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六十八、推しとお祭り 5
しおりを挟む「デシレア。これを受け取って欲しい」
「はい。ありがとうございます、オリヴェル様」
幾つもの通りが交わる広場で、オリヴェルは、デシレアに買ったばかりの髪飾りを渡した。
「本当に素敵ですね、この髪飾り」
そして、その髪飾りをきらきらとした目で見つめるデシレアを嬉しく見つめてから、オリヴェルは再びそれを手に取る。
「俺が着けてやる」
「え?」
「あ、ああ、その・・・か、鏡!そうだ、鏡が無いと着けづらいだろう?」
「確かに!それにこれ、結構凝っていますから、自分では上手に着けられる気がしません。お手数ですが、お願いします」
「任せておけ・・・よし、この辺りがいいな。うん、髪にも映えてよく似合う・・が、落ちてしまいそうだな・・・ん?滑るな。どうすれば」
自信満々で引き受けたオリヴェルだが、その留め方がよく分からずに首を捻って見つめてしまう。
「オリヴェル様。恐らく、このりぼんを結んで留めるのだと思います」
なるべく動かないようにしながらデシレアが言えば、オリヴェルはそうかと納得した様子で頷きを返す。
「分かった。今、結んでやるから待て」
「ぐぇっ!」
瞬間、ぎゅっ、と思い切り顎の所でりぼんを結ばれたデシレアが、何とも言えない声を発した。
「すまない!」
「いいえ、首ではありませんので大丈夫です」
「いや、そういう問題ではないだろう・・・このくらいか?」
「それだと緩いです」
「難しいな・・では、このくらいか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
きゅ、と今度こそいい具合でりぼんが結ばれ、デシレアはにこりとオリヴェルを見遣る。
「どうでしょう?」
「よく似合っている」
俺の見立ては正しかった、と喜ぶオリヴェルに、デシレアも購入した帽子を差し出した。
「オリヴェル様。こちら、受け取ってくださいますか?」
「ああ。ありがとう」
「では、僭越ながら私が」
張り切ってデシレアが言えば、オリヴェルは黙って膝を少し折る。
それは、オリヴェルよりずっと小柄なデシレアでもきちんと頭に届く高さ。
「お気遣い、すみません・・・はい、出来ました」
「どうだ?」
「すっごく素敵です!」
思わず手を叩くデシレアに目を細め、オリヴェルはすっとダンスを申し込むようにデシレアの前で一礼した。
「願わくば、エスコートの栄誉を」
「喜んで」
デシレアもまたきれいな一礼を返すと、差し出された手を取って、再びふたりで歩き出す。
「さて、これからどうするか」
「あ、オリヴェル様。楽器を持った方がいらっしゃいましたよ」
「祭りだしな。これから、ここで演奏するのだろう」
少し興味が湧いたふたりがその様子を見守っていると、演者はその場で演奏を始めた。
「舞台を作るわけではないのですね・・・あ、周りの皆さんが踊り始めましたよ」
「デシレア」
「はい・・えっ」
邪魔にならないように何処かへ移動を、と言いかけたデシレアは、オリヴェルにより突然高く抱き上げられて目を丸くする。
「俺達も踊ろう」
「え。ですが、私踊り方を知りません」
そして無事着地した、と思えば軽妙な口調で誘われ、デシレアは目を白黒させてしまう。
「問題無い。こういう時は、曲に合わせて動いていればいいものだ」
「オリヴェル様は、経験があるのですか?」
「見ていただけだがな」
恐らくそれは、王都で経験したものではないのだろう、とデシレアは思いつつ自分からくるりと一回転した。
「お、やるな」
「楽しく踊ればいいというのなら、得意ですから」
「では、お手並み拝見といくか」
「はい!」
明るい顔で宣言した通り、即興でステップを踏むデシレアの動きに合わせ、オリヴェルもまた軽快に足を運ぶ。
やがてふたりは、周りの人々とも笑顔を交わしながら、満面の笑みで最後の一音まで踊り切った。
「とっても素敵でした!」
周りと一緒になって拍手をし合いながら、デシレアが興奮気味にオリヴェルに言う。
