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第2章 神々の黄昏
剣舞
しおりを挟む相葉ナギと勇者エヴァンゼリンは、城内にある練兵場に移動した。
セドナ、アンリエッタ、クラウディアは観覧席に座した。
ナギとエヴァンゼリンが、互いに剣をもって練兵場の中にある闘技場に入る。
闘技場は、円形で、直径80メートルほど。大理石が敷き詰められている。
ナギは神剣・〈斬華〉を抜いた。応じてエヴァンゼリンが抜く。
セドナが、怯えたような表情をその美貌に湛えた。
ナギは呼気を鋭く吐いた。3秒で全身のバイオリズムが整う。
ナギが、エヴァンゼリンとの手合わせに応じたのは、彼女の瞳を見たからだ。
彼女の瞳は凄絶だった。未だかってあんな瞳をした人間を見たことがない。そして、エヴァンゼリンが、ナギから剣術を学び取りたいという真摯な思いも伝わった。
彼女には恩義がある。受けなければ非礼だろう。
(とは言っても、勝てるわけがないけどな……)
ナギは神剣・〈斬華〉を正眼に構えながら、エヴァンゼリンを見据えた。
エヴァンゼリンの体全体から発する闘気と魔力に押し潰されそうになる。
強い……。
信じがたい強さだ。
エヴァンゼリンの放つ魔力だけで、圧殺されそうだ。
ナギの掌に汗が滲んだ。
対峙しているだけで、グシオン公爵以上の脅威を感じる。
「ナギ君、はじめて良いかい?」
エヴァンゼリンが静かに言う。
「はい」
ナギが答えた。
刹那、勝負が開始された。
エヴァンゼリンが、一瞬で20メートルの距離を潰してナギに躍りかかった。
(速い!)
ナギは〈斬華〉を右下から左上に振り上げた。エヴァンゼリンの剣が、ナギの〈斬華〉を受けて流れる。
エヴァンゼリンの第二撃が襲いかかる。
下から、ナギの首をねらう振り上げ。神速の斬撃だった。空間ごと切り裂くような剣閃がナギの頸動脈めがけて伸びる。
ナギは、手首をひるがえして〈斬華〉の峰で受け止め、その力の軌跡を逸らす。
「……見事……」
「おお」
アンリエッタとクラウディアが同時に感嘆した。エヴァンゼリンの斬撃を手加減しているとはいえ、こうまで逸らすとはナギという少年の剣技は尋常ではない。
そのまま、2合、3合、そして10合と、ナギとエヴァンゼリンの剣が衝突していく。
(加減してくれているな……)
ナギは安堵とともに確信した。
本来のエヴァンゼリンの力を使えば、力尽くでナギを一刀両断することなど容易いだろう。
だが、エヴァンゼリンはナギから剣術を学びたいのだ。
だから、灰金色の髪の少女は加減している。ナギはそれを確信して安堵してノビノビと剣を振るう。
ナギとエヴァンゼリンは、互いに剣を打ち合わせ続けた。
両者の身体が入れ替わり、動く度に数十の剣閃と刃鳴りが響き渡る。
突く、薙ぐ、振り下ろす、受け流す、そして又、薙いで、斬り下ろし、振り上げる。
音楽のように刃鳴りが響き渡り、両者の剣閃が美しく空間に咲き乱れる。
「……綺麗……」
「うむ……。舞踏のようだな……」
アンリエッタとクラウディアが、安堵しながら目を細める。
セドナは膝の上で拳を強く握りしめた。
セドナの小さな胸に、今まで感じたことのない痛みが走る。
クラウディアのいうように、それはまさしく舞踏だった。ナギとエヴァンゼリンという破格の剣士が織りなす、苛烈で静謐な舞踊だ。
ナギは何時の間にか微笑んでいた。エヴァンゼリンも同様に微笑む。
(楽しい)
とナギは心から思う。胸があつくなり、ときめく。
今、この瞬間、エヴァンゼリンと心が通じている。剣と剣で対話している。言葉は無用だ。
互いの魂を剣を通してぶつけ合っている。
エヴァンゼリンが、俺の剣技を吸収しているのが分かる。なんていう才能だ。俺から全てを奪おうとしている。そのくらいの勢いだ。
ナギはふいに姿勢を低くした、地に這うような体勢からエヴァンゼリンの足首を狙う。エヴァンゼリンは剣をくるりと逆手に持ち替えて、ナギの剣を受け止める。
エヴァンゼリンが、真っ向からナギの頭めがけて剣を打ち下ろした。
ナギは神剣・〈斬華〉の峰で受け止めて流し、そのままエヴァンゼリンの頭部に刺突を繰り出す。
エヴァンゼリンは半身になって刺突を避け、水平の斬撃を繰り出す。ナギはそれを真っ向から打ち返す。
優雅な舞踏のような剣撃は、1分後に終わった。
「それまで!」
クラウディアが宣言して終わりにさせた。
ナギの体力と精神がもたないと判断したのだろう。
それは正しかった。ナギは〈斬華〉を鞘に収めた後、ふいに両膝をついた。
「ナギ様!」
セドナが観覧席から飛び出して、ナギに駆け寄る。
ナギの顔も身体も滝のような汗で濡れていた。
「あれ?」
とナギは胸中で不思議に思う。楽しかった筈なのに、こんなに疲れているなんて……。
だが、エヴァンゼリンと打ち合い、無意識のうちで、ナギは膨大な体力と精神力を消耗していた。
ナギはセドナに肩をかしてもらい立ち上がる。
「ありがとう、ナギ君。勉強になったよ」
エヴァンゼリンが笑みを浮かべた。
「……いえ、……こちらこそ」
ナギは、肩で息をしながら答えた。ナギは疲れていた。身体の全てが重かった。だが、嫌な疲れではなかった。
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