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第4章 王都の決戦
君主五人
しおりを挟む王都アリアドネを包囲していた魔神軍が壊滅した後、民衆は相葉ナギ達を「救世主」と呼んで熱狂的に賞揚した。
相葉ナギ、セドナ、大精霊レイヴィア、勇者エヴァンゼリン、創聖クラウディア、大魔道士アンリエッタ、そしてパンドラ王女は、「英雄」として認知され、その声望は大陸全土に轟いた。
◆◇◆◇
王都アリアドネの王城。
その広大な広間で、五人の王たちが集まり会議が開催されていた。
議題は言うまでもなく、魔神への対策会議である。
列席者は、
ヘルベティア王国の国王イシュトヴァーン
アーヴァンク王国の国王マクシミリアン
エスガロス王国の国王アルミナス
オルファング王国の国王イーバル3世
グランディア帝国の皇帝カスタミア
以上の五名である。
大陸に大小五十の国家があるが、この五カ国の国家群は最大規模の領土と国力を有しており、実質的にこの五カ国が人類と亜人のリーダーである。
雑談と軽い夕食が終わると、すぐさま会議が開始された。
最初に発言したのはイシュトヴァーン王である。
「まず、列席されたる方々に御礼申し上げる。あなた方の助力なくば王都アリアドネは陥落し、予の命数も尽きていただろう。この御恩は終生忘れぬ」
イシュトヴァーン王が頭を下げると、アーヴァンク王国のマクシミリアン王が、片手でそれを制した。
「頭を上げられよ、イシュトヴァーン王。ことはヘルベティア一国の問題に非ず、魔神との戦いに敗北すれば我らの国の存続も危うい。我らは当然の責務を果たしたまでだ」
マクシミリアン王は肥満した体を揺すりながら言った。
「左様。まずは王都アリアドネを包囲したる悪しき魔神軍の壊滅こそを祝おうぞ」
エスガロス王国の国王アルミナスが酒杯を軽く掲げた。
全員が酒杯を軽く上げて一口飲む。
「さて、辞儀はこれにて終わりにして本題に入ってよろしいか?」
グランディア帝国の皇帝カスタミアが鋭い視線を王たちに向けた。
「本題とは?」
マクシミリアン王が些かわざとらしく問う。
「そなたらも分かっておろうよ。相葉ナギ、セドナ、大精霊レイヴィア、勇者エヴァンゼリン達。あの者達の処遇についてだ」
皇帝カスタミアの声に、四人の王たちが顔を見合わせる。
「イシュトヴァーン王よ。あの化け物どもの手綱はちゃんと握ってあるのか?」
皇帝カスタミアの声は凍てつくような鋭さがあった。
「手綱とは?」
イシュトヴァーン王が低い声を出す。
「分からぬか? では単刀直入に申す。あの化け物どもが謀反を起こす可能性があるか、ないか。それを知りたい」
王たちが視線が鋭いものに変わる。
「……確かに、あの者達の戦力はあまりに巨大すぎるがな」
マクシミリアンは肥満した太い腕を組んだ。
「巨大過ぎるどころではない。十五万の大軍を鏖殺するなど一国家の軍事力を上回る。パンドラ王女は良いであろう。イシュトヴァーン王の娘だ。国家に帰属しているならばこちらも安心できる。だが、他の者はどうだ?」
皇帝カスタミアが、イシュトヴァーン王に視線を投じる。
王都アリアドネの救援に来て貰った手前、現在イシュトヴァーン王は立場が弱い。皇帝カスタミアの難詰するような視線に不快を感じつつも答えた。
「……元々、勇者エヴァンゼリン・ブラームスは我が国の貧農の娘であった。その後、天啓によって「勇者」と認定されたのだ。そして、ブラームスという名と、伯爵の爵位を与えた。彼女は我が国に帰属している。
槍聖クラウディアは更に問題ない。クラウディア・ベルリオーズは、ベルリオーズ公爵家の令嬢だ。我が国有数の貴族の娘。忠誠に疑いはない」
「他は? 大魔道士アンリエッタは?」
イーバル3世が問う。
