その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第二部:1章:お騒がせ新学期

147話:演技という言葉のワクワク感

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以降、ネルカは男装の継続を余儀なくされてしまった。
寮に帰るわけにもいかず、今はタウンハウスを行き来している。
ちなみに、『ネルカは仕事のために空けることになり、有事の際のために代役としてコルネルが来ている』ということになっている。そのため、コルネルの正体を知る者は限られている。

しかし、ネルカは本質を忘れてなどいなかった。
男装していたのは、なにもギウスレアのためではない。
彼女が男装しているのは、マリアンネのためなのだ。

「じゃあ、もう一度、お願い。」

「「「「愚腐腐腐…。おまかせを。」」」」

ファッションショーの再開。
男を落とし、かつ、堕とすための準備。

裏がなく快活でスキンシップが多く、フットワークが軽そうでありながらも、どこか誠実性が垣間見える風体――異性としてではなく同性として好かれる男――そんな絶妙なラインを攻める必要がある。

髪は顔にかからない方がいい。
せっかくの筋肉だ、見せつけよう。
柔らかい笑顔よりは、豪快な笑顔。
目も普段より大きめに開け、目じりも少し下げる。

(腐の人たちにとって)理想のコルネルが誕生しようとしていた。

「はへ~、確かに…男として負けた気分っす。」

なぜか参加しているトムスが、ボケッとした表情でネルカを見る。
すると、彼女はニヤリと悪魔的な笑みを浮かべると、トムスに近づいて肩を組む。そして、ポンポンと肩を叩くと、目と目を合わせるように覗き込んだ。

「ふふっ、君にそう言ってもらえると嬉しいな。だって、近くにはとっても素敵な比較対象デイン殿下がいるからね。自信が付くってものだよ。」

「あぅええぇぇ! ネルカ嬢! どうしたっすか。」

「男として負けるよりも、もっとその先…私とどうだい?」

次の瞬間、腐った者たちがその場に膝間づいた。
妄想ではなくリアルな光景に、脳の処理がパンク寸前なのだ。
しかし、彼ら彼女らも素人ではない。何とか持ちこたえた。

対するトムスはどうかと言うと、魅惑的な色気にあてられ顔を真っ赤にさせていた。彼とて思春期の年頃だ、異性的な気持ちを抱いたことは今までに何度もある。しかし、今現在にネルカから受けたモノは全くの別――初めての感情に耐え切れなくなってしまった。

「ハ……ハ、ハ…。」

「ハ?」

「ハレンチっすぅぅぅぅぅ!」

彼はネルカの手を振り払うと、部屋から出て行ってしまった。
開け放たれた扉を見ながら、ネルカはフワリと微笑むのだった。

「ハハッ、可愛い奴め。」

次の瞬間、腐の者たちはついに限界突破してしまった。

――倒れ悶える者。
――メモ帳に必死に書く者。
――鼻血を出す者。
――ネルカに祈りを捧げる者。

残念ながら、この事態を治める者は存在しなかった。


 ― ― ― ― ― ―


トムスの反応を見たことで、ネルカの自信はうなぎ登りとなった。
そして、コルネルという役の設定の深掘りを楽しんでいた。

だからこそ、警戒心が薄れてしまっていたのだ。

それは、服選びをおこなっている時だった。

「フハッハ~! コルネルよ! 話がある!」

再びの乱入。問題児ギウスレアの登場だ。
さすがに今回は強くは扉を開けはしなかった。

しかし、ちょうど着替えの最中だったネルカは、ズボンこそ履いているものの、上は胸がサラシで隠れている程度しか身に着けていない。もちろん部屋には女性しかいない、タイミングとしては最悪だ。

「むむっ、こんなに服を並べて、何をしている。」

「妹の友達から服の広告も頼まれていてね。試着会さ。」

だが、ネルカはその程度では動じない。
コルネルとしての対応が揺らぐことは無かった。
ギウスレアも何の疑いも抱いてないようだった。

「確かに……良い筋肉を持っているな。」

((((女だと気付いていない!?))))

「ハハッ、どうもありがとう。」

((((ネルカ嬢、いつも通りに接しているし!))))

「しかし、胸など隠して、どうしたのだ?」

((((さすがにバレるか…?))))

「あまり人に見られたくない傷があるんだ。」
「なるほど、それなら仕方ないな。」

((((押し切ったァッ! ウソ!?))))

一年前のネルカならさすがに女性だとバレただろう。
しかし、夜会以降の彼女は筋肉の大切さを知ってしまい、柔軟性を損なわないよう細心の注意を払いながら、日に日にマッチョへの道を歩み続けている。今のネルカを体つきだけで性別判断するのは困難なのだ。

そして、胸。

胸筋があるだけなのか、乳が無いだけなのか。
悲しいかな、サラシを巻けば違いは分からない。

「それで、話って何?」

「お前の妹はいつになったら戻ってくるのだ?」

「妹の上司はデイン殿下だから、そっちに聞いてほしいな。」

「そうか、分かった。」

そう言うとギウスレアは部屋から出て行った。
(殿下…そちらに王太子が…申し訳ないわ。)
ネルカは今度、デインにお詫びをしようと密かに誓った。

「「「「ふー…」」」」

部屋中に安堵の溜息が満たされる。
ネルカの溜息ではない、他の者たちの溜息だ。
やはりと言うべきか、デインがいくら根回しをしたといえども、この国の帝国に対しての忌避感を拭うことなどできやしなかったのだ。帝国関係なくギウスレアだから、ということの方が強いのかもしれないけれど。

そんな様子に、ネルカは苦笑いを浮かべるのだった。

しかし、そんな表情もすぐに元通りとなる。

「じゃあ、服、選ぼうか。」

今の彼女はコルネルになるということが楽しいのだ。
性別がどうとか、ギウスレアがどうとか、些細なこと。
周囲の引いた目など、気にしないのだった。



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