「俺も、楽しかった」
「はい。とっても楽しかったです。お祭りっていいですね」
「そうだな。ところで、喉が渇かないか?」
「そういえば、乾きました」
「なら、何か飲もう。何がいいか」
相談しつつ歩き、ふたりはまず果実水を購入した。
「ふう。これぞ、命の水って感じがします」
「ああ。水は命の源だからな・・・と、どうした?デシレア」
「ポップコーンが、私を呼んでいます」
「・・・・・」
「嘘じゃありませんよ。ほら、あそこで、今弾けたてのポップコーンが私を」
「確かに客は呼んでいるかもしれないが、デシレア限定ではないだろう」
苦笑しつつも、オリヴェルはすぐさまその露店へ行くと、あっという間にポップコーンを手に、デシレアの元へ戻って来た。
「オリヴェル様、素早い」
「いや、これなら持って歩いても大丈夫だろうからな」
「はい。ありがとうございます。では、オリヴェル様から」
籠に入れられたそれを持ち、デシレアはにこにことオリヴェルの口にその一粒を寄せる。
「うん、いい塩加減だ」
そして、オリヴェルが当然のようにそれを口にしたとき、周りの空気がざわついたように感じたデシレアが辺りを見渡せば、オリヴェルもまた同じように周りを見ていた。
「気のせいか・・・?」
「オリヴェル様も感じましたか?今の、ざわっとした感じ」
「ああ。何か問題でも発生したのかと思ったが、そんな様子は無いな」
「はい。平穏そのもので、良かったです」
「ところで、昼は昨日言っていた通り、串焼きでいいのか?」
オリヴェルに問われ、デシレアはうーんと唸る。
「串焼きは、もちろんすっごく魅力的なんですけど、一口で、と銘打っている白身魚のフライもいいし、スープや麺物もいい。更には小海老のフライなんて物も見つけてしまったし、恐ろしいことに、珍しいチーズの盛り合わせ、なんて文字も見えるのですよ。三日分くらいの胃袋が欲しいです」
「なら、気になった物を少しずつ買って食べよう」
「いいのですか?」
「もちろんだ。分け合って食べれば、それだけ種類があっても大丈夫だろう。三日分の胃袋が無くとも大丈夫だ」
オリヴェルの提案に、デシレアの目がきらきらと輝く。
「素敵です!お祭り晩餐!」
「なら、行こう」
「はい!」
そしてふたりは気の向くまま、美味しそうだと感じた物を購入し、最後に発泡性の果実酒を扱う屋台の前に立った。
「こちらのチーズが、すっごく美味しそうなのです」
「では、店主。こちらの果実酒とチーズを」
「はい!ありがとうございます。おふたりには、いつも感謝しています!」
「え?」
唐突に言われ、デシレアは思わずオリヴェルを見る。
「失礼だが、誰かと勘違いをしているのではないか?」
しかし、オリヴェルもまた困惑した様子でデシレアを見てから、店主に向かってそう言った。
「不躾に失礼いたしました。メシュヴィツ公爵子息様と、そのご婚約者様ですよね。おふたりが発明された保冷庫のお蔭で、商売が凄く上手くいくようになりました。本当に、心から感謝しています」
「役に立ったのなら、良かった」
「はい!これからも精進します」
瞳を輝かせてオリヴェルとデシレアに礼を言った店主は、遠慮するふたりを説き伏せて、チーズはおまけとしてしまった。
しかも、かなりの特盛で。
「何だか申し訳ない気もしますが、オリヴェル様への感謝の言葉を聞くのは、嬉しいものですね」
テーブルに着き、ほくほくと言うデシレアにオリヴェルも頷いた。
「そうだな。デシレアが褒められると、俺も凄く嬉しい」
「・・・・んん?何か、私達の会話、ずれていませんか?」
「互いに、相手が褒められるのが嬉しいというのだから、いいじゃないか」
むむ、と考え込むデシレアにオリヴェルが言えば、それもそうかとデシレアはすぐに笑顔になる。
「では<祭り晩餐>に、乾杯」
「乾杯!・・・んんっ、良く冷えていて美味しいです」
「揚げたてか。これはいいな」
「海老、おいしっ」
「このチーズ、赤ワインが欲しくなるな」
「確かに」
「よし、買って来よう。デシレア、少し待っていてくれ」
