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八十、婚約者と聖女、そして王女 3 ~オリヴェル視点~
しおりを挟む「やはり駄目だ。どうしても奥に行けない」
「森全体に、かなりの魔力を感じますから、意図的に疎外されているのかと」
「魔力の事はよく分かりませんが、メシュヴィツ公子息の魔法をもってしても突破出来ないとは、かなりの厄介ごとですな。我らの剣も、役に立ちませんし」
魔力も体力も消耗し、虚脱したように言うオリヴェルに、従う魔法師団も騎士団も、同じように困惑の声をあげた。
デシレアが行方不明になって三日。
連日、手を替え品を替えて森の探索に挑むも、入口付近をぐるぐると歩かされるだけで、決して奥へは進めない。
「もう、三日だ。水も食料も無いなか、体力も限界に近いだろう・・・デシレア」
呆然と呟くオリヴェルに、魔法師団の面々が慮るような視線を向けた。
「団長」
「・・・帰還だ。国王陛下へ本日の成果を報告する」
「はっ」
現状にどれだけ絶望しようとも、オリヴェルには隊を纏め国王へ報告する義務がある。
「・・・・・デシレア。無事でいてくれ」
祈るような思いでそう言うと、オリヴェルは後ろ髪引かれる思いで、今日も王城へと帰還した。
「やはり、森への侵入は不可能か」
再び関係者を集めて行われている会合で、国王は指を顎に添えて沈思する。
そして今日は、報せを受けて急ぎ王都へと来た、デシレアの両親であるレーヴ伯爵夫妻も、顔色悪く同席している。
「禁忌の森には、強力な魔力を感じます。森が意図的に迷わせ、我々の侵入を拒んでいるものと思われます」
「しかし、聖女は侵入することが出来、しかも帰還したのだよな?」
国王の言葉に、それまで沈んだ様子だった聖女が、ぱっと顔色を明るくした。
「わたくしは、やはり正義なのですわ!なんといっても、禁忌の森の奥まで行って戻って来たのですもの。それに、急に馬車の向きが変わったというのも、不思議ではありませんか。やはり、あの狼は邪悪なるもので、わたくしは、そこから逃れた。つまり、守られたのですわ。デシレアさんは、残されたのですもの。それこそが、悪という証拠なのですわ」
「だからといって、どうして、おか・・・デシレアお姉様が悪になるのよ」
呆れたように言うキャロリーネに、聖女エメリは、分かっていないと首を横に振る。
「大した成果をあげたわけでも無いのに、周りから実力以上に評価されて、いい気になっていたでしょう。わたくしが言い聞かせてもオリヴェルとの婚約を破棄しないどころか、わたくしを悪者にしたのよ?あのように驕った者は、悪だわ」
「どうしてデシレアお姉様が、オリヴェルお兄様と婚約を破棄しないといけないの?それに、貴女が説得、って何の関係があるのよ」
「だって、わたくしは聖女なのよ?それなのに最近は、あのひとの方が称賛されて。納得できないわ」
聖女エメリの言葉に、キャロリーネが眉を顰めた。
「それは、デシレアお姉様への正当な評価ではないの。わたくしから見れば、デシレアお姉様は、周りの評価に気づいていないのではないか、と思うくらいだわ。いい気になんてなっていないわよ」
むしろ鈍い、と続けたキャロリーネに聖女エメリが不快そうに言葉を紡ぐ。
「そんな訳ないじゃない。わたくしの婚姻式の衣装の方が、デシレアさんの物より素晴らしいと言っても、わたくしのお衣装の方がトレーンが長いと言っても、少しも羨ましがらないで『わたくしも、わたくしには勿体ないくらいの素晴らしいお衣装をご用意いただきました』なんて言うし、わたくしのヴェールには、王家の紋章を散りばめると言っても『嫁ぐ先の紋章を入れるというのは、とても緊張しますよね』って言ったのよ!?傲慢じゃないの」
「どこが?もしかして、デシレアお姉様が少しも羨まなかったから、傲慢だというの?正気?」
目をくりくりさせて驚くキャロリーネに、聖女は当然と頷きを返した。
「そうよ。絵皿の件だって、自分達の婚姻の時には無い特別な物なのに、少しも残念そうでないし。もっと自分の立場を弁えてもらわないと」
「弁える、って」
「弁えていないからこそ、悪と認定されて、禁忌の森に取り残されたのでしょう?」
言い切る聖女エメリに、第一王子ヌールが、ゆっくりと口を開く。
