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第30話 エリスの変化

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俺とエリスが崖に挑戦するが決まり、ブレイズがテットを連れて俺達も登ると言い出した。
それをルーネとシャナが必死で止める。

「テットはともかく、ブレイズの体重だと絶対に落ちるわよ。私達を困らせないで」

「これ以上、ワガママを言ったらアレッサちゃんに怒ってもらうんだからね」

「それは待てくれ! ノア達だけだと大変だろ! だから俺は良い提案を!」

「「アレッサちゃーん!」」

女子二人が口の両手を当てて、ダントンと話しているアレッサを呼ぶ。
すると彼女は振り向き、ダッシュで戻ってきた。

「何? どうしたの?」

「ブレイズが力比べをしたいって」

「今度こそアレッサちゃんに勝つって言ってるわよ」

ルーネとシャナの煽り言葉を聞いて、アレッサが楽しそうに巨大メイスを肩に担ぐ。

「ふふふ、いいわよ、受けて立つわ!」

「待て! 俺はそんなこと言ってないぞ!」

「早くやるわよ!」

アレッサはブレイズの腕を掴んで、強引に引きずっていった。
その姿を見送った後に、振り向いてルーナとシャナが俺に声をかける。

「アレッサちゃんが遊んでくれるそうなので、邪魔者はもういません」

「ご迷惑をおかけしました。崖登り頑張ってください」

二人はペコリと頭を下げると、ライルとテットの元へと走っていった。
実に息の合った二人である。

俺はスマホから登山用具を二組み取り出し、一組をエリスに渡して、二人で準備を進める。
彼女がリーダーで、俺がサポートだ。

装備が整った俺達は、崖を登り始めた。

エリスが崖にピトンを打ち込み、カラビナにロープを通して体を固定する。
俺はエリスの後を登っていき、彼女が落ちないように助言した。

眼下では仲間達が心配そうに俺達を見上げている。

円盤に近づくほどに崖は反りかえり、なかなか体を固定するのが難しい。
エリスは軽業師のように、ピトンを打って登っていく。

「ちょっとペースが早い。もっと注意して丁寧に行こう」

「登っている途中ですが、私の話を聞いてくれませんか?」

「わかった。少し休憩しよう」

彼女は下に顔を向け、俺の顔をジッと見つめる。
こんな危険な場所で一体、どんな話しだろう。

エリスは顔を円盤に向け、話し始めた。
彼女の頬はほんのりと赤く染まっている。

「昨日はすみません。酔ってしまって」

「そのことは気にしなくていいよ。寝ぼけていたんだから」

「はい……私、今まで他の人と一緒の部屋で眠ったことはありませんでした。どんなにお酒を飲んでも酔ったこともありませんでした。暗殺者をしていた時はあんな失態を犯したことはなかったのです」

ジョルドさんに引き取られるまで、エリスは暗殺者として暮らしてきた。

プロの暗殺者になるためには、様々な訓練があったのは想像に容易い。
そんな彼女が失敗したのだから、動揺したのかもしれないな。

「旦那様と暮らすようになってからも、あのような失敗をしたことがありません。あれほど熟睡したこともありません。ノアはどのような魔法を私にかけたのですか? それは解除できますか?」

魔法? 解除? どういうことだ?
俺は昨日、酔っぱらってテントで眠っていただけだが?

「エリスの言ってる意味がわからないんだけど?」

「他人が近くにいるのに、安心して眠るなど今までありませんでした」

「俺は何もしていない。ただエリスの隣で眠っていただけだからな。それに俺には魔法は使えないよ」

「では私は自然に警戒を解いていたのですね……」

そう呟き、彼女は戸惑った表情を浮かべる。

彼女は元暗殺者。
常に死と隣り合わせの世界で、命令によって人を殺してきた。
報復もあれば、復讐もある。

裏切られることもあるし、命を狙われたこともあるだろう。
そんな殺伐とした現実の中、安心できる場所などこにもない。

そうか、エリスは初めて心から気を抜いて、安心して休めたことがなかったから、戸惑っているんだな。
それは俺達『不死の翼』のことを彼女が認めてくれた証かもしれない。

そのことに気づいた俺はニコリと笑う。

「エリス、俺達と一緒にいる時は安心していいんだ。仲間を信頼するのは当たり前のことだよ」

「このままでは私が私でなくなるような……いつか旦那様のお役に立てなくなりそうで……」

「その時は全力で俺達がエリスを助ける。ジョルドさんがそれでもダメだと言うなら、エリスが『不死の翼』に入ればいい。そうすれば正式な仲間になれるだろ」

今にも消えそうな声で呟くエリスに、俺は優しく声をかける。
その言葉に彼女が振り向き、俺を見た。

「そのようなことは思いもしませんでした……」

「俺達はいつもエリスと一緒だ。話しはそれだけかい?」

俺の問いにエリスは首を大きく振る。

「今日の朝、ノアの顔を見ることができなくて、思わず視線を逸らしてしまいました……すみません」

「どうして俺を避けたの」

「ノアの顔を見たら、恥ずかしくなって……それにアレッサとノアが抱きしめ合っているのを見たら、モヤモヤして……ベルフィやルディと仲良く話しているのを見ても心がモヤッとして……それでルディに相談してみたのです……」

「ルディは何て言ってたの?」

「……ノアのことを初めて男性として認識したんだよと言われいました……でも、ノアは私と出会ってからずっと男で……ルディの言っていることが、よくわかりません……これは何なのでしょうか?」

エリスの問いを聞いて、俺は口を開けたまま固まった。

彼女は幼少の頃から殺人集団の中で育った。
仲間であっても裏切りが常の世界だ。
周囲にいる者達は警戒すべき他人。

そういう環境にいたエリスは、男女の区別も、他人を個別に意識することもなかったかもしれない。
ジョルドさんのことは雇い主として理解しているようだが。

つまりエリスは一人の異性として初めて俺のことを認識したということか。

戸惑いを見せる彼女に俺は柔らかく微笑む。

「ルディが伝えたかったのは、エリスが俺のことを恋ができる異性として、初めて意識したってことだよ」

「恋ですか……ノアが私に好意を持っていることは知っていますが、恋という気持ちがわかりません……私はどうしたらいいんでしょうか?」

「そのままでいいと思うよ。そんなノアだから俺は好きなったんだ」

「私も恋をわかるように努力しますね。ノア、これからもよろしくお願いいたします」

エリスは安らぎに満ちた瞳で穏やかに微笑んだ。

最後の言葉って、エリスに対する俺の恋心を受け止めてくれたってことなの?

でも彼女の表情、まるで幼児がパパに向ける笑顔のように見えるけど!
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