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第二章:賢者の証明
仮想戦場
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ヴェルターの誘いを受けて周囲と比べて一段高い闘技場に近付きました。
真剣勝負の場だと思い知らされるように、無骨でピリッとした空気を感じます。
「さながら『仮想戦場』と言ったところでしょうか」
「え、仮想……ですか?」
「魔力による判定に限り、死者も怪我人も出ない恵まれた場所だからね」
「訓練には良いのでは?」
「慣れさえしなければ、と注釈が付いてしまうけれどね」
舞台に上がったアミルカーレ様へ視線を向けて静かに答えてくれました。
わたしもつられてヴェルターが仮想戦場と呼んだ舞台を見ると、準備はまだ整っていないようでした。
外から見ると普段なら薄い透明なカーテンが掛かったように見えますからね。
「アミルカーレ様、決闘の準備をお願いします」
「やる気は十分か。では術式を起動しろ」
この景色はいつ見ても幻想的で、寒い地域で見られるオーロラに似ていると聞いたことがあります。
上からゆっくりと降りてくる術式を眺めていると、不意にヴェルターがわたしの腕を掴んで引き寄せました。
思わず「きゃっ」と声を上げてしまいます。
「ティアナ、登っておいで」
「なっ、! 貴様、ティアナ様に狼藉を働いたな!?」
「まさか。私が教え子に手をあげるはずがないでしょう?」
「ならその手は何だ!!」
「これですか? 証明ですよ」
「証明?」
「えぇ、ティアナには魔力があるっていうね」
「何を意味の分からぬことを!!」
ヴェルターに引かれて登った闘技場に、すとんと腰を落とす。
わたしに魔力がある?
工房で聞かされた時ははしたなくも喜んで飛び上がってしまいました。
けれど召喚獣が目の前に居る以外の実感はありません。
感覚的には事故に近いので余計に薄かったのだと思います。
それが証明される……?
割り込んで来ようとするアミルカーレ様を無視して、前のめりでヴェルターに詰め寄り叫んでしまいます。
「本当ですかヴェルター!!」
「ティアナ様!?」
「えぇ、本当ですよ。その代わり覚悟してください。
ティアナ、君はすぐに限界を迎え、実感と共に立ち上がることも困難になりますからね」
「その程度のことでしたら構いません! 今すぐよろしくお願いします!」
「では講義を始めよう」
術式のカーテンが降り切り、周囲の配色が移り変わる幻想的な光景に支配されました。
まだかまだか、とうきうきしながらヴェルターを眺め……はれ?
おかしい……。身体がうごかな……。
縋る力も抜けて頭も回らなく……なんで、さっきまで元気だったのに……?
「よくがんばったね、ティアナ。後はゆっくりお休み?」
「ヴぇる、た……ーぁ?」
「ティ、ティアナ様!!」
「しっ。静かに。アミルカーレ様、ティアナは今、ようやく魔法士に近付いたのですよ」
「はぁ?! それより救護を!!」
「必要ありません」
ぴしゃりとアミルカーレ様に言い放ったヴェルターの声が耳に入って――
先ほどまで支えていてくれたヴェルターの感触が消えました。
力が抜けたわたしは、自分を支えられずに身体が地面に投げ出されるのを感じます。
地面から伝うひんやりとした熱を頬に感じ、薄く眼を開けると景色が変わっていました。
ここは……?
いえ、わかります。
だってこれは……壇上に上がる前にわたしが居た外周ですから。
そして少し先でヴェルターがこちらを見て微笑んでいます。
「この仮想戦場の魔法は、範囲内に居る者の魔力を感知・分析するという。
そして魔力が枯渇すると弾き出される仕様で、逆に考えれば『魔力がある状態』ならば居続けられるとも言える」
「そ、れが……?」
「既に答えは出ているのだけれど……ではもう少し回り道をしようか。
この仮想戦場の術式はね、場にルールを設けるものです。
ルール一、攻撃の際には魔力を必要とする。ルール二、被弾した分だけ魔力を消失する。ルール三、魔力が尽きたら外へと移動する。
ではこのルールを守る上で必要なことは何か……それは『魔力の残量をいかにして測るか』に集約されるのです」
「何をごちゃごちゃと……」
「せっかくですから、アミルカーレ様も聞いていてください。損にはなりませんよ?」
「アミ、るカーれ、様。わた、しに免じて少、しお時、間を……」
「わ、分かりました。ティアナ様がそう仰るのでしたら……」
「では続きを。
これら三つのルールを実現するには、どんな場面でも魔力を計測していると考えるのが自然でしょう。
しかし動き回る相手の魔力を捕捉し続けるのは至難の業……ですが、『魔力を奪う』との一点に絞れば随分と話が変わります」
魔力を奪うってどうやって?
