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第12話 美優の大粒の涙

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 愛夢駿と会ってから数日後、俺は美優に連れられて色々な男性達に会いににいった。1級建築士の社長、長距離トラックの運転手、土建屋の社長、料理店のオーナー、とにかくありとあらゆる方面の結構、偉い方々と会うことになり、美優は「もう会えないの。彼氏ができたから」と言って、全員に謝った。


 そして『ナルが私の彼氏です』と言って、俺を全面に押し出す。俺は『彼氏です。よろしくお願いします』というしかなかった。良い人達ばかりで、『美優のことを頼んだよ。この子は暇になると何をするかわからないから』とありがたい言葉までもらうことになった。美優が処女だということがわかった。


 美優の男性関係が切れるまで、俺と美優のお詫び行脚が続いたが、それも全てが終わった。やっと美優は全ての男性関係と縁をきった。


 まだ彼氏にもなっていないのに、代理彼氏にされた俺の精神はズタボロになったけど、美優の嬉しそうな笑顔を見て、清算できてよかったなと安堵の息を漏らした。


 あのホストクラブの騒動が終わった次の日、美優とひかりは俺に説教された。はじめは頬を膨らませてむくれていたひかりだっだが、自分でもやりすぎたと感じているのか、大人しく俺の説教を聞いていた。


 美優はひたすら、俺に頭を下げて謝って、俺に抱きついて、俺に許してもらおうと体を密着させてくる。いつも美優は甘くて良い香りがする。俺はこの香りに弱い。そして上目遣いで潤んだ瞳で、『許して』と訴えかけられると、『いいよ、許してあげる』と言いたくなる自分がいる。しかし、ここで美優とひかりの夜遊びを禁止しておかないと、久良木兄ちゃんと駿さんの気持ちを裏切ることになる。


 俺は心を鬼にして、説教を続けた。休憩中に繰り広げられる説教をクラスの皆は興味深そうに見て、遠巻き見守っている。誰も止めようという者はいない。クラスの中では美優とひかりの保護者という不名誉な地位をもらうことになった。


 今は疲れた体を癒すために俺は学校の屋上で美優に膝枕をしてもらって目をつむっている。美優は俺の顔の上に胸を置いたりして遊んでいる。ああ良い香りがする。ムニュムニュとした胸の感触が顔にダイレクトに当たる。思わず顔の筋肉が緩んで、デレっとした顔になってしまう。


 美優が寂しそうな顔をして俺に声をかける。


「彼氏と全員切れちゃった。もう誰とも遊べない。スマホからも連絡番号を消したし。それはいいんだけど、私、これからどうやって生活していけばいいんだろう」


 はあ? 美優にはわからないと思うけど、お前達の今までの行動が自由すぎただけなんだ。普通の高校生に戻るだけだから、何も問題はないだろう。少しは普通に戻って、普通の感覚に慣れろ。


「ねえ、ナル、良いことを思いついたんだけど聞いてくれるかな」

「何?」

「ナル、本気で私の彼氏になってよ。色々と特典つけるからさ」


 特典という言葉。その言葉に弱い俺は、一応は内容だけでも聞いておくことにした。


「ナルが私の彼氏になってくれたら、いつでも私の体を触ってもいいよ。胸もお尻ももんでいいし。ヌードも見せちゃう。それにナルの童貞を卒業させてあげる。それから楽しく毎日エッチしよ」


 それはすごい魅力的な特典だ。これは考える余地がある。メリットとデメリットを考えてみよう。メリットはいつでも美優にエッチなことができること。デメリットは美優がとんでもないことを起こした時に、必ず巻き込まれて、俺が謝らないといけなくなること。メリットも魅力だが、デメリットのほうが大きい。


 俺は独り暮らしだ。海外赴任の両親には迷惑をかけられない。デメリットが大きすぎる。かといってメリットの特典の魅力は童貞の俺からすれば甘露のような言葉だ。美味い話には必ず落とし穴があるもんだ。


 ナル、よく考えろ。今まででも美優関係で、どれだけ自分が苦労してきたかを思い出せ。エッチなことは大好きだが、美優は危険だ。しかし美優は特別な友達で、それ以上に気になる存在だ。


