人形たちの箱庭

黒羽オウリ

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イロハ_03

2.義肢

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 数日後、イロハから誘導装置が外されて数時間。
 イロハの意識は、ゆっくりと浮上を開始した。
 最初に戻ってきたのは音。近くや遠くを歩く誰かの足音、機械の駆動音、遠くで交わされる会話。
 次に感覚。背中に触れるシーツの感触、喉の渇き。それから右腕の違和感。
 最後に嗅覚と視覚。うっすらと漂う消毒の匂い。まぶた越しにとどく、やわらかな光。
 イロハはゆっくりと目を開けた。
 白い天井が、わずかにぼやけて見えた。
―ここは……病室か―
 意識と思考は鮮明で、これまでと差は感じられない。自我は失われずに済んだらしい。
 視線を動かすと、白い壁とモニタ、点滴スタンドが見えた。見慣れた病室の光景。
「……」
 徐々に記憶が蘇ってくる。能力測定、迫るモンスターの牙、激痛、そして大量の血。
 失った右腕。
 
 でも、右腕がある感覚がある。
 指先と腕の下に触れる、毛布のやわらかな感触。
 イロハは右腕を動かそうとした。
 動く感触があった。毛布の上で何かが動く、ゴソリという音もした。
 でも、何かがおかしい。
 頭を少しだけ持ち上げ、顔を右に向ける。
 そこにあったのは、金属とカーボンでできた機械の腕だった。
「……」
 イロハは目を見開いた。
 頭を枕に戻し、顔の前に右腕を掲げてみる。
 指を曲げたり伸ばしたりしてみる。
 違和感とぎこちなさはあるが、自分の意志にしたがって確かに動く、機械の腕。
 イロハは右腕をベッドの上に戻し、左手で義肢に触れた。
 冷たい金属の感触。
 肩と右腕が全て、義肢に置き換わっていた。
―腕を……なくした―
 それは、決して軽くはない衝撃を伴った喪失感だった。
 しかしその奥に、別の感情もあった。
―まだ、ここにいる―
 義肢を着けられたということは、義肢の性能試験の対象になったということだ。
 まだ廃棄されなかった。使い物にならないと判断されなかった。
 イロハは複雑な表情で、ひんやりとした右腕をなでた。左手の温度が、右腕から伝わる。

 そのとき、病室の扉が開いた。
「目が覚めたか、168番」
 入ってきたのは幻智だった。タブレットを手に、イロハのベッドサイドに立つ。
「義肢の感覚はどうだ? 接続部に痛みはあるか?」
「……ありません」
 かすれた声でイロハが答える。
 うなずいた幻智がイロハの前に手をかざす。
「右手でこの手に触れろ」
「……」
 右腕を動かすイロハ。目標と少しズレはしたが、イロハの義肢の手が幻智の手首に触れる。
「次はこっちだ」
 手を移動させる幻智。
 イロハは右腕で幻智の手を追いかける。
 幾度かそれを繰り返すと、幻智は今度は、イロハの右手をまるで握手をするように握った。
「手を握り返してみろ」
「……はい」
 イロハはうなずいたが、力加減がよくわからない。それでも義肢はイロハの意志に従ってわずかに指を曲げ、幻智の手を握り込んだ。
「神経接続は成功したようだな」
 イロハの手を放し、幻智はタブレットを操作しながら続ける。
「しばらくは調整とリハビリが必要だ」
「……はい」
 幻智は毛布の上に戻ったイロハの義肢を見下した。
「今回は肩関節も含めて義肢に置き換えた。体幹部の関節を含めた置き換えは今回が初になる」
 その言葉にイロハは軽く目を見開いた。
 確かに、イロハの前にも能力測定で手足を失ったり、あるいはそういった事故がなくても、義肢を与えられたホムンクルスを見たことはある。だが、それらは全てあくまでも四肢に義肢が取り付けられていた。体幹の一部まで機械に置き換わっている者を見たことはない。
「今回の損傷、劣化していた肩関節、体幹部も含めた義肢の研究。全てがちょうどいいタイミングだった」
 幻智の淡々とした言葉。
 イロハは義肢を見下ろした。
「これから先、義肢関係の試験が増えるだろう」
「……はい」
「まずは日常生活に慣れるところからだ。体調のチェックが済んだら部屋に戻すが、自分のことはできるだけ自分でやるようにしろ」
 それだけ言うと、幻智は病室を出て行った。           

 自我がある。
 思考がある。
 腕は失われたけれど、新しい役割がある。
 誘導装置を着けられるときに感じたのは、このまま破棄されるのではないかという恐怖だった。

―まだ、生きていられる―

 イロハはほっと息を吐きだした。
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