人形たちの箱庭

黒羽オウリ

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イロハ_05

2.チェス2

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 ゲームはさらに進む。
 添土の質問も、さらに深くなっていく。
「君は自分を人間だと思うかね?」
 イロハの手が一瞬止まる。
 それから、ゆっくりとポーンを動かした。
「……いいえ。ホムンクルスです」
「では、ホムンクルスと人間の違いは何だと思う?」
「まず、発生の機序が異なります。ホムンクルスは擬似的な細胞から発生して胎芽となり、培養槽で成長します」
「成長後は?」
「性質が異なります。『能力』の所有、第三の性、髪色と瞳の色などです」
 うなずく添土。
「では別の質問をしよう。君には意志があるか?」
 イロハがクイーンを動かす。
「……あるように思います」
「なるほど」
 添土が微笑む。
「では今、君はこのチェスを指している。それは君の意志か? それとも、そうするようにプログラムされているだけか?」
「……」
 イロハは盤面を見つめた。
「……私たちは、人の言うことに従うようにプログラムされています。駒の動かし方も学習によるものなので、ある意味プログラムとよべるかもしれません」



 静月が小さく息をついた。
「……なかなか容赦ないですね」
「だからこそ呼んだ」
 幻智が淡々と答える。
「イロハの反応を見たかったからな」
 イロハの表情は変わらず、受け答えも淡々としたまま会話を途切れさせはしない。しかしモニタに表示されるイロハの脳波には、わずかな乱れが発生していた。
「困るんですよね」
 静月の小さなつぶやきに、幻智は首を傾げる。
「あまり根幹に関わる質問を重ねられると、条件付けに影響しかねません」
 静月の言葉に、幻智は小さく笑った。
「それも一興だ」



 ゲームが終盤に入った。
 イロハの駒は追い詰められていた。
 何手か先を読む。このままでは負ける。
 でも、勝てる手もある。
 添土はこちらを見て穏やかに微笑んでいる。
 イロハは、勝てる手ではなく、負ける手を選んだ。
 クイーンを動かす。
 接待として、相手を気持ちのいいところで勝たせる。それがふだんの役割だった。
 しかしその瞬間、添土が首を傾げた。
「……その手は、最善手ではないね」
 イロハは静かにほほ笑んだ。
「申し訳ありません。未熟者なので、おっしゃる手がわかりません」
 しかし添土はまっすぐにイロハを見て言った。
「君は今、わざと負けようとした。接待チェス、というやつかな」
「手抜きと感じられてしまったなら、謝罪します」
 添土が小さく笑ってルークを動かした。
「さあ、もう一度考えてごらん。君が本当に指したい手を」
 イロハは盤面を見つめた。
 それから、ゆっくりとクイーンを別の場所に動かした。
 ゲームは続いた。
 イロハは全力を出した。
 でも、最後は添土が勝った。
「チェックメイトだ」
 添土が静かに言った。
「……負けました」
 イロハが頭を下げる。
「いい勝負だった」
 添土が微笑む。

 やがて添土は立ち上がった。
「実に楽しい時間だったよ」
「……光栄です」
 イロハも立ち上がって、頭を下げた。
「なるほど、これがホムンクルスか。幻智君が夢中になるのもうなずける」
 添土が部屋を出て行く。
 イロハは一人、部屋に残された。



 観察室で、幻智と静月がモニタを見ていた。
「先生に見抜かれたと分かった瞬間、脳波が乱れましたね。やはり予想外だったんでしょうか」
「だが、すぐに立て直した」
 幻智がタブレットに記録を取る。
「義肢の動きも、最後まで安定していた」
「……やはり168番は優秀ですね」
「ああ」
 幻智が立ち上がる。
「電極を外してくる」



 測定室に幻智が入ってくる。
 イロハはまだ椅子に座ったまま、チェス盤を見つめていた。
「ご苦労だった」
 幻智がイロハの頭から電極を外し始める。
「……あの」
「何だ?」
「……いえ、なんでもありません」
 全ての電極が外される。
「部屋に戻れ」
「はい」
 イロハは立ち上がる。
 扉に向かうイロハの背中に、幻智が言った。
「……よくやった。あの教授に満足してもらえたのは大きな成果だ」
 イロハが振り返る。
 幻智はもう、タブレットを見ていた。
 イロハは小さく頷いて、部屋を出た。
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