誰が? 何の目的で?
ヴェルターの心地いい声を聞きながら疑問は増えていきます。
「そもそも仮想戦場の魔法を起動する原動力は何か」
「周囲の魔力だと言っているだろう!」
「えぇ、その通りです。けれどそれだけでは周囲の魔力を吸い上げてしまうと術式が急に壊れ、死傷者が生まれる可能性はありませんか?」
「……何が言いたい」
「場の起動には周囲の魔力を利用します。
しかし『維持』には範囲内に存在する者から魔力を供給してもらっているのです。
つまりこの場に立つには『魔力持ち』でなくてはならず、常時魔力を奪われる環境でも耐えられねばなりません」
「馬鹿な! たとえ新入生でも問題なく使えるのだぞ!」
「ここは最低限の魔力を持っていなくては入れない『魔法学園』でしょう?
新入生だから、とその保有量を疑問視するのはおかしな話ですよ……ティアナを除いて、ですがね」
悪気のないヴェルターの言葉が『ヴァルプルギス家の令嬢』の特別枠で学園に入ったわたしの心にぐさりと刺さる。
アミルカーレ様はこちらを見てもくれず、ヴェルターを凝視しています。
「もう少しだけ仕組みを解析しましょう。
仮想戦場の起動と共に我々は『魔力の膜』を纏い、維持には当人が『魔力の支払い』を強制されます。
攻撃時にはこの膜を削るために魔力を必要とし、防御時には削られまいと出力を上げて反発し、消費魔力が跳ね上がるわけです」
「……なるほど、理屈は合っていそうだ。
だがそれとティアナ様が苦しげにしていることに何の関係がある!」
「ティアナはそろそろ分かったようですね」
「その、『魔、力の膜』が、無くな、ったら追い出される……?」
「素晴らしい。正解です」
「だからどうだというのだ!」
「ティアナが私と共にしばらくこの場に立っていられたのは、短いながら膜を維持できる魔力を持つ証拠です。
今朝説明したように、人は無意識に魔力を利用しているため、底をつくと呼吸の乱れ、脱力、思考力の低下といった『魔力欠乏』の症状が現れます」
「で、では…?」
「えぇ、これらの状況と得られた結果、現在の症状から、ティアナは確実に魔力を保有しています。君は今、魔法士として一歩を踏み出したのですよ」
ヴェルターの断言に、わたしの視界はスカッと晴れていきます。
いえ、今も頭は重く、ぼんやりしたままなのですが……そう、心に積もっていた澱みのようなものが無くなった気がしました。
真剣勝負の場だと思い知らされるように、無骨でピリッとした空気を感じます。
「さながら『仮想戦場』と言ったところでしょうか」
「え、仮想……ですか?」
「魔力による判定に限り、死者も怪我人も出ない恵まれた場所だからね」
「訓練には良いのでは?」
「慣れさえしなければ、と注釈が付いてしまうけれどね」
舞台に上がったアミルカーレ様へ視線を向けて静かに答えてくれました。
わたしもつられてヴェルターが仮想戦場と呼んだ舞台を見ると、準備はまだ整っていないようでした。
外から見ると普段なら薄い透明なカーテンが掛かったように見えますからね。
「アミルカーレ様、決闘の準備をお願いします」
「やる気は十分か。では術式を起動しろ」
この景色はいつ見ても幻想的で、寒い地域で見られるオーロラに似ていると聞いたことがあります。
上からゆっくりと降りてくる術式を眺めていると、不意にヴェルターがわたしの腕を掴んで引き寄せました。
思わず「きゃっ」と声を上げてしまいます。
「ティアナ、登っておいで」
「なっ、! 貴様、ティアナ様に狼藉を働いたな!?」
「まさか。私が教え子に手をあげるはずがないでしょう?」
「ならその手は何だ!!」
「これですか? 証明ですよ」
「証明?」
「えぇ、ティアナには魔力があるっていうね」
「何を意味の分からぬことを!!」
ヴェルターに引かれて登った闘技場に、すとんと腰を落とす。
わたしに魔力がある?
工房で聞かされた時ははしたなくも喜んで飛び上がってしまいました。
けれど召喚獣が目の前に居る以外の実感はありません。
感覚的には事故に近いので余計に薄かったのだと思います。
それが証明される……?
割り込んで来ようとするアミルカーレ様を無視して、前のめりでヴェルターに詰め寄り叫んでしまいます。
「本当ですかヴェルター!!」
「ティアナ様!?」
「えぇ、本当ですよ。その代わり覚悟してください。
ティアナ、君はすぐに限界を迎え、実感と共に立ち上がることも困難になりますからね」
「その程度のことでしたら構いません! 今すぐよろしくお願いします!」
「では講義を始めよう」
術式のカーテンが降り切り、周囲の配色が移り変わる幻想的な光景に支配されました。
まだかまだか、とうきうきしながらヴェルターを眺め……はれ?
