黄金の魔族姫

風和ふわ

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第五章 エレナと造られた炎の魔人

107:迫る時間

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 エレナが己の身にナイフを突き立てた時、ノームはというとそんなことになっているとは思ってもおらず、怪物化したサラマンダーの後を追っていた。サラマンダーは街の隙間を駆け抜けながら、逃げ遅れているシュトラールの民達を次から次に丸のみにしていく。ノームはそんな彼に必死に声を掛け続けた。

「やめろ、やめるんだサラマンダー! その者達は余らが守るべき命だ!! 奪うものではない!!」
「ガアアアアアア……!!」

 ノームの叫びはサラマンダーには全く届かない。レブンがそんなノームに指を指して嘲笑する。

「ひゃははは! てめぇの声はもうサテイには届かねぇんだよノーム・ブルー・バレンティア! サテイはてめぇではなく俺達を選んだ! 俺達兄弟の邪魔をする偽兄貴は消し炭になればいい! なぁ、お前もそう思うだろ? サテイ!!」
「っ!」

 レブンの言葉に反応するように、サラマンダーはようやくノームを見た。ノームの存在を認識するなり、その巨大な口をぱっくり開かせる。そしてそこから物凄い勢いの火炎を吐き出した。危機一髪ノームを背負うレガンがそれを避ける。レガンの危機察知能力と素早さがなければ、確実に消し炭になっていたことだろう。ノームは周囲の建物に炎が燃え移っていないことを確認し、下手にサラマンダーに近づけない状況に歯噛みする。かくなる上は、と腰の巾着からあるものを取り出した。

「──咲けブルム!」

 その瞬間。ノームの最大出力の魔力が取り出した種に宿る。ノームが丹念に魔力を込めて精製した樹人の種だ。それはたちまち空中にて成熟していき、巨大なサラマンダーの体をしっかりと拘束していった。突然動けなくなったサラマンダーからレブンとトゥエルが身を投げ出される。それに気づいたノームが追加で花呪文を唱え、救出ついでに彼らを樹人の蔓で拘束した。双子の視界に影が差し、彼らが恐る恐る顔を上げると恐ろしい顔をしたノームがそこで仁王立ちしている。

「レブン、トゥエル。ようやくお前達とじっくり話せるな」
「ちっ! 時間がないってのに……!」
「僕達を、どうするつもりなんだ」

 トゥエルが冷静にノームに尋ねた。それに対しノームは強い口調で答える。

「サラマンダーは人一倍優しい子だ。例え怪物になったとしてもそれは変わらない。そんなこいつに、人を傷つけさせるな! 既にお前達にはこいつの兄を名乗る資格などない!」

 ノームの言葉にレブンとトゥエルは叱られた子供のように何も言い返せなかった。ノームは腰を下ろし、二人の目を真っ直ぐ見つめる。

「だが今ならまだ間に合う。余はサラマンダーと、サラマンダーに丸のみにされた民達を助けたい。どうすればサラマンダーは元に戻るんだ」
「そ、それは……駄目だ! てめぇが何を言おうと、サテイにはザグレスの心臓の生け贄を集めさせる!! 絶対にだ! 俺達にはもう時間がねぇ! 俺達は、!!」

 そう声を荒げるレブンの顔は歪んでいた。息ができない水の中で足掻いているかのようなその表情にノームは一瞬戸惑ってしまう。兄弟十人分の想い。それはレブンとトゥエルが生き延びることを指しているのだろうか。だがそれならばサラマンダーはどうなる。そのためならばサラマンダーは犠牲になっていいというのか。ノームは唇を噛み締める。……と、その時だ。

「がはっ、ごほっ……はぁ、はぁ、」

 ノームの背後で、息苦しそうな咳が聞こえてきた。見ればトゥエルが地面に倒れたまま吐血している。その地面を濡らす赤にノームの心臓が激しく動き始めた。寿命じかんがない。レブンの言葉の重みがノームの中で増していく。

 ──サラマンダー、余はどうすればいい。余はお前に死んでほしくないのだ。
 ──なんとか皆を救い出す方法はないのか?
 ──クソッ! このレブンとトゥエルだって、サラマンダーにとっては大切な家族! 死なせたくはない! 死なせたくはない、が……!! 今の余の力ではとても……!

 するとそこで、樹人の蔓に拘束されているサラマンダーが吐血するトゥエルを瞳に映した。酷く動揺するトカゲの化け物。その巨体が徐々に熱を帯び、輝いていくではないか。ノームは嫌な予感がした。サラマンダーの輝きがピークに達した瞬間、咄嗟にレブンとトゥエルを庇う様に蹲る。

 そして──轟音。

 ノームは脳みそがこれでもかというほど揺れた。サラマンダーが爆発を起こしたのだと数秒してから理解した彼の中でふと疑問が生まれる。どういうわけか自分の背中に人肌のような温もりを感じるのだ。また爆発を背中で受けとめたにしては痛みがなかった。恐る恐る起き上がり、背後を見る。そこには、

「──ちち、うえ……?」
「っ、ぐ、」

 背中に大やけどを負ったヘリオスがいた。
 ノームは唖然とする。どうやらヘリオスは爆発直前、ノームの背中に覆いかぶさったようだ。爆風で焼けたヘリオスの背中全体はただれ、見るも無残な光景であった。

「父上、どうして!!」

 ノームの言葉にぐったりしていたヘリオスの手がピクリと動く。彼はかろうじて意識があるようだった。

「……思えば、お前に、まともに触れたのは……今が初めてだったな。ノーム」
「っ!!」

 ヘリオスらしくない言葉に再度固まるノーム。ヘリオスは顔を上げる気力もないのか、掠れた言葉だけを紡いでいった。

「いいか、ノーム。今、民の避難を最優先に、兵士達には動かせている。テネブリスとスぺランサにも救援要請を出した……もうじき、助けは、来てくれるはずだ……ぐぅっ……は、はぁっ……サラマンダーの様子は、どうだ……」

 ノームはそこでようやく我に返り、サラマンダーの様子を窺う。どういうかけか、サラマンダーは今の爆発で力尽きた様にピクリとも動かなくなっていた……。
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