王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

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一、出会いはデビュタント

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「なあ、イアサント。どうしても譲る気はないか?」 

「ありません。父上、いい加減に諦めてください」 

「諦められる筈が無かろう。ピエレットのデビュタントなのだぞ?やはり、父である私が最初のダンスをするのが当たり前というもの」 

 デビュタント当日の朝。  

 諦め悪く言い募る父、バルゲリー伯爵に、イアサントはにべもなく言い切った。 

「ですが、文句なしと約束し、破れたのは父上です。そうですよね?」 

「ぐっ。それは、確かにそうなのだが」 

 イアサントににやりと笑って言われ、バルゲリー伯ジュストは、うっと詰まる。 

 実はこのふたり、娘であり妹であるピエレットのデビュタントのダンス、それも一番最初の記念すべきダンスの権利を巡って争い、最終決戦としてカードにて勝敗をつけた。 

『ねえ、ジュスト。カード勝負などせず、父は自分なのだからと押し切ってしまった方がいいのではなくて?』  

 カード勝負をする前、バルゲリー伯爵夫人ブリュエットは、夫であるバルゲリー伯ジュストにそう言ったのだが。 

 ジュストは『なあに。未だ息子には負けぬ』と余裕の笑みでブリュエットの髪を撫で、胸を貸してやるくらいのつもりで臨んだ勝負にあっさりと負けた。 

「カード勝負でと言ったのも、その勝負に敗北したのも父上です。引き際を心得てください」 

「イアサント」 

「駄目ですよ、父上。僕だって、ピエレットと踊りたいのですから」 

 にっこり笑ったイアサントは、この話はこれで終わりと席を立つ。 

「さあ、僕達も仕度をしなくては」 

 そう言って立ち去るイアサントを、ジュストは恨みがましい目で見送った。 

 

 

「いいかい、ピエレット。ピエレットはとても可愛いから、ダンスの申し込みもたくさんあると思うけど、嫌だと思った相手とは踊らなくていいからね」 

「もう、お兄様。そういうのを、兄馬鹿というのですわ」 

 生まれて初めての社交界。 

 生まれて初めて、大勢のひとの前で踊る緊張。 

 それらすべてが吹き飛ぶような兄の発言に、ピエレットは思わず笑みを浮かべた。 

「何を言う。ピエレットは誰が見ても可愛いのだから、そのような呑気な事を言っていないで、本当に気をつけるのだよ?まあ、兄様が傍に居るけれど」 

「お友達もいるのですから、大丈夫ですわ。お兄様」 

 周りを見れば、見知っている顔も幾つかある。 

 子どもの頃からの付き合いの彼女達もいるのだからと、ピエレットが過保護だと言ったところで、最初の曲が終わる。 

「はは。ごらん、ピエレット。父上が、物凄い勢いでこちらに・・・・ん?」 

 曲が終わると同時に、父ジュストがピエレットとイアサント目掛けて歩いて来るのを見つけ、ピエレットに声をかけたイアサントは、ジュストとは反対の方向から、ひとりの貴公子がピエレット目指して歩いて来るのに気が付いて目を見開いた。 

「デュルフェ公爵令息」 

「デュルフェ公爵令息って、あの有名な?」 

 もちろん会ったことはないが名前だけは聞いたことがある、とこそりと兄イアソンに囁いたピエレットは、その姿をひと目見ようと視線を動かす。 

「ピエレットに目を付けたか」 

「ええええ?こちらにお目当ての方がいらっしゃるだけでしょう。あ、あの方ですの?」 

 貴族でも筆頭の地位にある公爵子息の動きに緊迫するイアソンに対し、自分を目指しているなど思いもしないピエレットは、人々が波のように動くのを見、その間を見事な金髪の貴公子が歩いて来るのを認めて瞳を輝かせた。 

「ああ、そうだよ。彼がデュルフェ公爵令息だ」 

 途中、数多の令嬢が声をかけるも、振り向くことさえなく歩き続けるデュルフェ公爵令息エヴァリスト。 

 彼は今正に、人々の注目を一身に集めている。 

「え?あら?本当に?」 

 近づくにつれ、エヴァリストの視線が自分を捕えていることに気づいたピエレットは、事ここに至って漸く焦りを覚えた。 

「お、お兄様。どうしましょう」 

「兎も角、失礼のないように。とはいえ、嫌だったら断わっていい」 

 王弟の子息だろうと、公爵家だろうと関係ない、と潔く言い切ったイアサントは、それでもきちんとした礼節をもってエヴァリストを迎え入れる。 

「ご令嬢。私に、貴女と踊る名誉を授けてくださいませんか?」 

 そんなイアサントに目礼して、エヴァリストはピエレットへと手を差し伸べた。 

 
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