「大魔道士アンリエッタについては何も分からぬ。出自が知れぬ。勇者エヴァンゼリンが天啓によって神より選び出された後に突如として現れた。そして勇者エヴァンゼリンのパーティーに加わった」
「どこの国の者かも分からぬのか?」
マクシミリアン王が驚きの声を上げた。
正直な所、この場にいる君主達は日々の政務と魔神軍との戦争に忙殺されて、勇者エヴァンゼリン達に関しての知識に疎かった。
「で、相葉ナギとセドナ、大精霊レイヴィアに関しては?」
イーバル3世がイシュトヴァーン王に尋ねた。
「……分からぬ。だが、相葉ナギは容姿と名前から察するに地球から来た〈来訪者〉であろう。セドナは、容姿から見て分かる通り、シルヴァン・エルフだ。大精霊レイヴィアは……、不明だな。情報が殆ど無い」
「何も分からぬと同義ではないか!」
皇帝カスタミアがテーブルに拳を打ちつけた。テーブルが振動して酒杯がゆれる。
「危険過ぎるぞ。相葉ナギ、セドナ、大精霊レイヴィア。あの三人が国家転覆を目論んだらどうするつもりだ!」
皇帝カスタミアの指摘に全員の顔が青ざめる。
全員が間近で相葉ナギ達の恐るべき戦力を目撃していた。もし、あの三人が敵対すればどう対処すればよいのか?
「……とてものこと勝てる気がせんな」
イーバル3世が顎に手を当てる。
「その通りだ。口惜しいが、予も対応策が浮かばぬ。だからこそ手綱が必要だと申しておる」
「手綱か……」
「その通り、爵位なり領土なりを与えて国家に帰属させるのだ。それがあればある程度は安心できる」
皇帝カスタミアの意見はそれなりに芯が通っている。正体不明の存在が、圧倒的な戦力を保持している。それは国家を壊滅ないし、乗っ取ることすら可能。それでは国家の秩序も人心の安寧もない。
貴族や民衆を慰撫する心理的な側面からも、爵位なり領土なりを与えるのだ。そうすれば、相葉ナギ達は「国家に帰属している。誰かの臣下である」という名分が出来る。
正体不明の存在を人間の群衆は最も嫌う。理解できる存在にすれば恐怖は薄れる。
「それ故提案するが、我がグランディア帝国に相葉ナギ達三人を臣下として迎えたい。丁度、我が第三皇女は未婚。相葉ナギを第三皇女の婚約者とし、公爵位階を授与したい」
皇帝カスタミアが宣告すると、王たちがざわめいた。
「それとセドナとかいう娘だが、予の長子カインの正妃としたい。大精霊レイヴィアについては……、予は精霊については疎いため、何を好むか分からぬ。よって、本人の希望を聞き望むモノを与えようと思う」
皇帝カスタミアの台詞に全員が顔を見合わせる。
「カスタミア殿。そなたは三人とも、グランディア帝国に服属させるつもりか!」
マクシミリアン王が肥満した体を揺らして怒鳴る。
「そのような勝手が許されるか! それを言うならば予にも娘が幾人もおる! 未婚の息子もおるぞ!」
「左様、カスタミア殿の一存で決められては困りますな!」
「そうだ! それについては討議が必要であろう!」
アルミナス王とイーバル3世が身を乗り出す。
これは国家の軍事力の均衡を崩しかねない事案だった。魔神を倒した後、相葉ナギ達三人を保有している国家が圧倒的な軍事力と権勢を持つ。
下手をすると「魔神を倒した救世主」という大義を相葉ナギ達に付与して他国を侵略することも可能なのだ。
「では討議を行おう。長くなりそうだがな……。それと魔神軍と今後どう戦うかも検討せなばなるまい」
皇帝カスタミアが言うと王たちは心中で肩を竦めた。長い討議になりそうだ。暫く徹夜が続くだろう。
五人の君主達は心中で嘆息した。
権力者になどなるものではない。責務と心労ばかりで人生を全く楽しめん……。
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