鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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友との再会

42. 噂の二人は

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 朝は元気に歩いていた悠真が、空のデートから戻ってみると、何故か抱っこで運ばれている。あちらこちらで飛び交う『そうなりますよね』『予定調和ですね』などの生ぬるい副音声をうっかり聴き取ってしまわないよう、悠真はオスカーの肩に顔をうずめていた。
 そういうところが使用人一同の胸をキュンキュンさせている事実に、彼が気付く日は来るのかどうか。

(お可愛らしいわ……)
(ほっこりいたしますね……)
(嗚呼、癒やされる……)

 恐ろしくも敬愛する主人に仕える緊張感に満ちた日々へ、彼らが不満を抱いたことはない。けれど今は、以前にはなかったものがある。
 月並みな言い方をすれば、それは『明るさ』や『幸福』といった名の付くものだ。悠真の存在はあるじの心を潤すだけでなく、皆の心にも「自分達にはこれが足りなかったのだ」と知らしめていた。

 すなわち、愛でる対象だ。

 異国風であることを加味しても、彼の容姿は可愛らしい造作ではない。切れ長の一重瞼ひとえまぶたは、表情を変えずに黙っていれば、近寄り難さや神経質な印象を受ける。
 ところが、その顔に感情を乗せ、口をひらいたら印象が百八十度変わる。彼の照れ屋で物慣れないギャップにハートを射抜かれているのは、何もオスカーに限った話ではなかった。
 気さくで元気いっぱいに笑顔を振りまき、涼やかな声で紡がれる言葉は、常にポジティブで打算のない好意に溢れている。少年のように無邪気に見えて、時に青年らしい思慮深さも垣間見え、自由で、優雅で、艶やかで、可愛い。ちょっとした仕草からも目が離せず、この黒髪の青年がそこにいてくれるだけで、不思議な爽快感が胸を満たす。
 彼を伴侶にしてから、オスカーの機嫌は目に見えて良くなっているが、使用人だって内心で拍手喝采だった。これでもう彼が余所へ行く心配はなく、この先もずっと、彼らの日々の潤いは約束されたも同然なのだから。
 この潤いを奪わんとする者は、彼らにとっても敵である。

 そんな風に、レムレスの館一丸となって、自分の包囲網が築かれているとは露知らず、悠真は照れ照れとオスカーにくっついていた。
 ところが、腹いっぱい食べた獣よろしく満足げだったオスカーの機嫌は、ウィギルから受け取った手紙に目を通した途端、見るからに急降下した。

「リアムさん、何て?」
「客が来るそうだ」
「お客さん? ……あんまりよくない感じの人?」
「後で話す。私は夕食までの間に軽く鍛錬をするが、おまえは―――」
「見たい! 見学してもいい?」

 前々からオスカーの鍛え方が気になっていたのだ。毎日適度に身体を動かす時間を設けていると聞いてはいたけれど、彼の手は剣士の手ではない。
 鍛錬場でその答えを目の当たりにして、悠真は呆気にとられた。なんとオスカーは、自分の身体に《シーカ》を宿して剣を振るわせていたのだ。人の肉体の限度を超えない範囲で《シーカ》が舞い、自然とオスカーの肉体はその動きを憶え、相応しい筋肉もつくというわけだ。
 次に、何も宿さず《シーカ》と手合わせを行った。魔法は使わず、武器は剣のみ。《シーカ》が両手に短剣で戦うスタイルなので、オスカーも双剣使いになっていた。
 オスカーの全身がオーラを纏い、彼の手指に剣士特有のマメや、ごわついた厚みがない理由も判明した。

(バフが自然にかかるんだ。身体強化じゃなく、防御力アップのほうかな)

 魔力が自身を守ろうと動くのは本能なので、これは魔法には当たらない。
 オスカーの剣筋は、素人目でも《シーカ》に似ているのがわかる。型通りの剣技ではなく、より実戦向けの荒々しい剣は見ていて怖いほどだったけれど、それ以上に純粋な力強さが美しく、見惚れずにはいられなかった。
 貴族的な容貌の持ち主が、野性味を帯びた戦い方をするギャップもまたいい。リアムであればこの時点で「ずるい! 卑怯!」と罵声を飛ばすこと請け合いだが、悠真の頭は現在少々、ピンク色過多だった。

(カッコいい……この人が、僕の恋人、なのかぁ……)

 何せ悠真の感覚としては、本日、初デートで人生初の告白をしたばかり。二人の関係はすべて順序が逆で、もう伴侶になっているけれど、気分的には想いが通じ合った直後の、人生初の恋人なのだ。椅子に座って見学しながら、頭の中身は「オスカーつよい素敵カッコいい」しかなかった。
 一時間ほどで切り上げて戻って来た彼の、額から首筋へ伝う汗すら輝いて見える。というか、全身に光のエフェクトを纏って見える。付き合い始めにかかりやすいと噂の症状、キラキラフィルターが間違いなくかかっていた。

(やば、僕の脳みそがおかしい!? これ元に戻るの!?)

 ぎゅっと眉根を寄せ、気力を振り絞って視線を引きはがした。

「ユウマ? 何を拗ねている?」
「ベツニ、ナンデモゴザイマセンヨ?」
「ふん?」

 あなたが色っぽすぎて、頑張らないと目を逸らせなかったんです、とは言えない。
 そのせいで何となく怒っているような表情になってしまった自覚はなかった。

「素直に吐くより、口を割らされたいか?」
「え」

 オスカーの手が悠真に伸び―――

「旦那様。ゆうのお時間が迫っておりますゆえ、お早く汗を落とされませ。本日は料理人がユウマ様の好物『ハンバーグ』なるものを用意すると申しておりました」

 そう。ここには執事や侍女達も控えているのだった。

「ハンバーグ!? ウィギル、それ本当!?」
「ええ。試作を繰り返し、なかなか美味に仕上がりましたので、是非に感想をお聞かせいただければ、と申しておりましたよ」
「すごい! 嬉しい! 楽しみだなぁ!」
「ですので旦那様。ユウマ様がお食事を摂り損ねられてはお可哀想です。お二人でのご入浴はお食事後、ごゆるりとなさいませ。ヴェリタス様からのご連絡についてもお話がおありなのでしょう?」
「……(チッ)」

 オスカーは手を引っ込め、鍛錬場の浴室へ向かった。その背を見送り、悠真はポカンと目を丸くした。

(…………ええ~と。ひょっとしなくても今、僕と一緒に、お風呂入ろうとしてたのでしょうか……?)

 もしや自分はハンバーグにつられて、お風呂のお誘い(?)をスルーしてしまったのだろうか。
 そしてウィギルの中で、二人一緒の入浴はもはや決定事項になっているのだろうか。

 手早く汗を落としたオスカーが十分もせずに戻れば、悠真の顔は湯上がり直後のようにのぼせていた。


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