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三十八、推しと別荘へ・・・の途中で巻き込まれ。

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 まさか、こんなにすぐ、別荘に行くことになるとは。 

 

 オリヴェルとふたり、馬車に乗って街道を行く。 

 窓から見える景色は、見渡す限りの平原。 

 そしてデシレアの向かいの席には、オリヴェルがいつも通り、きちんとした姿勢で座っている。 

 揺れの少ない道ではあるが、その姿勢を続ける筋肉はやはり素晴らしいとデシレアは思う。 

 

 そういえば、こんなに長くオリヴェル様と馬車に乗るのは初めてで。 

 馬車といえば、動く密室のようなもので。 

 そこに、オリヴェル様とふたりきり・・・・ん?でも、あれ? 

 初対面の時は工房だったから、あれも密室といえば密室にふたりきりということで。 

 ということは、これが私とオリヴェル様の平常運転? 

 

 デシレアが、そんな取るに足らない疑問をぐるぐる考えていると、ふとオリヴェルと目が合った。 

「退屈か?」 

「いえ、あの。馬車があまり揺れないと思ったら、この街道、整備がきちんとされているのですね」 

 王都のなかでさえここまでではない、とデシレアが言えば、オリヴェルがくいっと眼鏡の細い縁をあげた。 

 無表情にも見えるけれど、その目は優しく、口元は嬉しさを湛えるように少し綻んでいる。 

「当然のことではあるのだが。そう言われると嬉しいものだな」 

「ということは、メシュヴィツ公爵家の管轄ですか?」 

「ああ。この辺りは、王都も近く使用頻度が高いからな。整備には気をつけている」 

「往来が激しいと、街道の傷みも早いですよね」 

 ふむふむと頷いていると、御者から声がかかった。 

 前方に、立ち往生している馬車がいるという。 

「ここで、立ち往生」 

 何やら苦虫を噛み潰したように言ったオリヴェルが、馬車と並走している護衛に確認を命じた。 

「あの、オリヴェル様?」 

 どう見ても脱輪した相手、不幸な事故に遭遇した相手に対する表情ではないと感じたデシレアが首を傾げれば、オリヴェルは苦い顔のままため息を吐く。 

「まあ、少し待て」 

「はい」 

 オリヴェルが何を思案しているのか分からないまま、デシレアは素直に頷いた。 

「そうして幼子のようにちょこんと座っていると。何というか、デシレアは小さいな」 

 噴き出すように笑って言われ、デシレアは一気に機嫌を損ねる。 

「なっ。いきなり貶すとか、なんですか一体」 

 ちゃんと大人しく待っているのに、とデシレアがふくれれば、その顔が面白いとオリヴェルが言い、つんつんと頬をつつかれている間に護衛が戻った。 

「乗っているのは、スカンツェ子爵家のご令嬢とその侍女でした。脱輪したとのことですが、こちらの馬車に乗っているのが誰かもご存じで、どうにもあやしいかと」 

「やはりそうか。しかし、無視する訳にもいくまい。俺とデシレアとで対処するから、何か行動を起こすようならデシレアを護れ」 

「はっ」 

 その短い遣り取りを馬車に乗ったまま終えたオリヴェルが、神妙な顔で聞いていたデシレアへと向き直る。 

「やはり、故意のようだ」 

「恋。では、馬車に乗っているという子爵令嬢が、オリヴェル様に恋をしているが故のことだと」 

「い、いや、そちらの恋ではなく、作為的ということだ」 

「でも、間違いではありませんよね。子爵令嬢が、オリヴェル様に恋をしたがゆえに、故意に脱輪を起こしたのではありませんか?」 

 オリヴェル様も罪な、と呟くデシレアが馬車を下りるのに手を貸しながら、オリヴェルは苦い笑みを零した。 

「そんな飄々と言われると何と言うか・・まあいい。相手は、恐らくこちらの馬車に乗せろと言うだろうが、拒否する。あくまでも街道の整備担当として接するから、君は俺の婚約者として堂々と傍に居てほしい」 

「・・・分かりました」 

「その間が心配だが。いいか。とにかく君は、メシュヴィツ次期公爵夫人として、毅然と振る舞って欲しい」 

「っ。分かりました!風除けですね!」 

「・・・まあ、そういうことだ」 

 そこはもっと、ふたりの間に立ち入る隙など無いとか言い様が、とは言葉にできず、オリヴェルは、自分の肘にデシレアの手を添えさせると、くだんの馬車へと向かう。 

「あ、見てくださいオリヴェル様。あの馬車、街道の片側に寄せてあります」 

「鋭いな」 

 街道は、馬車同士が行き違う事の出来る幅は確保されているが、通常は中央を走る。 

 しかし脱輪している馬車は、きちんときれいに道の端に止められていて、他の馬車が通るのに問題は無いと見え、咄嗟に凄いとデシレアは感心してしまった。 

「凄いですね。ちゃんと、後続や前方から来る馬車のことを考えて。それにしても、かなりの技術ですよね。脱輪しかけているのに、端に寄れるなんて」 

「違う。初めから、こちらの馬車に乗るつもりで、だ。通る場所が無ければ、こちらの馬車に乗っても、動けないことに変わりは無いからな」 

 先ほど鋭いと言った言葉を返せと言われるも、デシレアにはオリヴェルの言葉が信じがたい。 

「え?それってつまり、オリヴェル様の目的地まで一緒に行くためにですか?救援が来て途中で帰されたり、離されたりしないように、馬車が一台通れる場所を確保しているということですか?」 

