砂の地に囚われて

丸井竹

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32.救った者

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銀河系第五十七位界の第三階層にある、セレン宇宙都市では、ソア銀河連盟惑星保全会議が行われていた。
ドーム型の巨大な会場の中央に、どこの角度からでも鮮明に見ることが出来る球体のスクリーンが現れる。
そこに美しい水の惑星マーリーが映し出された。

映像の真下に惑星再生大臣の一人であるカートス博士が立ち、マグリ銀河大戦で一度滅びかけたその惑星を、膨大な労力をかけて蘇らせた過程について語り始める。

多くの研究者たちがその報告を聞いているが、それは全て事前に収録されたものであり、実際のカートス博士は、会場外にある二階通路から、その光景をのんびりと眺めていた。

そこに、一人の若者が走ってきた。

「カートス博士!ここにおられたのですね!マーリー惑星の再生過程を拝見し、大変な感銘を受けました。素晴らしい研究成果ですね。
しかしあの戦争で多くの船が沈み、海洋生物の大半が死滅したはず。
マーリーヴァランが生き残った理由は、やはり水の浄化能力が高かったからでしょうか?」

興奮した様子でまくしたてる若者の姿に、カートスは少し驚いた表情をしたが、すぐに思い出したように、拳で平手を打った。

「君は、確か私の講義を取っていた生徒の一人だね」

「ピート・ケイリーです!先生に影響され、惑星再生学の道を進みました。今は第六銀河にあるバーツ星の再生を検討するチームに所属しています。先生がこちらにこられると聞き、一カ月かけて飛んできました。もう少し詳しくお話をうかがってもよろしいでしょうか?できれば惑星再生の決め手について教えて頂けるとありがたいです」

発表の場では、研究成果にばかり焦点が当てられ、その過程についての詳しい説明は省かれてしまう。実際の論文は数時間にわたり、一日話し続けても終わらないほど膨大だ。
ピートは虚空にスクリーンを呼び出し、指先でパネルを操作した。

「映像を記録してもいいですか?」

「いいとも」

快く応じ、カートスが語り出す。

「マーリー惑星はマグリ銀河大戦の影響で、滅びたも同然の状態だった。陸地には原始的な生命体しか生き残っておらず、海はほとんど死滅状態だった。
しかし惑星に残されていた多くの化石や、町や城の遺跡から、以前がどんな場所であったのか読み取ることが出来た。
大陸には翼竜も存在し、魔物と呼ばれる新魔法を使いこなす種族までいた。海の中にも独自の生態系があった。
実に興味深い惑星であることが判明し、私はさらなる調査に乗り出した。
まずは海に生命体がいないか基地を建て、探索を開始した。
そこに、奇跡的に生き延びていた知的生命体であるマーリーヴァランを発見したのだ。
マーリーヴァランは臆病で弱く、常に天敵に狙われる存在であったがゆえに、身を守ることに特化した能力を持っていた。水の浄化が出来ただけではなく、敵の姿を模倣することまで出来たのだ。
さらに意思疎通を図るための独自の言語もあった。
実に平和的で、友好的な種であることも判明した。
他に生き延びた知的生命体が見つからなかったため、彼女についてさらに詳しい調査を始めた」

二階通路から見える会場のスクリーンに、美しい人魚の姿が映し出され、会場にざわめきが起こる。
マーリーヴァランの雌が、まさに尾ひれを足に変化させ、浜辺にあがるところだった。
ピートが窓越しにそれを見て、カートスを振り返る。

「あれは……惑星保全規約に反するクローンとアバターの融合実験だったのではありませんか?」

周囲に人がいないことを確かめ、ピートは小声で言った。
人類に近い生物が生息している惑星は少ない。
しかし絶対にないとも言えない。多くの旅行者が様々な惑星に住み着き、新種のような顔で生活を始める場合もある。

もし人に似た生物が発見された場合の遺伝的な操作は、惑星再生法の倫理規定で禁じられている。

カートス博士はよく学んでいるピートに、軽く頷いて見せ、スクリーンを見下ろす。
陸上にあがったマーリーヴァランが、水の民へと進化を遂げていく様子が解説されている。

「あの惑星には確かに、人類に似た種が存在していたが、マグリ銀河大戦前に既に滅んでいた。
その痕跡は砂地にあり、彼らの歴史は幕を閉じ、命を繋ぐための水も枯れていた。
文明が栄えているなら余計な介入はできないが、文明を復活させることは可能であり、その惑星に存在していた種を使うことに問題はない。
彼らが暮らした痕跡を見れば、高い文明をもった人に近い生き物であることは明白だった。
戦で資源を奪い合い、魔物を狩り、あるいは魔物に狩られ、過酷な環境を生き延びてきたのだ。しかし、最後には魔物が勝利をおさめた。
その魔物もまた、生き延びることは出来ず絶滅していた。
高度な知能を持った種族もいたはずなのに、なぜこんな結末になったのかと実に惜しい気持ちになった。
そこで、既存の種族たちが繁栄できる未来を惑星再生の目標として計画を立てることにした。
魔物は殺し合い、縄張りを奪い合うことしか考えていない。しかし高度な知能と人の想像力を合わせ持てば、話し合い、取引することを学んでいく。
大陸を支配してきた主な種族を調べあげ、遺伝情報からその姿を再現し、マーリーヴァランと生殖が可能な状態まで生物融合実験を行った。
何度もシミュレーションを行い、実際に彼らを復活させてその進化を見守った」

