りんごとじゃがいも

夏笆(なつは)

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視察

失踪事件

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「う・・・う・・ん・・・」 

 朝の光で目を覚ます。 

 それは、リリアーヌにとっていつもと変わらぬ一日の始まり、の筈、だった。 

「・・・・・・っっ!!!!」 

 しかし、リリアーヌは瞳を開けたその先に、レオンス王子の秀麗な顔を見つけて瞬時に固まる。 

「おはよう、リリアーヌ」 

 夢の続きか幻か、と現実逃避するリリアーヌに優しい声をかけ、レオンス王子はリリアーヌの髪をやわらかに撫でた。 

「おはよう・・・ございます・・・レオンスさま。昨夜は、その。申し訳ございません」 

 視線を泳がせ、蚊の鳴くような声で謝罪するリリアーヌの瞳をレオンス王子が覗き込む。 

「覚えているんだ?」 

「・・・・・・はい」 

「じゃあ、今夜。楽しみにしているから、リリアーヌも楽しみにしておいて」 

 悪戯っぽく、けれど真摯な瞳で言うレオンス王子を見つめ、リリアーヌは再び固まってしまった。 

 今夜。 

 つまり、それは。 

「言っておくけれど、返事は、はい、のみだからね。リリアーヌ。俺の鋼の理性を褒め称えるように」 

 わざとらしく尊大に言ったレオンス王子は、楽し気にリリアーヌの額をつつき、優しくおはようのキスをした。 

 

 

 

「パン屋が消えた?」 

 朝食を済ませ、未だ早い時間だけれどそれもまたいいのでは、と弾む足取りで街へ散策に出かけたレオンス王子とリリアーヌは、予想以上に騒がしく、恐々とした雰囲気のそこで聞こえて来た話に首を傾げることとなった。 

 前日の平穏さの欠片もないそこでは、街の人々が集まって役人に何かを訴えており、更に騎士団も到着して、という物々しい状況となっている。 

「リリアーヌ。俺から離れるなよ」 

 そう言うとレオンス王子は、詳しい事情を聴く為、現場総括をしていると思しき騎士へと近寄った。 

 結果、判ったのはパン屋というパン屋が今朝になって消えてしまった、ということ。 

 集団失踪なのか、集団誘拐なのか。 

 いずれにしても、その規模の大きさから街全体で統括しての調査の必要有りと断じたレオンス王子は、騎士団の在所を本部として捜査を開始することを決めた。 

 突然の王子殿下の出現に騎士団も役人達も驚きを隠せない様子だったが、レオンス王子の手慣れた的確な指示のもと落ち着きを取り戻した彼等は、それぞれ捜査へと繰り出して行く。 

「じゃあ、俺達も行こうか」 

 本部に連絡役を置いたレオンス王子は、そう言うとリリアーヌと共に自分も捜査すべく外へと出た。 

 ここまで集まった情報に依れば、消えたパン屋は街の全域、パン屋として営業している全店に及ぶということで、住民にも不安が広がっているという。 

「どこのパン屋も、今日の分の仕込みはしてあるのか」 

 案内役とした騎士と役人と共にレオンス王子とリリアーヌが街を歩いて知ったのは、どこのパン屋でも、休業の意志が見えない、ということ。 

「これだけ準備をしておいて、翌朝になって自ら消える、というのは不自然な気がします。やはり誘拐、もしくは、誘導でもされたのではないでしょうか」 

「誘導か。いいところに目を付けたかもしれないね、リリアーヌ」 

 きらり、と目を光らせたレオンス王子は、とあるパン屋の店主の家族の許可を得て、小麦粉が仕舞われている倉庫へと向かった。 

「王子殿下。小麦がどうかしましたか?こちらの街では、皆、一様に国産のものを扱っているはずですが」 

 倉庫へと行くため、共に庭に出た役人と騎士は、レオンス王子の行動を訝しく問う。 

「ああ。少し、気になることがあってな」 

 そんなふたりに気を悪くした風もなくレオンス王子がそう言った時。 

「るるーらー!!!」 

 辺り一面を暗闇にして、突如巨大なリンドブルムが上空に姿を現した。 

「ルゥ!」 

 驚き、思わず両手を伸ばしたリリアーヌ目指して、リンドブルムが小さくなりながら降りて来る。 

「るるーりー りー りー」 

 その、嬉しそうな鳴き声。 

「り、リンドブルム。噂は、本当でしたか」 

 咄嗟に剣の柄を握った騎士が、そう言って感心したようにリリアーヌの肩で甘えるリンドブルムを見た。 

「ルゥ、というのです。王都へ置いて来たのですが、後を追って来てしまったようで。お騒がせして、申し訳ありません」 

 ルゥの頭を撫でながらリリアーヌが言えば、騎士も役人も、パン屋の家族もただ懸命に首を横に振る。 

 その目は、初めて見る真っ白な翼持つリンドブルムが可憐な令嬢にじゃれる姿に釘付けで、一時事件のことさえ忘れた、と彼等は後に語った。 

 

