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第二章 幼少期~領地編
43.スラムの中の教会
しおりを挟むスラムの澱んだような空気の中を歩いていくと、そこだけ清浄な空気に包まれるようにその建物はあった。とても古い小さな教会だ。
建物の前は綺麗に掃き清められている。
(よかった。誰か管理している人がいるようだね)
早速、扉をノックしてみた。しばらく待っても誰も出てこない。
この地域の再生に力を借りられないかと尋ねたんだが…、誰もいないんだろうか?
教会だから礼拝堂は入れるだろうと扉を押してみれば、鍵はかかっておらずにすんなり開いた。
(うわっ!!! 何? 何だ??? これ?????)
扉を開けた瞬間、思わず耳を押さえるほどの音が溢れた。とてもたくさんの音。それぞれはそんなに大きな音ではないけれど、たくさんの悲痛な泣き声のような音が一斉に鳴っているように感じる。
けれども、耳を押さえている私の隣でリヒト先生はキョトンと不思議そうにしている。
「アル、どうしたんだい? 耳が痛いのかい?」
「えっ? 先生はこの音で耳が痛くならないんですか?」
「音? 教会の中は静かだけど、音が聞こえるのかい?」
「はい! たくさんの泣き声のような音が鳴っているように聞こえます」
「……うん。私には聞こえないんだけれど、アルは何か感じるかい?」
そう言われて、音がする方向を探ると、一方向から聞こえてくるようだ。この教会で唯一人の気配がする場所だ。
「先生、あちらの方から聞こえてくるようです」
「そう? じゃあ行ってみよう」
躊躇なく歩いていく先生の後ろを追いかけるように進むと、小さな部屋の扉の前まで来た。中には人の気配がある。先生がノックをした。
「こんにちは。礼拝に来たんですが…」
「…っ、はい。今参ります」
小柄なシスターが扉を開けて現れた瞬間、その部屋から悲しみが溢れたように感じた。先ほどより更に多くの音が聞こえる。
(…っ、なに? これ…。 えっ?)
部屋の中には、小さな光がたくさん浮かんでいたんだ。
でも、その光が弱く点滅して、悲しんでいるような気がする。
部屋を見回してみると、端にベッドがあり誰か寝ているようだ。そのベッドを取り囲むように光が浮かんでいる。
私が部屋を見回している間に、先生はシスターに状況を確認していた。
「アル。ベッドに寝ている女性が、先程、神の御許に旅立たれたそうだよ」
(そうか…。亡くなったのか…)
「ひどいケガをしていて、赤子を守りながら、昨夜ここにたどり着いたんだそうだ。赤子も小さな傷がたくさんあったそうだけれど、シスターが回復魔法で治したそうだ。
残念ながら、母親の方はもう助からない状態だったから、赤子を治した後に、残り少ない魔力で痛みを少しでも軽減しようとしたらしい」
「……そうですか」
私は動揺していた。
自分も前世で死んだ記憶があるからというのもあるが、それよりもこの部屋に入った瞬間に<鑑定>をかけていて、その内容に動揺していた。
亡くなった母親はエルフだった。
浮かぶ光は、きっと精霊達なのだろう。私には姿は見えず淡い光としか見えない。その声もハッキリとは聞き取れないため、感情の方向性を持った音となって聞こえる。今も悲しみの音が聞こえ続けている。
そして、母親の傍らでスヤスヤ眠っている赤子は、ハーフエルフだった。
『狼獣人族とエルフ族のハーフ』
獣人族は一歳になるまで、獣姿の幼体だという。
獣姿のままだし、とても小さいから、まだ生まれて間もないのだろう。
(ひどいケガをしながら、生後間もない赤子を連れて逃げてきた様子で、獣人族の父親が一緒じゃない…かっ。子供を大切に育てる習性の獣人族の父親がいない…。嫌な予感しかしないな…)
先生も<鑑定>していたようで、珍しく厳しい表情をしていた。
エルフの粛清の対象になって逃げてきたのだろう。たぶん、獣人族の父親と一緒に逃げていて、途中で子を産んだが、見つかってしまったのか…。 父親は、母子を逃がすために囮になったのか…。おそらく、生きてはいないだろう。
沈黙が続く中、シスターも状況から想像できるのだろう。赤子を見る目が辛そうだ。
(さて、どうしたものか…。 屋敷に連れ帰るリスクが大きすぎるんだよね? 確かに赤子の境遇は可哀そうだし、保護しなければとは思うんだけれど…。 エルフの追手がまだ諦めていないとマズイんだ。 屋敷にはお婆様がいる。 追手にお婆様たちの手掛かりをつかませる危険は冒したくない)
そう考えて、リヒト先生を見れば、先生も同じことを考えていたらしい。
「アル。 魔法をかけてくれるか? それで爺様のところに連れて行こう」
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