「ああ」 

「でも、そうすると御者さんは置き去り」 

 侍女は令嬢に付き従え、護衛は馬があるだろうが、馬車から離れられない御者はどうするのだとデシレアは呟いた。 

「気になど、しないのだろう」 

「御者さんも、オリヴェル様の馬車に乗れると思って・・・は、いないですね」 

「そんなこと、思いもしないだろう。目的は、自分が俺達の馬車に乗ることだからな」 

 憮然と言い切るオリヴェルに、尚もデシレアは首を傾げる。 

「うーん。でもそのためには、オリヴェル様が今日、この時間にここを通ると知っていないと無理ですよ?」 

「把握していたのだろうな」 

「う。そこまでして、オリヴェル様と馬車に乗りたい・・つまり、切っ掛け?どこでも突撃して来るとは聞いていましたけど、本当に凄いんですねえ」 

「メシュヴィツ公子息様!このような所、このような時に会えるなんて!運命の女神に感謝します!」 

 しみじみとデシレアが言った時、そう叫ぶような声がして、ひとりの女性が脱輪している馬車から勢いよく飛び出して来た。 

 

 凄い。 

 誰の手も借りずに飛び降りましたよ。 

 しかも、ドレスで。 

 運動神経いい。 

 

 妙な感心をしているデシレアのことなど見えていないように、令嬢は真っ直ぐオリヴェルへと駆け寄って来る。 

「馬車が、脱輪したとか」 

「ええ、そうなのです。ですから、メシュヴィツ公子息様の馬車に乗せてくださいませ」 

 うきうきと言う令嬢の後ろに続く侍女も、そうすることが当然と言わぬばかり、泊まりにでも行くのかという大きさの荷物を、既にして携えている。 

「まずは、確認を。デシレア、おいで」 

 そんな令嬢と侍女のことなど歯牙にもかけず、オリヴェルは、デシレアに甘い目を向けて車輪の確認を始めた。 

「それにしても、オリヴェル様。この街道で脱輪など。馬車の点検が甘かったのでしょうか」 

 車輪が嵌りそうな轍もなく、障害になりそうな石も転がっていない。 

 そのような場所で、と不思議そうに言ったデシレアに、オリヴェルがにやりと笑った。 

「言っただろう、わざとだと。見てみろ、あの車輪。恐らくは、力技で外している」 

「え?わざわざ・・・って、そうでした。オリヴェル様の馬車に乗るのが、目的だから」 

「こんな公共の街道で。手段を選ばず、だな」 

「でも、目的は達成ですね。凄い」 

 褒められたことではないが、と目を丸くするデシレアに、オリヴェルはその瞳を鋭く細めた。 

「感心しているところ悪いが、達成などではない。言っただろう、俺達の馬車には乗せないと」 

「でも、ここに置き去りにもできませんよね?」 

 令嬢を街道に置き去りには出来ない。 

 その原因となった脱輪が故意だろうとなかろうと、そこは判断されず、ただ置き去りにしたとオリヴェルが責められることになるとデシレアは案じる。 

「相手も、そう思っているだろうな」 

「オリヴェル様?」 

「いいから、来い。あいつらに目にもの見せてやる・・・ほら」 

 こちらの方が真の悪人ではないかと思えるほどの凄みを見せたオリヴェルは、その凄みが嘘のように優しくデシレアを誘って令嬢の元へと戻った。 

「メシュヴィツ公子息様!脱輪、していましたでしょう?ですから、公子様の馬車に」 

「ええ、確かに脱輪していました。ですので、騎士団へ緊急救援を依頼します。心配せずとも、すぐに騎馬で駆け付けてくれますよ」 

「え?」 

 緊急救援。 

 そのような言葉が出るとは予測もしていなかったのだろう令嬢が、不意打ちを喰らったように一瞬黙る。 

「オリヴェル様。緊急救援とは?」 

「ああ。魔法師団と騎士団へ、特別な方法で救援を要請できる。見ていろ」 

 興味津々といった様子で問うたデシレアに答え、オリヴェルは見えやすいようにその紙を手に乗せた。 

「わああ。魔法陣。あ、文字が自然と浮き上がりました!」 

「俺が、頭で考えたことを文字に出来る」 

 取り出した紙に描かれていたのは、デシレアが初めて見る魔法陣。 

 オリヴェルはその上に素早く報告の文字を連ね、そのまま手のひらで息を吹きかけた。 

「あ、燃えました!」 

「これで、騎士団と魔法師団に届く」 

「燃えてしまったのにですか?」 

「この紙はここで消えるが、書いた文字は、それぞれに届くようになっている」 

「へええ。凄いですね」 

「向こうに、対応の魔法陣があるからな」 

「ふおお」 

「あの、メシュヴィツ公子息様!わたくし、馬車が脱輪した際に、足を痛めてしまいましたの!とても歩けなくて。他にも肩や腕も打ちました!なので、至急、移動をしたくて」 

 語らうふたりに、自分の存在を忘れるなと令嬢が割り込む。 

「え?足を痛めて?でもさっき、馬車から飛び降りていましたよね?」 

「なっ。そんなの見間違いですわ!わたくしを愚弄しますの!?わたくしは、スカンツェ子爵家のエッパですのよ!」 

「お嬢様のおっしゃる通りです。部外者は、黙っていてくださいませ」 

 子爵令嬢エッパが叫べば、侍女もそれに便乗してデシレアを睨めつける。 

「部外者?わたくしが?これは面白いことを」 

 ぱちん。 

 その瞬間、デシレアのなかの何かが起動した。 

  

 ここが風除けの頑張りどころ! 

 

 今こそ、と毅然と顔をあげ、デシレアは子爵令嬢エッパとその侍女へ向き直った。 

 

  
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