おかしい……。身体がうごかな……。
縋る力も抜けて頭も回らなく……なんで、さっきまで元気だったのに……?
「よくがんばったね、ティアナ。後はゆっくりお休み?」
「ヴぇる、た……ーぁ?」
「ティ、ティアナ様!!」
「しっ。静かに。アミルカーレ様、ティアナは今、ようやく魔法士に近付いたのですよ」
「はぁ?! それより救護を!!」
「必要ありません」
ぴしゃりとアミルカーレ様に言い放ったヴェルターの声が耳に入って――
先ほどまで支えていてくれたヴェルターの感触が消えました。
力が抜けたわたしは、自分を支えられずに身体が地面に投げ出されるのを感じます。
地面から伝うひんやりとした熱を頬に感じ、薄く眼を開けると景色が変わっていました。
ここは……?
いえ、わかります。
だってこれは……壇上に上がる前にわたしが居た外周ですから。
そして少し先でヴェルターがこちらを見て微笑んでいます。
「この仮想戦場の魔法は、範囲内に居る者の魔力を感知・分析するという。
そして魔力が枯渇すると弾き出される仕様で、逆に考えれば『魔力がある状態』ならば居続けられるとも言える」
「そ、れが……?」
「既に答えは出ているのだけれど……ではもう少し回り道をしようか。
この仮想戦場の術式はね、場にルールを設けるものです。
ルール一、攻撃の際には魔力を必要とする。ルール二、被弾した分だけ魔力を消失する。ルール三、魔力が尽きたら外へと移動する。
ではこのルールを守る上で必要なことは何か……それは『魔力の残量をいかにして測るか』に集約されるのです」
「何をごちゃごちゃと……」
「せっかくですから、アミルカーレ様も聞いていてください。損にはなりませんよ?」
「アミ、るカーれ、様。わた、しに免じて少、しお時、間を……」
「わ、分かりました。ティアナ様がそう仰るのでしたら……」
「では続きを。
これら三つのルールを実現するには、どんな場面でも魔力を計測していると考えるのが自然でしょう。
しかし動き回る相手の魔力を捕捉し続けるのは至難の業……ですが、『魔力を奪う』との一点に絞れば随分と話が変わります」
魔力を奪うってどうやって?
誰が? 何の目的で?
ヴェルターの心地いい声を聞きながら疑問は増えていきます。
「そもそも仮想戦場の魔法を起動する原動力は何か」
「周囲の魔力だと言っているだろう!」
「えぇ、その通りです。けれどそれだけでは周囲の魔力を吸い上げてしまうと術式が急に壊れ、死傷者が生まれる可能性はありませんか?」
「……何が言いたい」
「場の起動には周囲の魔力を利用します。
しかし『維持』には範囲内に存在する者から魔力を供給してもらっているのです。
つまりこの場に立つには『魔力持ち』でなくてはならず、常時魔力を奪われる環境でも耐えられねばなりません」
「馬鹿な! たとえ新入生でも問題なく使えるのだぞ!」
「ここは最低限の魔力を持っていなくては入れない『魔法学園』でしょう?
新入生だから、とその保有量を疑問視するのはおかしな話ですよ……ティアナを除いて、ですがね」
悪気のないヴェルターの言葉が『ヴァルプルギス家の令嬢』の特別枠で学園に入ったわたしの心にぐさりと刺さる。
アミルカーレ様はこちらを見てもくれず、ヴェルターを凝視しています。
「もう少しだけ仕組みを解析しましょう。
仮想戦場の起動と共に我々は『魔力の膜』を纏い、維持には当人が『魔力の支払い』を強制されます。
攻撃時にはこの膜を削るために魔力を必要とし、防御時には削られまいと出力を上げて反発し、消費魔力が跳ね上がるわけです」
「……なるほど、理屈は合っていそうだ。
だがそれとティアナ様が苦しげにしていることに何の関係がある!」
「ティアナはそろそろ分かったようですね」
「その、『魔、力の膜』が、無くな、ったら追い出される……?」
「素晴らしい。正解です」
「だからどうだというのだ!」
「ティアナが私と共にしばらくこの場に立っていられたのは、短いながら膜を維持できる魔力を持つ証拠です。
今朝説明したように、人は無意識に魔力を利用しているため、底をつくと呼吸の乱れ、脱力、思考力の低下といった『魔力欠乏』の症状が現れます」
「で、では…?」
「えぇ、これらの状況と得られた結果、現在の症状から、ティアナは確実に魔力を保有しています。君は今、魔法士として一歩を踏み出したのですよ」
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