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五、王女と黒幕 4

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 かちこちと時計の針が進み、コーラも順調にお茶を淹れていく。 

 

 あと、少し。 

 

 恐らくは、蒸らし終わったお茶、つまりは注ぐだけになった状態で毒を仕込むのだろうと推測して、カップに入れる前なのか、それとも前なのか、その動きを見落とすまいと見つめる私の心臓は、少々煩いながらも、こちらも何とか問題無い。 

《エミィ。順調なら、何か言って》 

 更には、耳に届くフレデリク様の声も鮮明、なのだけれど。 

 

 何か言って、って何を!? 

 

 今この時に無茶ぶりなのではと思いつつも、私は懸命に考える。 

 不自然にならない声掛けか、独りごとか。 

「ねえ、コーラ。とってもいい夜ね」 

「きゃあああ!!」 

「え!?」 

 迷って、どうでもいい声掛けからの会話を選んだ私が、後ろ姿のコーラに声をかけた瞬間、有り得ないほどの悲鳴と共に茶器がティートロールの上で転がり、紅茶の茶葉やお湯が、零れ舞い散るのを私は見た。 

《どうした!?エミリア!》 

「大丈夫よ!コーラ!私は無事よ!茶器を倒したからと言って、焦ることは何も無いわ!お湯も零れちゃったけど大丈夫!やけどなんかもしていないわ!ともかく大丈夫だから!私は何とも無いから安心して!」 

 そのまま踏み込んで来そうなフレデリク様にとにかく無事を伝えるため、少々おかしなことを叫びつつコーラへ歩み寄った私は、散乱する茶器を前に泣き出しそうなコーラの手に触れようとし、びくっと反応されて手を引いた。 

「怪我は無い?」 

「は、はい・・大丈夫・・です」 

 挙動不審に視線を動かし、私を見ようとしないコーラに私は静かに指示を出す。 

「なら良かったわ。茶器も割れていないようだし、気にしなくていいから、新しい物を用意して」 

「も、申し訳ありません。すぐに・・ご用意・・いたします」 

 びくびくしながら散らばった茶葉を片付け、零れたお湯を拭いたコーラが、慎重な手つきで茶器を整え、ティートロールを押して退室して行く。 

「ゆっくりで大丈夫よ」 

 そう言ってコーラを見送ってから、現状をフレデリク様に通信機越しに細かに報告した私は、思わず大きなため息を吐いてしまった。 

「今の私って、侍女をいじめていたという、側妃様や準王子と同じなのではないかしら?確か、こんな風にわざと使用人を脅かして失敗させていた、って言っていたわよね」 

 思えばため息が止まらず、ソファにぐったりと座り込んだ私は、フレデリク様との会話を思い出す。 

 

 

 

「側妃様のご実家は、どちらの公爵家でいらっしゃったのですか?」 

 側妃となった方が公爵令嬢だったと聞いた私は、目覚めてから読み込んだ貴族名鑑を思い出しながらフレデリク様にそう問うた。 

「アンデル公爵家だ」 

「アンデル公爵家。前公爵の甥御様が、近頃爵位を継がれたおいえですね」 

「ああ、その通り。ところで、君の暗殺を目論んだ側妃の実家が無事なの、おかしいと思わないか?」 

 試すように言うフレデリク様に、私は懸命に考える。 

「ご実家は関係無かった、とかですか?」 

「元側妃の単独だったと?」 

「いえ。確か、前公爵と現公爵の間にもうひとりいらして、その方は不当に爵位を名乗ったとして、貴族名鑑から名前が抹消されていらしたかと」 

「流石、エミリア。よく学んでいるね。そう、だからね。正当なるアンデル公爵家もまた、被害者なんだよ」 

「正当なるアンデル公爵家は、被害者」 

 フレデリク様の言葉がよく理解できなくて、鸚鵡返しに呟いた私にフレデリク様が頷いた。 

「そうだよ、エミィ。そもそも、不当に公爵を名乗り名前を抹消された男は、公爵家の血を継いでいないどころか養子にもなっていない、前公爵夫人の連れ子だったんだ」 

「え?そのような方が、どうして。何故、甥御様がすぐにお継ぎにならなかったのですか?」 

 不思議過ぎて聞いてしまった私に、フレデリク様も苦い顔になる。 

「もちろん、周りはそのつもり、前公爵だってそのつもりでいたのだけれど、前公爵の死が突然過ぎてね。公爵夫人が代行できる期間に手続きを完了させて、連れ子を公爵としてしまったんだ」 