 

 

「小麦は、いつも同じ業者から?」 

 小麦粉の入った布袋が積まれた倉庫で、レオンス王子が問えば、パン屋の家族が頷いた。 

「はい。いつも同じ処から購入しております。あ、でも。最近になってサヴィニー様を経由して買うことになりました」 

「王子殿下。サヴィニー伯爵は、この辺りに広大な作地面積を持つ方で、小麦の質向上に尽力されている立派な方です」 

 パン屋の家族の話に役人も言葉を添え、己がことのように誇らしげに胸を張る。 

「小麦の質向上、ねえ」 

 サヴィニー伯爵といえば、きな臭い噂の絶えない男だ、とレオンス王子は積まれた小麦粉の布袋を見あげた。 

「るるっるるっううううう!!」 

「どうしたの?ルゥ」 

 その時、ルゥがリリアーヌに何かを訴えるように鳴くと、そのままひとつの小麦粉の布袋へと突進するように飛び、再びリリアーヌの元へと戻る、という行動を繰り返し始めた。 

「これか。すまないが、この小麦粉を検めたい。一袋で、価格はいかほどだ?」 

 そう言うと、王子殿下に支払わせるなどとんでもない、というパン屋の家族を制したレオンス王子は、相応の価格を役人から聞き出し支払うと、その布袋に剣で穴をあけ、なかの小麦粉を確かめる。 

「これは」 

「王子殿下?」 

 何かを確信したらしいその様子に、役人も騎士も訝しい声をあげるが、レオンス王子が視線を止めたのはリリアーヌ。 

「リリアーヌ、どう思う?」 

 レオンス王子に言われ、同じように小麦粉を検めたリリアーヌは、その明らかな魔術の名残に眉を顰めた。 

「禁術を使っていますね・・・これは、人の意識を操作するもの、でしょう」 

「流石だ、リリアーヌ」 

「ええ!?」 

 断じたリリアーヌに、レオンス王子は満足そうに己が婚約者を見、その言葉に驚き自分も小麦粉を検めた役人は、慌ててそれを解析専門の部署へ渡す手続きを開始し、他のパン屋の小麦粉も検める手筈を整える。 

「種々の結果は、明日にも判るかと思います」 

「サヴィニー伯爵を拘束しますか?」 

 本部としている騎士団へと戻ったレオンス王子は、役人の言葉に頷き、騎士の言葉には首を横に振った。 

「いや。未だ拘束するには早い。ただ、こちらの動きを読んで逃げるようなことがあれば、動きを封じたうえで連絡して欲しい」 

 つまりは、見張りを付けろと指示をし、その他あがって来る報告や連絡のひとつひとつに細かな指摘や指示を繰り返したレオンス王子が、漸くその日の捜査を終了とする、と告げ騎士団の在所を後にしたのは、とうに日も暮れた後だった。 

「お疲れさまです。ルゥも、大活躍だったわね」 

 自身、書類作成や連絡係を率先して熟したリリアーヌは、その肩に大人しく乗るルゥを撫でながらそう言って笑う。 

「るー」 

 リリアーヌの言葉に嬉しそうに鳴くルゥを、レオンス王子も雑に撫でた。 

「確かに、今日はお前のお蔭で助かった。リリアーヌもお疲れ様。大変だったな」 

 そして、歩きながらリリアーヌを愛し気に抱き寄せる。 

「レオンスさまほどではありません。ですが、お腹がすきました」 

 皆さん同じとは判っているのですが、怒涛の忙しさに昼食を食べ損ねてしまったので、と恥ずかしそうに言うリリアーヌの言葉に、レオンス王子は初めて自分も空腹であることを自覚した。 

「そういえば、俺もだ。夕飯は、美味しいものを食べよう」 

「はい!」 

 そうして月と星が輝く美しい空の下、仲良く手を繋いで城へと戻り、城の料理人達が腕によりをかけて作った夕食に舌鼓を打ち、口当たりのよいワインを楽しんだ後、さっぱりと湯あみをしたふたりは、心地の良い疲労のまま明日に備えて眠りに就いた。 

「早期解決するから、待っていてくれリリアーヌ」 

 待たされているのはむしろ自分、な、切ないレオンス王子の呟きを、宵闇に残して。 

  



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