「悪と認定されたかどうかは兎も角、レーヴ伯爵令嬢が禁忌の森に取り残された状態なのは、事実だな」
「その通りですわ!ヌール様!」
第一王子ヌールの発言に、我が意を得たりと叫んだ聖女エメリに、彼の婚約者であるノルマン侯爵令嬢が咄嗟に扇を広げてその表情を隠し、ヌール本人が苦言を呈した。
「聖女よ。私は其方に名を呼ぶことを許していない」
「なっ」
「節度を守ってくれ。そうだな、立場を弁えて」
「・・・嫌味な」
自分の先の発言を利用され、聖女エメリが憎々し気に呟くも、第一王子ヌールは気にした様子も無く話を進める。
「レーヴ伯爵令嬢が禁忌の森に残された理由だが、こうも考えられないか?禁忌の森が、彼女を欲したのだと」
「っ」
第一王子ヌールの発言に、オリヴェルもメシュヴィツ公爵夫妻も息を飲む。
デシレアは、確かに稀有な魔力の持ち主だ。
あの力を、禁忌の森が欲したのだとしたら。
この場の誰も知り得ないデシレアの秘密を知っているだけに、オリヴェルの焦燥は募る。
「それともう一つ。聖女は自分が守られたのだと言っているが、其方を含め、其方に加担した者達は、あの日より悪夢に苦しんでいると聞く。その辺りは、どう考える?」
国王より、場を仕切るよう指示されている第一王子ヌールが、追及するように聖女エメリへと質問を飛ばした。
「それこそは、デシレアさんの仕業だと思っています。彼女は人を呪う、邪悪なる魔女なのだと」
「聖女!発言の取り消しを」
デシレアを邪悪なる魔女だと言われ、オリヴェルが拳を握って叫びをあげた。
「オリヴェルは、あのひとに騙されているのよ!いい加減、目を覚まして!」
そのオリヴェルに向かい、聖女エメリは、それこそ聖女らしい仕草で、希うように両手を胸の前で組む。
「レーヴ伯爵令嬢が邪悪なる魔女、か。そのような悪意ある噂を、聖女が流そうとしていたという報告も聞いているが」
ヌールの言葉に、その場の全員が頷く。
「悪意ある噂、って。で、でも今回のことで、嘘じゃないって分かったでしょう?わたくしは、先を見越して言ったのだわ」
「つまり、あの時には間違いなく偽りだったのだろうが。王家をも謀るつもりか?」
第一王子ヌールに厳しい目を向けられ、聖女エメリが動揺したように身体を視線を彷徨わせた。
「それは!だって・・そうよ!あのひとがオリヴェルに色目を使うから、だから!」
「聖女よ。デシレアは、我が息子オリヴェルの正式な婚約者ですが。色目とは」
「そうですわ、聖女様。デシレアには、もっと積極的にオリヴェルに迫って欲しいくらいだと、わたくし達は常日頃から生温かく見守っていますの」
「エーミル・・・」
「アマンダ・・・」
表面穏やかに、その実怒りを瞳に籠めて言ったメシュヴィツ公爵夫妻に、玉座に座る国王と王妃が、絶望を滲ませて小さく呟いた。
「と、兎も角、事は一刻を争う。何としてでも禁忌の森に侵入し、レーヴ伯爵令嬢を救出せねば」
メシュヴィツ公爵夫妻が発する威圧に耐えながら、何とか言葉にしたヌールに、扇を畳んだノルマン侯爵令嬢がそっと寄り添う。
「しかし、どうやって。オリヴェルの魔力をもってしても、レーヴ伯爵令嬢の魔力残滓を探知できないのだろう?」
「ああ。疎外が凄いし、そもそも魔法を発動していない可能性もある」
それまで押し黙っていた第二王子カールの言葉に、オリヴェルは力なく首を横に振った。
「打つ手無し、か」
しん、と静まり返った場に、絶望がひしひしと押し寄せる。
既に三日、森の中に貴族令嬢が放置されているのである。
それだけでも安否が心配される事態であるのに、聖女エメリによって、狼らしき生き物の存在までも確認されているとあって、人々の脳裏に嫌な想像ばかりが浮かんでは消えて行く。
「諦めはしない。俺は、何としてでもデシレアを救出する」
そうオリヴェルが強い意志を宿して宣言した時、その広い部屋全体を包み込むほどの光が辺りを満たした。
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エール、いいね。ありがとうございます♪
応援ありがとうございます!
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