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20.解放① ◇
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ハンドルを握る手が落ち着かなくて、どうして瑞穂に本当のことを言えなかったのかと、後悔が押し寄せてくる。
俺が今向かっているのは、会社ではない別の場所だ。
(早く、なんとかしないとな)
到着したマンションの駐車場に車を停めると、エレベーターで八階に向かい、廊下の突き当たりの部屋の前で大きく深呼吸してインターホンを鳴らす。
返事はないけれど、その代わり勢いよくドアに向かってバタバタ走ってくる足音が聞こえる。
「遅いじゃない‼︎」
「ごめん。仕事で手が離せなかった」
「……へえ、そうなのね。まあいいわ。上がって」
「うん」
「今日は天気がいいから、外の空気入れる?」
「……そうね」
部屋の中は相変わらず散らかっていて、ひと月ほど前に来た時から一切掃除していないのだろう。吹き抜ける風に埃が舞うのが見える。
「円佳の具合はどうなの」
「すぐによくなったわ」
「病院連れて行かなくて平気?」
「大丈夫。今はぐっすり寝てるから」
「そっか」
舞美さんをソファーに座らせると、散らかったゴミを片付けてから、断りを入れて掃除機をかけ、部屋中を掃除して回る。
それが終わるとキッチンに移動して食器を洗い、漂白剤を溶かして水に浸しておく。
「舞美さん、円佳のご飯は?」
「棚にレトルトのお粥があったと思う」
「分かった。それは今度使えばいいよ。舞美さんもろくに飯食ってないんだろ」
「慶弥くん、やっぱり雰囲気変わったわね」
「そうかな」
「私分かるのよ。慶弥くん、やっぱり好きな人いるんじゃない?」
「だから前にも言ったろ。いたとしても、どうこうしようなんて考えてないよ」
「そんな嘘つかせてるのは私よね。もういいわ」
「……?」
「ちょっと円佳の様子見てくる」
舞美さんはそう言うと、寝室に向かったらしい。
(もういいって、どう言う意味だよ)
彼女が発した言葉の意味が分からなくて動揺していると、しばらくして掛け布団を抱えた舞美さんがリビングに戻って来た。
「ああ、俺が干すよ」
「ありがとう」
掛け布団を引き取ってベランダの物干しに掛けると、リビングに戻った俺に、舞美さんはコーヒーを出してくれた。
「どうぞ」
「……ありがとう。いただきます」
ダイニングテーブルの椅子を引き、そこに腰掛けて舞美さんと向かい合わせに座る。するとすぐに舞美さんは疲れちゃったのよと口を開いた。
「宗ちゃんのお母さんがうちに来たの」
「前田の?」
「会うなり顔を引っ叩かれた」
「それは」
「目が覚めたわ。本当に今更よね」
舞美さんは、まだ痛々しく包帯が巻かれた手首をさする。
「誰を恨もうと、誰を憎もうと、宗ちゃんが帰ってくることはないんだもの」
そう言うとテーブルの上で拳を握り、彼女はボタボタと大粒の涙を流す。
「宗ちゃんのお母さんがね、家族としてやり直したいって言ってきてるの。だからもう、慶弥くんのことは解放してあげる」
「解放って……」
「全部を慶弥くんのせいにしてれば救われるような気がしてた。なのに円佳に暴力を振るわずに済んだのも、無理心中しようとして助かったのも、結局は慶弥くんのおかげ。笑っちゃうわよね」
「舞美さん……」
「慶弥くんを縛り付けて復讐してるつもりだったけど、蓋を開けてみれば慶弥くんの存在に助けてもらってきた。そんな貴方を恨むだなんて、宗ちゃんが望むはずないのにね」
「そんなことないよ」
「あるわよ。この上同情までして、まだ憐れむつもりなの? もうやめてよ」
「……じゃあ、これからどうするつもりなの」
「来月、宗ちゃんの地元に引っ越すわ」
「それでいいの」
俺が今向かっているのは、会社ではない別の場所だ。
(早く、なんとかしないとな)
到着したマンションの駐車場に車を停めると、エレベーターで八階に向かい、廊下の突き当たりの部屋の前で大きく深呼吸してインターホンを鳴らす。
返事はないけれど、その代わり勢いよくドアに向かってバタバタ走ってくる足音が聞こえる。
「遅いじゃない‼︎」
「ごめん。仕事で手が離せなかった」
「……へえ、そうなのね。まあいいわ。上がって」
「うん」
「今日は天気がいいから、外の空気入れる?」
「……そうね」
部屋の中は相変わらず散らかっていて、ひと月ほど前に来た時から一切掃除していないのだろう。吹き抜ける風に埃が舞うのが見える。
「円佳の具合はどうなの」
「すぐによくなったわ」
「病院連れて行かなくて平気?」
「大丈夫。今はぐっすり寝てるから」
「そっか」
舞美さんをソファーに座らせると、散らかったゴミを片付けてから、断りを入れて掃除機をかけ、部屋中を掃除して回る。
それが終わるとキッチンに移動して食器を洗い、漂白剤を溶かして水に浸しておく。
「舞美さん、円佳のご飯は?」
「棚にレトルトのお粥があったと思う」
「分かった。それは今度使えばいいよ。舞美さんもろくに飯食ってないんだろ」
「慶弥くん、やっぱり雰囲気変わったわね」
「そうかな」
「私分かるのよ。慶弥くん、やっぱり好きな人いるんじゃない?」
「だから前にも言ったろ。いたとしても、どうこうしようなんて考えてないよ」
「そんな嘘つかせてるのは私よね。もういいわ」
「……?」
「ちょっと円佳の様子見てくる」
舞美さんはそう言うと、寝室に向かったらしい。
(もういいって、どう言う意味だよ)
彼女が発した言葉の意味が分からなくて動揺していると、しばらくして掛け布団を抱えた舞美さんがリビングに戻って来た。
「ああ、俺が干すよ」
「ありがとう」
掛け布団を引き取ってベランダの物干しに掛けると、リビングに戻った俺に、舞美さんはコーヒーを出してくれた。
「どうぞ」
「……ありがとう。いただきます」
ダイニングテーブルの椅子を引き、そこに腰掛けて舞美さんと向かい合わせに座る。するとすぐに舞美さんは疲れちゃったのよと口を開いた。
「宗ちゃんのお母さんがうちに来たの」
「前田の?」
「会うなり顔を引っ叩かれた」
「それは」
「目が覚めたわ。本当に今更よね」
舞美さんは、まだ痛々しく包帯が巻かれた手首をさする。
「誰を恨もうと、誰を憎もうと、宗ちゃんが帰ってくることはないんだもの」
そう言うとテーブルの上で拳を握り、彼女はボタボタと大粒の涙を流す。
「宗ちゃんのお母さんがね、家族としてやり直したいって言ってきてるの。だからもう、慶弥くんのことは解放してあげる」
「解放って……」
「全部を慶弥くんのせいにしてれば救われるような気がしてた。なのに円佳に暴力を振るわずに済んだのも、無理心中しようとして助かったのも、結局は慶弥くんのおかげ。笑っちゃうわよね」
「舞美さん……」
「慶弥くんを縛り付けて復讐してるつもりだったけど、蓋を開けてみれば慶弥くんの存在に助けてもらってきた。そんな貴方を恨むだなんて、宗ちゃんが望むはずないのにね」
「そんなことないよ」
「あるわよ。この上同情までして、まだ憐れむつもりなの? もうやめてよ」
「……じゃあ、これからどうするつもりなの」
「来月、宗ちゃんの地元に引っ越すわ」
「それでいいの」
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