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しおりを挟む事件から二ヶ月。
スチュアス伯爵家が闇商売を行っていたことは大々的に報じられ、連日世間で騒がれた。
伯爵家は財産と爵位を没収され、懲役二十年の実刑判決が下った。また、ネラの実家のボワサル子爵家も闇取引のために貿易船を貸しており、知らなかったとはいえ犯罪に加担していたため、世間の信用はガタ落ちした。会社の売上が下がり、倒産寸前だと噂されている。
父は、リリアナが人身売買業者と浮気していたことを責めた。そのせいで悪事が露見し、結果として商売がだめになったのだと。父はリリアナに貞淑さを身につけさせるため修道院送りにした。
そして、元婚約者のクリストハルトは、未だ逃亡を続けている。
◇◇◇
「本当にありがとうございました。こうして無事に帰ってこられたのはネラさんのおかげです」
今日は、誘拐事件被害者のルナーが店を訪れた。
闇オークションで男爵家に買われた彼女は、ネラの占いがきっかけで王衛隊に保護されたのだった。先日は両親がやって来て、涙ながらにお礼を言って帰っていった。
「いえ。……私は何も」
「これはお礼の気持ちです」
ルナーから紙袋を差し出される。中身が何か分からず首を傾げると、彼女が言った。
「目にいいといわれている漢方です。もしよければ」
「ありがとうございます」
漢方を飲んだところで、一度失った視力を取り戻すことはできないだろう。けれど、気にかけてくれた気持ちがありがたい。
「今日のご依頼内容は」
「それが……今日は占いというより、お願いがあって」
「なんでしょうか」
「私にネラさんの目の治癒をさせていただけませんか。実は私には生まれつき、病気や怪我を治す不思議な力があるんです」
それから彼女は、自分の力のことを話してくれた。生まれたときから彼女も、ネラと同じで瞳に金色の輪っかが光っていたという。利用しようという人間が出るかもしれないため人前では見せないようにしてきたが、触れただけで人の怪我を治すことができるのだと。
(まさか私以外にも聖女の生まれ変わりがいたなんて……)
彼女は恐らく、旧ヴェルシア教皇国の四大聖女の一人、"治癒の聖女"だ。話しぶり的に、自分が元聖女ということは知らないようだ。
「こんなこと言っても……信じてもらえませんよね」
「いえ、信じます。恐らくルナー様のそのお力は神力と呼ばれるものでしょう」
「神力……ですか?」
「はい。私の透視能力も神力の一つです」
神力を有する人は現代では少なく、そのほとんどが騎士だ。戦闘に特化した神力使い以外はほぼ皆無なので、ルナーも神力と自分の力の繋がりにピンとこないのだろう。
「私の治癒が、ネラさんに効果があるか占うことはできますか?」
「……やってみます」
恐る恐る瞼を閉じて占う。
「何か視えましたか?」
「はい。結論から言うと、治すことができる――と」
ネラが失明したのは、透視能力の代償だ。聖女だった時代も、視力を失うことで聖女の力を覚醒させた。その逆に、透視能力を失えば目が見えるようになるらしい。
今のネラは、預言の聖女ではないので、透視能力を維持する必要はない。
(私の目が見えるように……なる?)
体が震えた。もう二度とこの目で何かを見ることはできないと諦めていたのに、前触れもなく訪れた希望に戸惑う。
目が見えるようになったら透視能力を失うことになる。ネラは知りたくもないことが視えてしまう能力が嫌いだった。でも今、沢山の人たちが力を必要としてくれている。人の役に立てるこの仕事を続けていきたいと思っている。
悩んだ末に、片目だけ治癒してもらうことにした。片目分なら、能力は今までより落ちるが、占いの仕事は続けられるだろう。
「私の力は、満月の夜に一番強くなります。失明を治すなら調子がいいときに行いたいので、日を改めさせてください」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
「お力になれるよう、精一杯頑張りますね。もう一度、ネラさんの瞳が世界を映せるように」
ルナーを見送り、ネラは脱力して肩を竦めた。
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