「私の元彼達には、ナルが彼氏って紹介しちゃってるし、そろそろ本格的に彼氏になってほしいなー」


 妖艶で、艶やかに笑んで、小悪魔が俺を誘う。美優が魅力的な小悪魔であることを忘れてはいけない。


「ありがたい言葉で嬉しいけど、美優の自由気ままな行動を、俺が制限してしまうのも可哀そうに思うし、それに美優の自由な行動を、ずっと監視しているのも、彼氏としておかしいと思う。だから今回は保留にしてほしい」


 美優はシュンとなって、俯いて泣き出した。膝枕をしてもらっていた俺の顔に、美優の涙がこぼれる。


 放課後にひかりに俺の席の前に仁王立ちしている。目が吊り上がっていて、本気で怒っているようだ。


「今日の昼休憩の時に、ナル、あんた美優の告白を断ったらしいわね」

「今回は保留といっただけだぞ。まだフッてないぞ」


 俺が言ったのは保留だ。美優の特典にも魅力を感じている。できれば特典はいただきたい。だから保留。


「そんなのフッたと同じじゃない。何のために美優が必死で彼氏達と別れたと思ってんのよ」


 それはこれから遊びをやめて、普通の高校生に戻るためだろう。


「ナルと本気で付き合いたいから、男性関係を清算したんじゃないの。なぜ、そのことがわからないのよ」


 そう言われると、俺も心が痛い。しかし、これからのことを思うと不安しかない。だって今まで自由気ままに遊んできた美優だぞ。そう簡単に美優が普通の女子高生に戻れるとは思わない。


 絶対に、色々な騒動に巻き込まれて、大変な思いをするのは俺だ。すでに俺は疲れている。ボッチでもいい。教室の隅で独りで暮らしていくことの平和を俺は知った。


 平和が1番。安心が1番。無用な騒動はいらない。だから独りでもいい。今だけはそう思う。


「ナルがそんな薄情な奴だとは思わなかった。見損なったわ」


 ひかりからすると俺は薄情に見えるのか。今まで色々と、お前達のお世話をしてきたつもりだぞ。すこしくらい休ませてくれてもいいじゃないか。平和の時間をくれてもいいじゃないか。それがワガママだというのか。


 確かに久良木兄ちゃんにも頼まれてるし、駿さんにも頼まれている。だからお前達に何かあったら、俺は助けにいくよ。それは男同士の約束だから。約束を破るつもりはない。


 それにひかりと美優は大事な友達だ。大事な友達を放っておくつもりはない。


 しかし、彼氏になるとのは別の問題だ。俺も美優のことが好きだけど、それは俺のスケベ心であって、本当に美優に恋しているかと聞かれれば、俺自身もわからない。だから煮え切らない。


 そんな気持ちなのに、美優の告白を受けてしまっって体の関係になってしまったら、本当に体の関係だけの付き合いになってしまうかもしれない。それは絶対にしたくない。


 本当に美優に恋してから、告白を受け入れたい。そう思うのは俺のワガママだろうか。


「私、もう知らないからね。美優、泣いてるから。美優の面倒見てくる。ナルもよく考えてよ」


 ひかりにも迷惑かけてるな。しかしきちんと決めたいんだよ。


 ひかりは俺に背を向けて教室から去っていった。1人ぽつんと教室に残って、俺はどうしたらいいのか真剣に考える。


 よく考えたら、女子からの告白なんて、生まれて初めてのことだ。相手が美優だったから、忘れていたけど、本当は嬉しいことのはずなのに、なぜこんなに悩んでしまっているんだろう。


 夕陽の光が教室を照らす。俺は帰り支度もしないで、ずっと考え込んでいた。答えがでない。


 美優が教室の中へやってきた。ひかりは廊下で待っている。美優は大粒の涙を流して頬を濡らしている。


「どうして私ことを惚れてくれないの。保留って絶対に納得できないよ。私の体だけが目当てなんてだけでしょう」


 確かに美優の特典には興味はあるが、それだけで美優と付き合おうと思ってないから悩んでるんだろう。きっちりと惚れないとダメだと思うから悩んでるんだろう。


「確かに美優は俺にとって特別な友達だけど、考える時間がほしい。自分が美優のこと、本当にどう思ってるのか、理解する時間がほしいんだよ。なぜそれをわかってくれないんだよ」

「もうナルなんて信じられない。私のこと愛してないのよ。ナルにフラれたのよ」


 美優は泣き崩れて教室の床にペタリと座り込んだ。ひかりが慌てて美優に駆け寄る。そして美優を支えて、2人は教室から去っていった。


 すぐに俺は慌てて廊下を追いかけて『美優ー』と叫んだが2人の姿はなかった。
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