「時間の移動観察は膨大な費用がかかります。エネルギーはどうやって調達を?」

「それを稼いだのは、マーリーヴァランだった。
その生態は実に面白い。群れのリーダーとなる雄を選ぶことが出来るのは、特殊な能力を受け継いだ、たった一頭の雌だけだ。特殊な能力とは、まさに群を繁栄に導くことが出来る、雄を見つけ出す能力だ。
他のマーリーヴァランたちは優れた個体を残そうと、その雌が見つけたリーダーを全員で守ろうとする。
滅びかけていたマーリー惑星で、たった一頭生き残っていたマーリーヴァランは、まさにリーダーとなる雄を選ぶ能力を持った雌だった。
彼女を陸上にあげるため、陸で進化した近縁種や砂の地で発見した人類に近づくよう進化を促した。つまり、彼女が群れのリーダーを選ぶときに、種族は問わなくて良くなった。
大抵の獣は、檻に雄と雌を入れておけば、自然と番になるものだが、知能が上がると雌はより好みを始める。
彼女は陸にあがっても長い間、雄を選べなかった」

「雄を選ぶ基準が大きく変わったということですか?」

「そうだ。群れを繁栄に導く雄を選ぶとき、マーリーヴァランは単純に変身能力が高く、魔力の高い雄を選んでいたが、人に近づいた彼女は強いだけの雄は選ばず、平和的で争いを生みにくい雄を選ぼうとした。
進化のシミュレーションには途方もない年月がかかったが、その分の資金は取り戻せたよ」

カートス博士は、上着のポケットから輝く宝石を取り出して見せた。
それは星の瞬きと呼ばれる、莫大なエネルギーを秘めた宝石で、惑星一つ買えるほどの価値がある。

目をみはったピートは、まだわからないと首を傾げる。

「マーリーヴァランがその大金を?」

「そうだ。これはマーリーヴァランの能力が生み出した財産だ。
オリジナルのマーリーヴァランの能力は陸上で進化した近縁種よりはるかに優れていた。
万が一のことを考え、オリジナルを保存し、近縁種に意識と能力を埋め込むことで陸にあげることに成功した。
しかし、最初は失敗続きだった。
陸にあがった近縁種でさえ、マーリーヴァランの持つ膨大な記憶を保持できなかったのだ。
それ故、途中から時間をかけて意識を体に慣らしていき、必要な記憶だけを取り出せるように調整していくことにした。
彼女の能力を解放させるため、近縁種が聖域と呼ぶ水を媒体にして記憶を封じた。
こちらで管理している情報と基本的にはつながっているため、知りたい情報をいくらでも引き出すことは出来たが、それは体が壊れない程度に、制御する必要があった。
最後には彼女自身に記憶の保持と管理をゆだねることになるからね。
我らの手を離れても、彼らが惑星上で自ら生きていけるようにしなければならない。
それ故、なるべく見守ることに徹し、彼らに時代の選択を任せた。
手を出したくなる瞬間も多かったが、我慢をして正解だった。
惑星最後の生命体であったマーリーヴァランは、献身的で愛に溢れた女性となり、人に近い種である砂の民をリーダーに選んだ。それどころか、さらに望ましい結果を生んだ。
惑星上の主な種族が、マーリーヴァランの雌を欲しがったのだ。
そのおかげで、滅びの歴史は繰り返されなかった。
惑星上の全ての種族を、マーリーヴァランが救ったと言っても過言ではない」

カートス博士は反対側のポケットに手を突っ込み、ピンクの液体が入った小瓶を取り出した。

「群れのリーダーを選ぶ雌だけが持っている、特別な能力が秘められた強力な惚れ薬だ。
これを発見したおかげで、資金はたっぷり入ってきた」

目をぱちくりさせたピートの肩を、カートスは軽く叩いた。

「精度は調整済みだが、生まれながらの王のような男に好かれたいとは思わないか?結婚に憧れを抱く女性なら誰もが飛びつく最高の条件の男を引き寄せる」

「私は選ばれそうにありませんね。しかし、それを使えば、男の方から寄ってくるということですね」

「そういうことになるが、その選択が正しいかどうかは女性自身が考える必要がある」

恋愛ごとには疎いピートは肩をすくめて降参のポーズをとった。
夢のような素晴らしい薬ではあったが、ピートの関心は他にあった。
表情を引き締め、頭を下げる。

「てっきり、惑星再生のきっかけは、マーリーヴァランの水の浄化能力の発見にあったのではないかと思ったのですが、それ以上の宝を発掘したわけですね。
実は私の担当する惑星の汚染レベルが高く、再生を断念するかどうかの瀬戸際なのです。しかしそこには貴重な生き物たちがいる。
あの戦争のせいで汚染物を好む魔物が大量発生したため、浄化が追い付いていません。
多くの種が、我々の身勝手な戦争で、住む場所を追われ、絶滅の危機にあるのです。
博士が発見したマーリーヴァランの能力を貸してはいただけないでしょうか?
もちろん、大切に保護することを約束いたします」