テーブルと椅子が用意された場所には飲み物の屋台が並んでいて、すぐに購入できるようになっている。
「場所取りしておきます」
そう言って小さく手を振ったデシレアは、ふと隣のテーブルに座る男性三人のグループと目が合った。
「失礼ですが。メシュヴィツ公爵子息のご婚約者ですよね?」
目が合ったからか、思い切ったように言われ、デシレアは少し警戒しながらも頷きを返す。
「はい。確かにそうですが」
「おふたりの噂は、よく聞いています!」
「英雄で、発明家でもあるとか」
「俺の家は、しがない男爵家なのですが、岡持のお蔭で新しい事業を軌道に乗せることが出来たのです。感謝しています」
怒涛のように言われ驚くも、デシレアは笑顔で頷いた。
「そんな風に言っていただけて光栄です。わたくしはともかく、オリヴェル様は本当に素晴らしい方なのです。様々な才能に優れ、それなのに奢らない。本当に素敵な方で」
「失礼ながら、拝見しておりました。本当にお似合いのおふたりだと」
「ありがとうございます」
三人は、やがて戻ったオリヴェルにも謝意を伝えると、興奮気味に立ち去って行く。
「知らない男と話ししているから、驚いた」
「すみません。私も最初、警戒してしまったのですが、皆さんオリヴェル様の心棒者でいらしたので」
「何、同志を見つけたような顔をしている」
「だって、その通りですから!同志様万歳、です」
きらきらと瞳を輝かせるデシレアに、オリヴェルがため息を吐いた。
「君は、心棒者では無く婚約者だろう?」
「心棒者で婚約者です。はあ、素敵。飾っておきたいオリヴェル様」
「そうか。ならば、俺と似合いだと言われるデシレアも、隣に一緒に飾られるのだな」
にやりとオリヴェルが言った言葉に、デシレアがまさかと笑い出す。
「いやですわ、オリヴェル様。お似合い、なんてお世辞に決まっているではありませんか」
「世辞。なるほど、そう思っているから照れた様子も無く礼を言っていたのか」
漸く分かった、と遠い目になるオリヴェルの口元に、デシレアはチーズを運んだ。
「お世辞でも嬉しかったので、お礼を言ったのは本心です」
「そうか」
「はい。このチーズ、本当に美味しいですね。赤ワイン、買って来てくださってありがとうございます」
「ああ。クラッカーもいい歯ざわりで、より楽しめるな」
「本当ですね。どれも美味しいです」
昼を過ぎ、益々人出は多くなって賑やかに歌い出す者も居る。
そのなかで、オリヴェルとデシレアは共にグラスを傾け、会話を楽しみながらゆったりとした時を過ごす。
「楽しいです、オリヴェル様」
「俺もだ。デシレアとなら、こういう時間もいい」
笑い合い、何度目かも分からない乾杯のためグラスを合わせれば、ワインがゆらりと楽しげに揺れた。
「オリヴェル様。でも結局私、オリヴェル様に何も買っていません」
「帽子をくれたじゃないか」
「あれは、こちらの髪飾りのお返しです。そうではなくて、日頃からのお礼をしたかったのに、上手く探せませんでした」
しょんぼりと言うデシレアの額を、オリヴェルはこつんと叩いた。
「デシレアが、ずっと一緒に居てくれること。それが、俺の望みだ」
「むむ?それは、むしろ私の願いではないでしょうか」
「なら、互いにだな。同じ意見でよかったな」
「はい、良かったで・・・って、何か違いませんか?」
「違わない。絶対だぞ?一生共に、だからな?」
オリヴェルの言葉に、デシレアがふんわりとした笑みを浮かべる。
「はい。ずっと一生、お傍にいます」
「約束だ」
そう言ってオリヴェルが差し出した小指に自分の小指を絡めたデシレアは、その指がオリヴェルへと引き寄せられるのを不思議な気持ちで見つめ。
「っっっ!!!」
そこに、誓うように口づけをされて赤面した。
そして、周りも大いにざわついたのだが、ふたりとも自分達の事でいっぱいいっぱいだったデシレアとオリヴェルが、その事実に気づくことは無かった。
応援ありがとうございます!
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