黄金の魔族姫

風和ふわ

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第五章 エレナと造られた炎の魔人

93:手のひら返し

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 エレナは唖然とした。

「おお、相変わらずなんて可憐なんだ聖女様は! まるでデウス様からこの大陸に与えられた唯一無二の宝石……!」
「エレナ様、後でどうかこの私めに貴女と踊る名誉を、ぜひ!」
「嗚呼エレナ様、我らスぺランサの希望の光……! どうかその輝きで我らを導いてくださいませ……!」

 パーティ会場に入るなり、男女問わず参加客達が一斉にエレナを取り囲んできた。それらの多くはスぺランサ王国の貴族王族達だ。皆、目がギンギンに輝いており、エレナにとってそれらは狂信的でおぞましいものに見えた。

(ど、どうしてここまでスぺランサの貴族達が私にすり寄ってくるの……?)

 彼らの多くは、処刑場でエレナを「魔族に与した悪魔の女」だとか「魔女」だとか罵り、その命を見捨てようとしたというのに──今の彼らはすっかりエレナの信者のようになっていた。その手のひら返しがエレナにとってたまらなく恐ろしい。するとそこで、エレナに集まる人だかりがさっと割れる。スぺランサ現国王──つまりはウィンの父親であるウォルブ・ディーネ・アレクサンダー。義父になるかもしれなかった彼を改めてみると以前より明らかにやせ細り、げっそりとしていた。

「え、エレナ、……ようこそ、ようこそいらっしゃいました……再び貴女がこの地に足を踏み入れてくださるとは……」
「え、あの、」

 エレナはギョッとする。何故なら国王であるというのに、ウォルブは人前で涙を流していたからだ。今にもエレナに跪きそうな勢いである。

「我々が貴女にしてしまった残虐な行為について、どうか謝罪させていただきたい……」
「!? そ、そんな、頭を上げてください陛下!! 私はもう気にしていませんから!」

 場を収めるためにはっきりとそう言い放ったのだが、ウォルブはさらに涙を流し、エレナにまた頭を下げた。そんなやり取りに周囲も歓喜している。エレナはパーティが始まって早々げっそりとした気分だった……。

 それからはエレナが動くたびに人の波も動くという非常に迷惑な歓迎を受ける。ノームとサラマンダーも勇者という特別な存在に憧れる大勢の乙女達に取り囲まれていた。彼らのフォローが見込めない今、周りからの行為を無下にすることもできず、エレナは愛想笑いでその場を誤魔化すことしかできなかった。

(もうテネブリスに帰りたいよ。ルーのモフモフが恋しい……)

 こんな状況ではせっかく素敵なドレスを着ているというのに台無しである。するとそこで、誰かがエレナに冷たいドリンクを手渡してきた。エレナの好きな果実ジュースに思わずエレナは素で微笑んでしまう。

「あ、ありがとうございま──っ、」

 言葉が途中で途切れる。何故ならエレナにドリンクを手渡してきたのはウィンだったからだ。ノームとサラマンダーに助けを求める視線を送るが、彼らは熱に浮かれている乙女達の対応に未だに追われているようだ。やはり助けてもらえそうにない。そうしている間にもウィンがエレナに手を差し出してくる。

「エレナ。よかったら僕と一曲──」
「──ああ! 見つけましたぞ!」

 ……とそこで、エレナにとって救いの光が見えた。ウィンの声が第三者に遮られたのだ。エレナとウィンの間に現れたのは──枢機卿。微笑むことで皺が目立つ顔がさらにくしゃりと際立っていた。

猊下げいか!」
「エレナ様、お久しゅうございます!」

 すると枢機卿は申し訳なさそうにウィンを見る。

「ウィン殿下、申し訳ありませんがエレナ様と少々個人的なお話があります故、席を外してもかまいませんか?」
「え、えぇ。かまいませんよ、猊下……」

 ウィンの返答に枢機卿がにっこり微笑んでエレナをパーティ会場から連れ去った。エレナはようやく肩の力を抜くことができ、大きなため息を溢す。枢機卿はそんなエレナに「疲れたでしょう」と労わってくれた。そのまま人気のない場所へ行こうということで、城に預けていた上着を受け取り中庭へ出る。冷えた空気がエレナの柔肌をちくちく刺激してくる。しかしパーティ会場に戻るくらいならばと、それさえ心地よいと思ってしまった。

「今のスぺランサの上級社会では“黄金の聖女”としてご活躍されているエレナ様に対して婚約破棄ひいては処刑を実行したウォルブ国王とウィン殿下を責める動きがあるようです」

 中庭で一息つくと、枢機卿がスぺランサの現状を話してくれる。どうやらスぺランサの国民達はエレナを粗末に扱った過去から聖女の恩恵を受けられなくなることを恐れているらしい。エレナは素っ頓狂な顔をする。だがそれが正しいとするならば、ウォルブ王があんなにげっそりとしていたことも、スぺランサの貴族達があんなにエレナに媚を売ってきたことも説明がついた。

「私はもう、聖女なんかじゃないのに。ただのエレナなのに……」

 エレナは再度ため息を溢す。枢機卿はそんなエレナに目を伏せた。そしてそっとエレナの頭を撫でる。突然の彼の行動にエレナはキョトンと瞬きを繰り返した。

「猊下?」
「そうでしたね、エレナ様は“ただの少女”なんですよね。私もついうっかり貴女の光に眩んでそれを忘れていたようです。貴女はウィン殿下の隣で愛想笑いを浮かべていた幼い頃から、ずっと周りに背負わされてばかりで……。重かったでしょう、辛かったでしょう……本当に、申し訳ない」

 枢機卿の言葉はエレナの瞳をほんの少し潤わせる。エレナはそれをぐっと我慢すると、口角を上げてみせた。今のエレナは周囲から聖女だなんだと勘違いはされているものの、幸せなのだ。自慢の家族も、素敵な恋人も友人もいる。エレナ自身を見て、愛してくれる存在が大勢いる。だから今、枢機卿がそんなに悲しそうな顔をすることはない、と。そう強く訴えると枢機卿もいつもの穏やかで温かい笑顔を浮かべた。

「ではエレナ様、私は頃合いを見て会場へ戻ります。エレナ様はもう少しここで休んでいるといいでしょう。しかし体を冷やしてはいけませんよ。……それと、何かあれば私に相談するという選択もあることを忘れずに。一応私は貴女を幼い頃から見守ってきたんですから」
「はい! 本当にありがとうございます、猊下!」

 枢機卿が去って、静かになる中庭。エレナは何気なく辺りを散歩することにした。この城を離れてから既に一年以上経過していることに驚く。少し前まではこの城に住んでいたのかと思うと随分と変な気分だった。まだテネブリスよりもスぺランサの方が滞在していた期間は長いというのに、目をつむって真っ先に思い浮かぶのはテネブリスでの幸せな日々のみ。それだけ自分が魔王や魔族達に救われていることを実感した。

 するとそこでエレナの背後に何者かの気配がした。

「お前だけ逃げ出すのはずるいと思わないか? エレナ」

 慌ててエレナが振り向くとそこにいたのは随分と気分の悪そうなサラマンダーだった……。
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