「その前に、君の担当惑星には金になりそうな能力を持った生き物はいるのか?
惑星の再生には時間がかかる。時間を買うには莫大な費用が必要だ。
惑星再生を決断する時には、まず見込める利益を第一に考える必要がある。
支援者が納得できるだけの材料が無ければ、計画は中途半端な形で終わってしまう。
それに、別の惑星の生物を移動させるためには、様々な手続きも必要だ。一人以上の惑星再生大臣の推薦もなければならない」

「提供できる資源はあります。時間移動をもっと安価に出来るかもしれません。それに、私は先生の講義を一つ残らずとりました。成績表を持ってきています」

一人以上の惑星再生大臣の枠はもう決まっていますといわんばかりに、ピートは誇らしげに銀色のカードを取り出し、虚空に提示する。
指導した博士の欄にカートスの名が記されている。
準備万端ではないかと、カートスは苦笑する。

惑星再生とは、身勝手な人間が起こした戦争の後始末を目的としているが、実際のところは未知なる資源の発見が目的だ。金にならなければ支援者も集まらない。
再生するかどうかは、惑星に将来性があるかどうかにかかっている。
カートス自身も、マーリーヴァランが持つ水の浄化能力が高く売れると確信したからこそ、惑星再生に踏み切った。
しかし実際は、それだけでは足りなかった。

「仕方ない、場所を変えて話をしよう、ピート。ちなみに私の所持している、もっとも能力値の高いマーリーヴァランは既に番を選んでいる。審査が通れば、そのまま連れていくしかないだろう。高度な知能を持つため、記憶の操作には多少慎重になる必要がある。しかし手続きは大変だぞ?」

確固たる表情でピートは顔をあげる。
未来ある若者の真っすぐな目を前にして、カートスの気持ちも高揚する。

「こちらに私の控室がある。行こう」

歩き出したカートスは、半歩下がってついてこようとするピートを促し、隣を歩かせる。

「ところでピート、君の担当惑星の話を聞かせてくれ」

ピートは躊躇いがちに、大先輩のカートスの隣に並ぶ。
背中を丸めていなければ身長はカートスを抜いている。
視線を合わせ、熱心に話をしようとするピートの姿に、カートスは長年追いかけてきた多種多様な生物たちの目を思い出す。

未来を掴もうともがき続ける生き物の目は常に美しく、そして滅びの予感を含んでいる。
明日滅びるかもしれない惑星の上でも、彼らは愛を語り、精一杯の命を燃やす。
そんな健気な命を守ろうとする若者を増やすこともカートスの使命の一つだ。

通路の下の会議場では、まだカートス博士の演説が続いている。
中央のスクリーンには、水中を自由に泳ぐマーリーヴァランの姿がある。
青い髪を優雅に広げ、片腕を上にあげている。
その視線の先に、海底に向かって泳いでくる男の姿がある。
無数の空気の泡が男の全身を包み、鼻からも空気の玉が抜けていく。

陸で鍛えられた肉体は浅黒く日に焼け、右手で銛を掴んでいる。
武器を持った男に、マーリーヴァランの雌は迷いなく飛びつき、二人は体を寄せ合い水面に向かう。

男は足の裏で水を蹴りどんどん浮上していく。
水面近くでマーリーヴァランの尾ひれは二本の足に変わる。

それは海のかなり深いところから撮られたものであったが、水面まで二人の姿は鮮明に見えていた。

完璧に浄化されたその澄んだ水の輝きに、人々が感嘆の声を上げ、拍手が沸いた。
その喝采は二階通路まで届いたが、二人は去ったあとだった。

通路を挟んだ反対側には、大きな窓があり、星々を浮かべた果てしない宇宙が広がっている。

そこに密輸船を取り締まる、政府機関の船が数隻宇宙空間に飛び出して行った。
そのまばゆい光が右の窓から左の窓を貫き、会場内のスクリーンに反射した。
きらきらと輝く水面の上にさらに強い光が溢れ、水から出て行く二人の足先を消してしまう。

同時にカートス博士の発表はちょうど終わりを告げ、巨大な球体のスクリーンには、空の青が映り込む、海底の澄んだ輝きだけが残された。



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