人形たちの箱庭

黒羽オウリ

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イロハ_03

1.右腕喪失

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 その日、イロハが能力測定で対峙していたのは、大型の狼のようなモンスターだった。
 能力を解放して肉体を強化し、拳や足技で戦うイロハ。
 しかしその途中、小さな段差につまずいて、イロハのバランスが崩れた。
 モンスターが大きく口を開けてイロハに迫る。とっさに右腕を上げて、自分の頭をかばうイロハ。
 自分の右腕が立てた、バキリという生々しい音をイロハは聞いた。
 駆け抜ける激痛。
 闘技場に、イロハの絶叫が響いた。

◆ 

 能力測定が緊急中断され、イロハは医療棟の手術室に担ぎ込まれた。
 ストレッチャーに乗せられたイロハ。その右肩から先がない。食い千切られた断面は、まるで蛇口のように血を流し続けている。イロハの顔は紙のように白く、意識も朦朧としていた。
「168番を手術台に乗せろ」
 夜凍が鋭く指示を出す。看護師たちがイロハの身体をベッド型の手術台に寝かせた。その動きも痛みになるのか、イロハが低くうめく。
「出血が多い。輸血を開始しろ」
 看護師がすぐにイロハの左腕に点滴の管をつなげる。人工血液が入ったパックから赤い液体が流れ込んでいく。
 夜凍がイロハのバーコードをスキャンする、ピッという音。モニターには急激に低下する血圧、上昇する心拍数が表示された。画面のふちが赤く点滅し、ピーピーというアラート音が響き渡る。
 夜凍はイロハのわずかに残った腕に駆血帯を巻き、思い切り締め付けた。浅い息を繰り返していたイロハが苦痛から逃げようとするように身をよじる。夜凍がイロハの肩を抑えて言った。
「動くな」
 それから夜凍は、顔を上げて看護師に向かって言う。
「誘導装置を持ってこい」
 その言葉に、朦朧としていたはずのイロハが目を見開いた。
「いや、です……」
 素早く手を動かし、止血鉗子でイロハの血管を結紮していく夜凍。傷口に触れられる痛みにイロハが呻く。
 VRゴーグルのようにも見える、白く大きなデバイスを持ってきた看護師がイロハの頭の上に立つ。
「いや……我慢するから、眠らせない……で」
 苦しい息の下で必死に訴えるイロハ。
 止血作業の手は止めないまま夜凍は看護師に向かって言った。
「スリープモードだ」
 力なく首を振るイロハ。
 そのイロハの頭に、デバイスが取り付けられる。目を覆うゴーグル部分と、こめかみに当たる電極。
「いや……」
 イロハは再び呟いたが、こめかみの電極から信号が流れ込んだ。それにより強制的に目が開かれ、ゴーグルの内側に映し出される、独特の信号パターンが視界を埋める。
 痛みが薄れていく。
 夜凍が傷口に触れる、強烈な感覚が遠のいていく。
 沈んでいく意識。
 眠りに落ちるときよりも、さらに深く堕ちていく感覚。 
「……こわい」
 小さな呟きと共に、イロハの身体から力が失われた。
「スリープ状態に移行しました」
 看護師が告げる。
 止血作業を続けながら、夜凍がうなずいた。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 激しい出血が完全に収まると、夜凍は小さく息をついた。
 顔を上げて、改めてモニタのバイタルデータを確認する。
「もう少し輸血を続ける必要があるな……」
そのとき、手術室の扉が開き、幻智が入ってきた。
「168番か。肩から先を喪失したと聞いたが」
「ああ、今やっと止血が済んだところだ」
 幻智はイロハの断面を一瞥する。
「これはひどい……この短時間でこんなのを止血するのは大変だっただろう」
「……まったくだ」
 ため息をつきながら、夜凍はイロハの血で真っ赤になった手袋を脱ぎ捨てた。
「それで……何の用だ?」
 夜凍の問いに、幻智はタブレットを操作しながら答える。
「この機会に義肢を試したい」
「義肢? 再生医療ではなく?」
 うなずく幻智。
「168番の年数を考えれば、再生よりも義肢の方がデータとして価値がある。肩関節に劣化が見られるから、そこから義肢に変えたい」
「……また面倒なことを」
 眉を寄せる夜凍に、幻智は淡々と返した。
「残った腕がこんなに短くては、これに接続するのも難しいだろう。断面もめちゃくちゃだしな」
 夜凍が大きなため息をついた。



 それから数時間後に義肢の接続手術がはじまった。
 イロハはうっすらと目を開けたまま、ゴーグルの光を見つめている。意識はあるようで、ほとんどない。はるか遠くに、微かな音と身体の感覚が伝わるのみ。しかしそれらは、思考にはつながらず、ただただ過ぎていくだけだ。
 残された腕の切除、断面の整形、神経の処理、義肢との接続準備。夜凍の手が淡々と作業を進める。
 そうするうちに、手術室に義腕が運ばれてきた。金属とカーボンの複合素材でできた、機械的な腕。
 夜凍の作業の傍ら、幻智が義腕をイロハの体格に合うように調整していく。
 それらが終わると、義肢の接続作業がはじまった。
 幻智が神経接続端子を確認しながら、義肢をイロハの断面に接続していく。
「神経接続、開始」
 微細な電極が、イロハの神経に接続されていく。
 イロハの意識の奥底で、何か新しい感覚が生まれた。しかそれが何なのか、どういう意味を持つものなのか、今のイロハには考えることができない。
「接続完了。動作チェックに移る」
 幻智がタブレットを操作すると、イロハの義肢の指がわずかに動いた。
 他の指や手首、肘の動作も確認した幻智は、今度は氷をイロハの義肢の指先に触れさせた。
 モニタに表示されていたイロハの脳波が、わずかに揺らぐ。
「反応良好。固定に移る」
 義肢が肩の断面に固定されていく。
「手術終了だ」
 幻智の言葉に夜凍はうなずいた。
「断面の回復のため、もう数日このまま寝かせる」
「ああ、そうなるな」
 眠ったままのイロハの身体が、ストレッチャーに乗せられて病室に運ばれていく。
 長時間の手術を終えた夜凍と幻智が、どちらからともなく、大きく息を吐きだした。
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