嘘つき同士は真実の恋をする。

19.これから知っていく①

「いい人じゃないか」
「まあね」
　喫茶店を出る頃には、すっかり兄の子たちに懐かれた慶弥さんは、肩車やジャンケンさせられたりと忙しそうに、子どもたちの相手をしながら由華ちゃんと会話している。
　そんな様子を見つめて、本当にいい人だなと兄は感心したように呟く。
「実は母さんにお前の話を聞かされててな」
「だろうね。やな感じしたもん」
「失礼だな。みんなお前を心配してるんだよ」
「余計なお世話だよ」
「そうみたいだな。きちんとした人で、安心した」
「お兄ちゃん」
「父さんたちには、俺から伝えとく。そのうち草壁さんをちゃんと紹介してやれ」
「分かった。そのうちね」
　兄妹のちょっとした内緒話を終えると、兄はすぐにすみませんと言いながら、慶弥さんの元に向かって子どもたちを引き受ける。
　兄や由華ちゃん、子どもたちと楽しそうに会話する慶弥さんを見ていると、いつの間にか彼と家庭を持つ未来を想像してる自分に気付いて驚く。
　付き合うと決めて、まだ一日も経ってない。
　そんな自分をどうかしてると思いつつも、僅かに芽吹いたそんな希望を捨てたくないと思ってしまう。
（ワガママだな、私）
　なければないで満足出来ていたはずなのに、一度でも手にしてしまったら、もっともっとと欲が出る。
「じゃあ、私たちはこれで」
「草壁さん。妹をよろしくお願いしますね」
「はい」
「じゃあな瑞穂。さっきの約束忘れんなよ」
「分かってる。由華ちゃん、健ちゃん、日菜ちゃん、またね」
　兄一家と別れると、慶弥さんはなにも言わずに私の手をそっと握った。
　一時的な感傷だと分かっていても、こんな風に恋人として付き合った先に、もっと近い関係に、夫婦になる未来はあるんだろうか。
　慶弥さんを盗み見ると、にこやかな顔で兄一家とまだ手を振りあってる。
「いいお兄さんだね」
「そうかな」
「うん。俺より年下なのに、うちの兄貴になんか雰囲気が似てる。お兄ちゃんってあんな感じなんだね」
「面倒臭い人だよ？　昔っから理屈っぽいし」
「弁護士だもんね」
「そう。ある意味天職だよ。ネチネチしてるもん」
「はは。凄くいいお兄さんだよ。大事にしなよ」
「ん？　うん」
「さて。たっぷり休憩したし、これからどうしようか」
「せっかくここまで来たから水族館に行きたいかな」
「よし。じゃあ行こうか」
　ようやくその場を離れて歩き出すと、自然と話題が家族の話になって、なんとなく心の奥の方がザワザワする。
　情報としてし知ってはいたけれど、実際にいくつの時にどんなことがあったとか、私と兄のように、くだらないことですぐ喧嘩した話を聞くのは妙な気分だ。
「あ、ごめん。なんか着信来た。ちょっとスマホ見ていい？」
「いいよ。そんな気を遣わないで大丈夫だよ」
　私の着替えのせいで大荷物を抱えているのに、嫌な顔ひとつせずににっこり笑ってくれる。
（慶弥さんのこういうところ、凄く好きだな）
　そんなことをしみじみ思っていると、彼はちょっと困ったように私の顔を見た。困っているというか疲れ切ったような顔だ。
「なに？　どうかしたの」