにリアルな鳥は、館の鍛冶職人が手掛けた渾身の一品であろう。
月光石は魔石への加工に向いており、数は少なくないが、『猫の目』が入っている石は稀少だ。友人がそれにいくら支払ったのか、素材商からまとめて購入する場にリアムもいたので把握している。未加工の状態ですら、一個につき上級使用人の月収が飛ぶぐらいだった。
魔道具の宝飾品に加工済み、おまけにオスカー・レムレスが何らかの効果を与えた石となれば、その価値は十倍でもきかない。
しかも。
カラスは生涯つがいを変えない鳥だ。ゆえに、この国でカラスをデザインに取り入れた宝飾品を贈る場合、その相手は生涯の恋人や伴侶、結婚が確定した婚約者であると主張する意味になり、相手がそれを身につければ肯定、承諾の意味になる。
(友よ!? おまえ、そこんとこ彼にちゃんと説明したんだろうな!? どうなんだ!?)
目で問えば、オスカーはつい、と目を逸らした。
きちんと言わずに、ユウマくんのやわらかそうな耳たぶに穴をあけやがったかそうか。リアムの微笑みがこれ以上なく深まった。
ちなみに悠真が身につけている服は、上下ともに最高級の黒絹。染色により黒くしたのではなく、黒糸を吐く魔蟲の絹だ。素晴らしい手触り、高い耐久性に加え、魔法への防御力もそこそこある。
同じ黒糸で刺繍が施され、シンプルを極めながら豪奢でもあるその服のボタンは、すべて耳飾りと同じ月光石だった。もちろんオスカー自ら魔石に加工済み。
黒の中で輝く猫目の月光石は、乳白色から灰色に透き通り、オスカーの髪と目の色にそっくりだった。
さらにリアムは気付く。悠真の身体が冷えないよう大切にくるんだ薄手の毛布が、実は魔獣の毛皮であることに。
遭遇率は低いが人を襲う魔物であり、毛並みは黒一色。しかし昨年討伐された二頭は漆黒に珊瑚色の差し色が入っており、相場の何倍にも価格が跳ね上がった。そのうち一頭分の毛皮を購入したのがオスカーであり、もう一頭は公爵家に購入され、外套に仕立てられて奥方の誕生日プレゼントになったと耳にしている。
よく見れば悠真の足を包んでいる室内用のブーツも、布製ではなく見覚えのある魔獣の皮……。
こ い つ 貢 い で や が る ……!
リアムの目がふ、と遠くなった。
知り合っておよそ十年。その間、この友人が他人に入れ込む姿などとんとお目にかかったことはなく、そんな未来を思い描くのも困難だったのに。
まさかこの男が、自分よりずっと年下の少年を何としても手に入れるべく、外堀をがっちがちに埋めて貢ぎまくる日が来るとは……。
リアムの視線と執事の視線がかち合った。執事はにこりと頷いた。ヴェリタス様のお考えの通りかと、と幻聴が聞こえた。
「ふ……オスカー。きみの術式がどんな内容だったのか、あらかた察してしまったよ」
「えっ」
当のオスカーは無言無表情で茶を飲み、悠真は目を見開いて真っ赤になった。
可哀想なぐらいアワアワと慌て始める。純粋な反応にリアムはほっこりした。
(大当たりか。可愛らしいねえ)
オスカーが用いたであろう術式は、間違いなく交合の術式だ。異性・同性の別なく、身体を交える行為は生命の営みのひとつ。
血統能力の召喚術で鏡の中から魂を喚び出し、例の魔導素材と《灰の精霊》による再生と誕生の能力を用いて仮初の肉体をつくる。
その仮初の肉体と交わり、悠真の魂がこの世の生命であると決定づけた―――そんなところか。
もちろん只人が交わっても意味がない。おそらくリアムと交わっても意味はなかったろう。交合の術式は、高魔力の者が対象と交わり、対象の身体を回復させたり変調を整える術式なのだ。
つまり相手は既に生きている人間でなければいけない。依り代の中に魂を放り込んだだけの段階では、通常は効果がないのだ。
生きている相手だとしても、そう気軽に手を出したい術でもない。魔力の波長が合わねば不快感しか残らず、そうなれば効果も薄れる。会ったばかりの他人だと賭けでしかなく、たいして効かなければお互い割に合わない。
嫌悪感のない相手。行為自体を楽しめる相手。となれば、だいたい相手は日頃からねんごろな相手に限定されてくるのだが……。
(こいつのことだから、苦痛を与えないよう、なるべく気持ちよくさせてあげようとしたのは想像がつくけど。もしや導いてあげてるつもりで、自分が溺れちゃったか)
そして足腰立たなくさせてしまったと。怪我をしている様子もないのに、抱っこで運んであげているのはつまりそれか。
麗しい微笑みが引っ込み、苦笑が浮かんだ。
「初めまして、ではないかもしれないけれど。改めて、私はリアム・ヴェリタス。魔導塔の筆頭であり、そこのそいつの友人だよ。よろしくね」
「……ちゃんとお会いできたのは初めてなので、改めて初めまして。僕は水谷悠真です。悠真が名前、水谷が家名なんですが、家名は言いにくいと思うので名前で呼んでいただければと思います。よろしくお願いします」
即座に姿勢を正し、適度な角度でお辞儀をする姿は実にきちんとしている。毛皮を肩に羽織っているのはオスカーがそうさせたからで、もとからそういう羽織り物のように悠真には似合っていたから悪印象はなかった。
ミシェルより若干低く澄んだ声は耳に心地よく、落ち着いた口調も相まって、やはり十五~六歳よりずっと大人びて見えた。
「―――そうそう。お近付きの印に、きみのためにお土産を持って来たんだよ」
「お土産、ですか」
「うん。これなんだけれどね」
お茶のカップを脇によけ、テーブルにどさり、と包みを置いた。
戸惑う悠真の前で、さっさと紐を解いてゆく。視界の端で、オスカーがチラリと目を寄越した。リアムのうさんくさいほど麗しい笑みが復活し、嫌な予感を覚えたようだ。
もう遅い。
「っ! ヴェリタスさん……これって、まさか」
「ふっふっふ。リアムでいいよ! 《灰の魔法使いレムレスの知られざる軌跡》―――といってもみんな知っているんだけれどね! それから《灰の魔法使いレムレスの冒険》、《大賢者レムレスの救世譚》。どれも涙と感動の史実の詰め合わせさ! きみはきっと読んだことないだろうから、プレゼントしようかなと思って♪」
「おまえ、よりによって……!」
「うわあっ、いいんですか!? 嬉しいです!!」
リアムは爆笑しそうになった。
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