「そんな」 

「明らかに正当ではないだろう?それでも書類に不備は無いからね。仕方なく、動向を見守る方向で、王宮での話もついたんだ。権威ある公爵家のことだ。慎重にするべきだというのは、満場の一致だったと聞いているよ」 

「そのようなお家の方を、側妃様に」 

 何というか、疑わしいことこの上ない家のような気がするのに、そこから側妃を娶ったというのが信じられない私に、フレデリク様がにやりと笑った。 

「しかもね。元側妃が王宮へ来た時には、既に腹に子が居たというよ」 

「え?」 

「信じられないだろう?だが、伯父上は彼女が自分以外の男の子を孕んでいることを知っていて、側妃として宮殿に迎え入れた。いや、だからこそ、側妃として認める決断をしたんだ」 

「誰とも知れない相手のお子がお腹に居ると知っていて、とは。それは一体、どういうことでしょう?」 

 王妃に二人目の子が望めないため、新たな国王の子を産む存在として求められた側妃。 

 その側妃が既に国王以外の男の子どもを孕んでいるなど、許されることではない。 

 それでは迎える意味などないのでは、と首を傾げる私に、フレデリク様がそっと顔を寄せる。 

「それは、その通りなのだけれどね。もし同じ立場だったら、僕も同じ決断をするよ。だって、迎えた側妃が既に孕んでいれば、抱かずに済む。指一本、触れずに済むんだ」 

「抱かずに・・・。それは、側妃として迎えたけれど、自分は側妃として扱わないと言っているようなものなのでは」 

「その通りだよ。もちろん、元側妃が王宮に来るまで伯父上も気づかなかったらしいけれどね。宮殿入りしてから実際の初夜を迎えるまでの間に、女官からどうもおかしいと報告があったそうで。急ぎ医師を呼び、検査したその結果は、見事孕んでいたという訳。まあ、側妃は伯父上の子だと主張していたけれど、伯父上にしてみれば手を触れた事もない相手が腹の子の種は自分だと主張しているのだから、ちゃんちゃらおかしかっただろうよ」 

 

 ちゃんちゃらおかしい。 

  

 フレデリク様が心底楽しそうに言うのを聞いて、私はまたも新しいフレデリク様を見た気がした。 

 「まあ、そこから前公爵夫人のアンデル公爵家の乗っ取りと、彼女の実家であるベルマン伯爵家の被害も明らかになったから、悪いことばかりでは無かったとも言えるのかな」 

「え」 

 そんな呑気な事を考えていた私に、フレデリク様がお家乗っ取りなどという物騒な話を告げる。 

「何処から話ししたら分かり易いかな。エミィは、元側妃の名前は知っている?」 

「いえ。側妃様の事は、フレデリク様から初めて聞きましたし、貴族名鑑にもアンデル公爵令嬢の名は無かったと記憶しています」 

「うん。彼女も抹消されているからね。なら、そこからにしようか。元側妃はブリット、そして一度はアンデル公爵を名乗っていた不埒者は、ヨーランと言う。ヨーランは、前アンデル公爵夫人の連れ子で、まあ一応ブリットの異父兄ということになる。実の父は貴族だと届け出られているけれど、相手は不明。で、この異父兄妹ふたりの間に生まれたのが、準王子であるイェルドだ」 

「はい・・・はい?」 

 真面目に聞いていて、一応は納得、と思ったところで爆弾が落ちた。 

 今の私は、そんな気持ち。 

「うん、驚くよね。でも、イェルドの母は元側妃ブリットで、その父はブリットの異父兄のヨーランだ」 

「ですが、それは」 

 その話が本当ならば、口に出すのも憚られるほど倫理にもとる。 

 家にとっても、最大の不祥事といっていいと思う。 

 それほど、この国では有り得ない、あってはならないとされている。 

 何故ならば、異父であろうと異母であろうと兄妹、姉弟での婚姻は最大の禁忌とされ、それは人々のなかにも根強い信念として存在しているのだから。 

 平民はもちろん、貴族、王族でさえ血が濃くなりすぎると忌避するそれを断行し、あまつさえ生まれた子を国王の子と偽ったというのか。 

 俄かには信じられず、私はフレデリク様のその赤味がかった美しい金色の瞳と髪を見つめた。 

 

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