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しおりを挟む「どうしてあなたがここに……。クリストハルト様」
「さぁ、誰のことだか。人違いじゃないかい?」
とぼけているが、間違いない。この声は元婚約者のクリストハルトのもの。何年も一緒にいた彼の声を今更聞き間違えるはずがない。声の高さや抑揚、口調まで一致している。
「ゼン。よく彼女を連れて来てくれたね。ご苦労だった」
「とんでもありません」
どうやらネラの拉致はクリストハルトが指示したみたいだ。
(なぜそんなことを……)
「あなたはこのオークションの関係者なの?」
「そんなところかな。君は三日後に商品として売られるんだよ。見目がいいから、きっと可愛がってもらえるさ。僕はあまり君のことを可愛がってやれなかったからね」
「…………」
やっぱり、目の前にいるのはクリストハルトだった。
(なるほどね。ずっと私は、彼にとって目障りだったんだわ)
ようやく、この人が婚約破棄をしたかった本当の理由が分かった気がする。
ネラはなんでも見透す不思議な能力があった。闇オークションの運営に携わるなんて大犯罪だ。彼はそれを見抜かれるのが怖かったのだろう。婚約者でいる間、クリストハルトがどれほどヒヤヒヤしていことか。
(歌劇場で会ったときのおかしな態度もきっと……)
以前、フレイダと一緒にオペラに行ったときにクリストハルトに遭遇した。そのときにクリストハルトは柄にもなくネラのことを褒め、食事に誘ってきた。しかしそれは、事件の捜査をしている王衛隊幹部のフレイダからネラを引き離したかったからだったのだろう。
そして遂に今、ネラのことを売り飛ばして社会から抹殺しようとしている。
「まさかあなたが犯罪者だとは思わなかったわ」
挑発の意味を込めて伝えるが、彼は少しも動じない。
「ようやく君の忌まわしい透視能力に怯えなくて済む。――さっさと消えてくれ、ネラ」
クリストハルトは笑顔でそう吐き捨てて、すぐに去っていった。
(最低な人)
ネラだって望んで得た力ではない。知りたくもない他人の運命も、世界の未来も過去も、家族の寿命さえも。意志とは関係なく視えてしまう。
でも、人が病を患うのと同じで、備えた不思議な力も折り合いをつけて仲良くやっていくしかなかった。
◇◇◇
ネラはゼンに引きずられるようにして、地下階段を降りさせられた。クリストハルトのことは衝撃だったものの、今一番気がかりなのは、ゼンの妹のことだった。階段の途中で呟く。
「……妹さんに薬を飲ませるのをすぐにやめた方がいい」
「さっきからお前、なんなんだよ。どうして薬のことを……」
雇われ占い師をしているのだ、と簡単に自己紹介する。ゼンは半信半疑だったが、ネラの話に耳を傾けようとし始めた。クリストハルトがゼンがいる前で、『忌まわしい透視能力』について触れていたせいだと思う。
「その薬には微量の毒が含有しているわ。民間療法を提供している団体は、金を捲揚げるために妹さんの体調を意図的に悪くさせているの」
「うそ、だ……」
「本当のことよ。信じるも信じないもあなた次第だけれど」
ゼンはネラの腕を離し、唖然としてその場に立ち止まった。
突然飲むのをやめると離脱症状が出るから、一ヶ月くらい時間をかけて減薬して体への負担を少なくした方がいいと付け加える。
「見てもいないのに、どうして分かるんだ?」
さっきゼンと揉めている間、ずっと彼の妹を助ける方法はないかと占っていた。そして、彼女の体調を悪くしている原因が、病気の初期から飲み続けていた薬にあると分かったのだ。
「何者なんだ、一体……」
「ただの雇われ占い師よ」
ただし。前世で神から預言の聖女として賜った力を使っている、ちょっと特殊な占い師だ。彼はぽつりと呟いた。
「助かるのか? 妹は……ニアは」
「はい。必ず」
それから彼は、ひと言も発さなかった。無言のままネラを地下の牢に閉じ込める。鉄格子越しにこちらを見下ろしながら彼が言った。
「馬鹿だなお前。自分のこと誘拐した人売りにまで情けをかけんのか」
「私が助けたいのは犯罪者ではなく、病と戦う女の子のこと。それから……」
そしてもう一人、助けたい人がいる。ネラは少し間を開けて、「お願いがあるの」と彼に言った。
「義妹から手を引いてください」
「義妹?」
「リリアナ・ボワサル。あなたもよくご存知でしょう」
「……お前、あいつの義姉だったのか」
実家を出る前に、リリアナが悪い男に騙されていて、いつか危険な目に逢うことを予知した。そして今、点と点が繋がった。
ゼンは自分に好意を寄せるリリアナを利用し、度々金を無心している。世間知らずな貴族の娘だから、多額の金をほいほいと差し出しているようだ。だが彼は、彼女が使えなくなったら売り飛ばすつもりでいる。
「リリアナは義姉の婚約者を奪ってやったって自慢してたぜ。散々いじめて家も追い出してやったんだって。そんな奴のことほっとけば、」
確かに散々酷いことをされた。憎いと思っている。けれど、見過ごせないのだ。先に起こる悲劇を知っているのに、見ないふりをしているのは加担しているのと同じだと思うから。誰であろうと、無条件で手を差し伸べてしまうのがネラの性分だ。
「彼女が私にしてきた仕打ちと、あなたが彼女にしていることは無関係だわ。別れると誓って」
「……とんだお人好しだな。お前」
彼はそのまま去っていった。最後に「分かった」と言い残して。
◇◇◇
暗い牢に取り残されたネラは、小さくため息を吐いた。リリアナがおかしな男に引っかかっていることは、屋敷を追い出される前から気がかりだったが、これでもう大丈夫だろう。
彼女のことだから、また同じことを繰り返すかもしれないが。
すると。
「まさかあなたもここに連れて来られるだなんてね。バー・ラグールの凄腕占い師さん?」
隣からそう声をかけられる。檻の中には、ネラ以外に既に――先客がいた。
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