人形たちの箱庭

黒羽オウリ

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ムツミ_04

懲罰室

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 その日ムツミは、シャワーを浴びさせられて応接室に呼ばれた。服装はふだん通りの、Tシャツとハーフパンツである。だからムツミはいつものような「お茶会」に付き合わされるのだろうと思った。
 思っていた。

「そこに膝をつけ」
 男が言う。
「……」
 ムツミは男の意図を捕らえ損ねたが、それでも黙って絨毯の上に膝をついた。
 そんなムツミの目の前に男が立つ。
 それから男は、ズボンの前をくつろげると、下着の中から己自身を取りだした。
 驚きに目を見開くムツミに、男が言う。
「しゃぶれ」
「っ……」
 そんなことを要求されたのは、はじめてだった。
 客を喜ばせるために、そういう方法があるのは「学習」している。
 つい先日ムツミ自身が、客に命令されたミトに、それを施されもした。
 あのときミトは「覚えておいて」とは言っていたが……。
「早くしろ」
 戸惑うムツミに、客の冷たい声が降ってくる。
 正直なところ、気持ちがわるい。
 それでもムツミは、おそるおそる口を開き、それを招き入れた。
「……」
 男の臭い。
 舌に触れる、それの感触。
 ミトの動きを思い出そうとする。
 でも上手くいかない。
 口の中にあるものに対する恐れが広がっていく。
「……」
 なかなか動けないでいるムツミに、ついに客がしびれを切らした。
 ムツミの後ろ頭を、髪の毛ごと鷲づかみにする。
 そうして客はムツミの口の中に己を容赦なく突き入れた。
「っんんっ……!」
 突然の事態に慌てるムツミ。
 だが客の動きは止まらない。
「グズグズしているお前が悪い」
 頭を無理矢理に前後に揺さぶられる。
 男のものが喉の奥のほうまで入り込んでくる。
 呼吸が塞がれ、生理的なえずきが襲ってくる。

 そして次の瞬間。
「……!!」
 ムツミは何が起こったのか分からなかった。
 気がついたら絨毯の上に倒れていた。
 頰がジンジンと痛む。
 ややあって、殴られたのだと気がついた。
 男が怒鳴っている。
「コノヤロウ! 歯を立てやがった! ホムンクルスの分際で!」
 警備員が二人、扉を開けて飛び込んできた。


 
 ムツミは警備員に左右から二の腕を掴まれ、引きずられるようにして廊下を歩いた。
 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、何度も謝る。
「ごめんなさい、ごめんなさい! わざとじゃないんです……!」
 警備員は答えない。黙ってムツミを引きずっていく。
 やがて、見慣れない場所に着いた。
 研究所の奥。まだ来たことがない階層。無機質な廊下。
 そこに、何の表示もない扉がいくつかある。
 警備員がそのうち一つの扉を開けた。
 中は、真っ白だった。
 壁も、床も、天井も。
 何もない、ただ白いだけの部屋。
 それを目にしたムツミの顔が青ざめる。

 懲罰室。
 話にだけは聞いたことがあった。
 罪を犯したホムンクルスが収容される部屋。

 警備員が言う。
「入れ」
「いや……いやです……」
 ムツミは首を振ったが、警備員は無情にもムツミの背中を押した。
 ムツミがよろめいて部屋の中に入る。
 振り返った瞬間、扉が閉まった。
 カチリ、という小さな音。

 ムツミは扉があった場所に駆け寄った。
「開けて! お願い、開けて!」
 拳でそこを叩く。
 でも、返事はない。
「出して! ごめんなさい! もうしません!」
 叫ぶ。
 でも、答えはない。
 白い壁に吸い込まれていくような己の声。

 ムツミはそこを叩き続けた。
 手が痛くなっても、叩いた。
 でも、誰も来なかった。

 やがてムツミは疲れて、その場に座り込んだ。
「……出して。……いやだ、怖いよ」
 かすれた声で呟く。
 でも、何も起きなかった。



 どれくらい時間が経ったのか、ムツミには分からなかった。
 床も壁も天井も真っ白な部屋。
 壁と床の境目も、よく見ないと分からず、光源がどこにあるのかも分からない。 
 この部屋に入れられるときに通ったはずの扉も、もはや見えない。
 手で触れてみても、どこもかしこもツルツルとするばかりで、扉の場所を知ることはできなかった。
 床は正方形で、部屋の向きさえ定かではなくなる。
 外から聞こえてくる音はおろか、空調の音さえも聞こえない。
 静かすぎて、自分の呼吸の音だけが聞こえるようだった。
 
 しばらくするとお腹が空いてきた。
 グゥとお腹が鳴る音がする。
 喉も渇いていた。
 唾を飲み込んでみたが、カラカラになった口の中は、少しも潤わなかった。

 ムツミは横になった。
 白い床の上。
 冷たい。
 でも、疲れていた。
 目を閉じる。
 もう二度と、この部屋から出られないんじゃないか。
 イロハやミトにも、もう会えないんじゃないか。
 そんな思いが湧き上がってきて、慌てて目を開ける。
 白い天井。
 静かな世界。
「……」
 ため息をついて、また目を閉じる。

 どれくらいそうしていただろう。
 眠っていたような気もする。
 起きていたような気もする。
 時間の感覚があいまいになっていく。



 お腹がまた鳴った。
 床の上に転がったまま、ムツミは目を開けた。
 喉が渇いた。
「……誰か」
 かすれた声。
 でも、誰も来ない。

 目を閉じる。
 目を開ける。
 立ち上がる。
 壁伝いに部屋の中を歩く。
 座り込む。
 床に転がる。
 また目を閉じる。
 
 そんなことを何度繰り返したか。
 ムツミは部屋の隅に移動した。
 壁に背中を預けて、膝を抱える。
「……」
 もう何も考えられない。
 ただ、ぼんやりと白い部屋を眺めている。

 どれくらい、ここにいるんだろう。
 何時間?
 何日?
 分からない。

 お腹が空いた。
 喉が渇いた。
 疲れた。

 でも、誰も来ない。



 ムツミは壁際で膝を抱えたまま、ぼんやりと床を見ていた。
 もう、何も考えていなかった。
 ただ、そこにいるだけ。

 その時。

 カチリ、という音がした。
 久しぶりに聞く、自分以外が立てる音だった。

 ムツミは顔を上げた。
 白い壁の一部が、開いた。
 扉だった。
 その先に、色が見える。
 人の影。
「……」
 ムツミは、その影を見つめた。
 でも、声が出なかった。
 立ち上がることもできなかった。

 影が、ゆっくりと近づいてくる。
 ムツミは、小さく震えながら、その影を見上げた。
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