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29.頭を下げる
しばらく歩いて、綺麗な日本庭園を眺めながら渡り廊下を通過したら、いくつも扉がある区画になった。神崎は扉の開いている個室に入ると、背もたれ付きの座椅子に俺を下ろす。座卓には寿司が置かれていた。綺麗な寿司桶に入っているあたり、きっと高級寿司なんだろう。
「弘樹さん、先に食べていて良いですよ」
扉を閉めた神崎は、そのまま室内にあるドアを開けた。しばらくして、水洗の音が聞こえてくる。なるほどトイレか。それが判明すると同時に、俺もしたくなってきた。
トイレから出てきた神崎は、寿司に手を付けていないのを見て、首を傾げる。
「まだお腹空いていませんか?」
「……俺も、トイレに入りたい」
「そうでしたか。見ていましょうか?」
反射的に頷いたけど、はたと気付いて、すぐに首を横に振った。
「だ、大丈夫。見られなくても出来る」
「それは残念です」
なんて言いつつも、まったく残念そうには見えない。とりあえず交代でトイレに入り、小便をする。見られていない状況が普通なのだ。だから物足りないなんて思ってはいけない。
きちんと手を洗ってから出ると、神崎はまだ寿司に手を付けていなかった。窓を開けて縁側に座り、煙草を吸っている。ちょうどふぅと煙を吐いているところで、ドアの閉めた音に反応してこちらを見てきた目は、美味そうに細められていた。
フラフラと近づいて傍に腰掛けると、微笑みかけられる。
「弘樹さんも吸いますか? 2ヶ月のブランクがありますし、そのまま禁煙した方が、健康には良いですが」
そういえばこの2ヶ月、煙草を吸っていなかったな。全裸での生活、しかも尻にオモチャを入れられ続けていて快感を追うのに必死で、煙草を吸いたいという欲求が湧かなかった。今もあまり、吸いたいとは思わない。
「このまま禁煙する。運動、したいし。それより……神崎は、煙草吸うんだな。2ヶ月間、ニオイはまったくしなかったけど」
でも初めて神崎を見た時、吸っていたような気もする。それきり見たことがなかったから、忘れていたけれど。
「弘樹さんの前では吸いませんでしたし、吸ったら風呂に入ったり着替えたりして、ニオイがしないように心掛けましたから」
「……そうか」
いろいろ気を使ってくれていたのだとわかり、胸がじぃんと熱くなる。神崎は優しい。俺を監禁していたのも、彼なりの優しさであり気遣いだったと、今はもうわかっている。
神崎は短くなった煙草を灰皿に押し付けると、立ち上がらずに俺を見つめてきた。
「名前。弘樹さんが俺の名前を呼んできたの、初めてですね」
「あ……そう、だったか」
「ええ、そうなんです」
ふっと綺麗な微笑を浮かべられると、どうしてもドキドキする。間近から見つめられるだけでこんな気持ちになるなんて、出会った当初は考えもしなかった。
だからこそ、ちゃんと言わなくてはならないことがある。
「――神崎」
外からの冷たい風が頬を撫でていく中、俺は神崎に身体ごと向けた。慣れない正座をして、額が床に付くくらいに、頭を下げる。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして」
柔らかな声と、頭を撫でてくる手に、じわりと涙が滲んだ。こんな簡単なことを2ヶ月も出来無かったなんて、本当に情けない。
そう、初めから感謝して、礼を言えば良かったのだ。神崎はただ、俺を助けてくれただけなのだから。
俺だって、もしも近くで誰かが死にそうになっていて、助けられる手段を持っていたら……どうにかして助けようとすると思う。でもさすがに、2億円をサラリと捨てるのは、出来そうにない。
出来無いから、疑ってしまった。2億なんて大金で買われた以上は、相応の報復があるのだと。酷いことをされるのが当然だと思い込んで、神崎をキツく睨んでしまった。だから彼は、そのとおりにした。
「……あの時の俺は、何もされない方が、疑心暗鬼になっていたんだろうな」
「そうですね。まぁ俺も裏世界で生きている人間ですので、仕方ありません。それに弘樹さんが撃たれるのを止める為とはいえ、貴方を脅すような形になりましたし。もちろん俺としては、そんなつもりありませんでしたが」
そうだな。神崎は『相応の生き方をしていただく』と言ってきただけだ。しかし2億で買われた俺は、相応の生き方という言葉を、酷くて恐ろしいものだと思い込んでしまった。
「時々、麻雀の相手になってくださるだけで良かったんです。銃口を押し付けられて脅されて、殺される寸前でありながら、心が折れない人というのは稀ですから。あの光景だけで、俺にとっては2億の価値があった」
「あの光景。……そう、だったのか」
これ、若頭が言っていたやつだよな? 判明してスッキリした。そうか、殺されそうになっていても命乞いをしなかったから、神崎は助けてくれたのか。
「とにかく貴方は、裏世界で生きている俺と、2億円という金額に脅えていました。そんな状態で何もしないと告げたところで、信用するのは難しいでしょう? 貴方を解放したところで、いつどこで何をされるかわからないという恐怖に駆られ続けて、精神を病んでしまう可能性がある。だからすぐに、それらしい行為を強要しました」
初めてアナルを弄られオモチャを入れられて、放置された。すごくつらかった気がするけど、今では後ろに入れられるのが、とても気持ち良い。その快感を思い出してしまい、何も入っていないアナルがひくりと疼いてしまう。
「に……逃げた時に追ってきたのも、結局そのあと脅えるだけだと、思ったからだよな?」
「ええ。根強いものですよ、一度刻まれた恐怖というものは。貴方を完全に開放するには、2億円をきちんと清算させるしかない。なので、それらしい生活を強いました。そのうえで捨てさせました。俺という人間の本質を見るのに、不必要なものをすべて」
ペットみたいな生活を強いられ自尊心を壊されたのも、快楽に溺らされたのも。そうして優しくしてくれたのも。すべては神崎に抱いている畏怖を、消すためだったらしい。
神崎は無敗の天才ギャンブラーで、対戦している時はすごいプレッシャーに何度も怯みかけた。けれど普段は、とても優しい。それを気付かせてくれた。
「俺のこと、もう怖くないでしょう?」
頷く。するとまた、頭を撫でられた。
――好きだ、と。思わずにはいられない手だ。
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