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第一章:そして彼女は賢者と出逢う

お嬢様の長所と短所

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 契約が上手くいっていない時点で彼を連れて行っても、きっと『成功した』とは認められない。
 むしろ危険な相手を呼び出したと叱られてしまう可能性すらあります。
 ですが、公爵家が招いた先生たちを『悪い』と断言した彼なら、きっとわたしを魔法士にしてくれるはずです!

「召喚した相手を師に迎えるとは君は実に面白い発想の持ち主だね」

「だって、一週間暇でしょう?」

「む……」

「暇潰しにどうでしょう?」

「……私が詐欺師とは思わないのかね?」

「その時はその時です!」

「子供というのはどの世界でも強いものだね。可能性という凶器で大人わたしたちを脅かしてくる」

 胸を張る子供わたしに、少し困り顔でぼやかれます。
 ですが何と言われようとも構いません。
 わたしは、初めてわたしを認めてくれる彼だからこそ師事したいのですから。

「これだけの才を腐らせるのはもったいない、か……。いいだろう、召喚主きみの要請を聞き受けよう。
 しかし私を求める以上、どれほど困難であろうとも、君は私の期待に応えねばならない。君にその覚悟はあるかね?」

「あります! よろしくお願いします!」

 にこやかに差し出された手を取りました。

「よろしい。ではまず私の自己紹介から始めよう」

「あ……忘れていました……」

「そう、君のそういうところからだよ?」

「はい……すみません……」

 わたしは恥ずかしさに消え入りそうな声で俯きました。
 けれど、もてはやすでも、宥めるでも、ましてや蔑むでもなく、彼はにこやかに笑うだけ。
 今まで公爵家の名前で呼び出した、師と仰いだ方々とは何もかもが違います。

「では改めて。私はヴェルター=ファン=フリューリング。
 こことは異なる世界の住人に『救国の賢者』と呼ばれたその手腕、私を召喚した君のために揮ってみせよう」

 恐ろしく仰々しい称号に、頬が引きつりそうになるのを感じます。
 わたしってば、何て人に頼んだのだろう……期待と不安でいっぱいでした。
 しかし彼は気楽なもので、

「まずはお互いの呼び方を決めようか。お互い敬称を外した名前で構わないかな?」

 そんなことを仰います。
 教わるわたしは構わないのですが、そちらは年上で先生ですよね?
 こんな子供に呼び捨てにされてもいいのでしょうか。

「先生、だと問題がありますか?」

「学生なのだろう? 誰を呼びたいかわからなくなるよ。
 それに君は公爵家の一員だから、誰かに敬称を付けるのも変な印象を与えてしまう」

「えっと……今までの先生方はそうお呼びしてたのですが……」

「教育が行き届いているのか、下に見られているのかわからないね。
 どちらにしても、私を名前で呼んでおく方が後々・・良いこともあるだろう」

「? わかりましたヴェルター」

「分かってくれてよかったよティアナ」

 家族以外に名前を呼ばれてドキリとしたのは秘密です。

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 『異界の賢者ヴェルター』最初にわたしが指示されたのは、魔法のことではなく部屋の片付けでした。
 期限が一週間しかない中で、そんな時間はないと強く反対したのですが、ヴェルターは意思を曲げてはくれませんでした。

「君の疑問に答えよう」

 不貞腐れながらも手を動かすわたしに掛けられた言葉です。

「おっと、手を止めてはいけないよ。片付けをしながら私の話を理解をする訓練・・だ」

「それが目的ですか?」

「どうにも君は結論を急ぐ性格だね。それでは見落とすものも多いだろう」

「むぅ……」

「だから手を止めてはいけないと言っているだろう?」

 笑いながら指摘するのは、やはり過去に居ないタイプです。
 今までの方は叱責したり逆にもてはやしたりと極端でしたからね。
 気楽な反面、対応に困ってしまいます。

「では説明を始めるよ。
 君は集中力がありすぎる。これは利点であり弱点だ」

「無いよりあった方が良いのでは?」

「いいや? 適切な運用ができなければどちらも同じ意味になる。
 たとえば今のように・・・・・、話に集中すると片付けができない・・・・、みたいなことだね」

「えっ……」

 思わず声が漏れました。
 恥ずかしさに顔が熱くなり、誤魔化すように慌てて手を動かし始めます。

「何も片付けに限ったことではないはずだよ。
 誰にも真似できない集中力という武器は、こうして簡単に弱点にもなりえてしまう。
 ……ほら、今度は私の言葉を拾いきれなくなってきたんじゃないかな?」

「そ、そんなことはありません!」

「そうかな? ではこれから話すことを心に刻みなさい」

「はい!」

「手が止まっているよ?」

「えぇっ!?」

 このタイミングでフェイント!?
 焦るわたしはワタワタと片付けに意識を向けます。

「何かに集中すると周りが見えなくなる君は、君が思っている以上に不器用だ」

「は、はい!」

「ほら、魔法に関する機材や素材を一つにまとめてはいけないよ。
 ティアナはここにある素材全ての『組み合わせの結果』を把握していないだろう?」

「さすがにそこまでは……」

「そうだね。化合物同士の組み合わせまで考えれば膨大になるし、中には反応が劇的なものもあるかもしれない。
 『扱いが雑だった』なんて馬鹿らしい理由で暴発させてしまうような愚かな弟子になる可能性もあるわけだ。気をつけないとね?」

「そ、そうですよね!」

 あっちこっちに意識を向けて頭がぐるぐるしてしまう。
 ですが、ヴェルターの話はもっともなことばかりなので反論もできません。
 何で出逢ったばかりの彼がわたしのことをよく知っているのでしょうか!

「ただし君の才能にはその集中力も含まれるのも確かだね。
 今のように振り回されるのではなく、コントロールする術を手に入れられれば格段に世界が広がるはずだよ」

 ヴェルターの教えは納得のいくものではありましたが、そう簡単に実践できるものではありません。
 話しかけられる言葉に耳を傾けながらワタワタと片付けに勤しむわたしは、一人で何かするよりもずっと疲れ果ててしまいました。
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