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第三章:賢者の試行錯誤
魔法講義と山登り
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わたしの隣を悠然と歩く賢者はとても恐ろしい。
だって図書館の一角を一周しただけで貸し出しのために受付に提出したのですから。
わたしは選んでいる様子も、棚から引き抜いた場面も、ましてや本を抱えて歩いていた光景も知りません。
どうやったのかを訊ねると、棚に入ったままの本から選んでおき、受付で手元に転移させたのです。
何を言っているか? えぇ、わたしにも分かりません。
これって『簡単に盗めるよ』とわたしに指摘しているようなものですよね。
いえ、一応受付の手前で本を抱えていたので配慮はあるようですが。
それでも重量を軽減させる魔法を使っていたようで、重さを感じさせませんでしたよ。
本当にいろいろと非常識のオンパレードです。
ちなみに持ち帰った本はどこかへ納まって消えていました……ちゃ、ちゃんと帰ってきますよね?
そして大した説明も無いまま着替えさせられ、さらに『斜面の多い未開の森』への案内を指示されたのです。
長い髪をまとめて動きやすい恰好になったわたしは、何をするのかおぼろげながら予想が付いてはいました。
最初に約束した通り、ヴェルターの求めるところまで食らいつかねばなりません。
しかし、まさか「走りながら講習と行こうか」の言葉と共に追いかけられるとは思ってもみませんでした。
「魔力とは何だろうか」
とは、学園内にある起伏溢れる未舗装の山に踏み入れ、少し息が弾み始めたころにわたしの背中に掛けられた質問です。
もちろん問いかけたのは涼しい顔で、先ほど図書館で借りた本を片手にわたしを追いかけるヴェルターその人。
ちらりと後ろを見て『なんて器用なんだ』と戦慄するわたしは、足を止めずに少し考えてから答えます。
「世界に溢れる力の総称、ですね」
「もう少し詳しくいえるかな?」
「……そう教わっています」
「そうか。だがティアナはその程度の理解では足りないね」
「ではこの後で勉強ですか?」
「いいや? 勉強はこのまま続けるよ」
え、山を登りながら?
運動しながら考えるのですか?
……あ、もしかしてひとつのことに夢中になるわたしに合わせた訓練かもしれませんね。
「これはティアナの少ない魔力を増やす訓練だよ」
「本当ですか?!」
「本当だとも。君は私を召喚するほど技術的にも知識的にも足りている。
唯一欠けている魔力量も、道具で補うことで対応したのだから、求められているものは明確だ」
「でも、でもっ! 今までどれだけ……っ!」
「興奮するのは分かるけれど足が止まっているよ。
思考するのも感情的になることも構わない。けれど夢中になりすぎてはいけない」
今朝言われた『二つのことができない』という弱点を思い出す。
魔力も無ければ器用さも……とへこむところへヴェルターが「早く足を動かしなさい」と追い立てる。
背を押されて足を上げるわたしに
「これらはすべて魔法を扱う訓練だ。遊んでいるとは思っていないけれど、私が居る間に魔法が使いたいなら急いだ方が良いね」
「はいっ!」
「心地いい返事をありがとう。では続きだ。
魔力はそれ単体では何にもならない。世界を構成する単なる要素の一つだ」
「何にもならない?」
「大気に満ちる魔力……『魔素』がいきなり燃えたりするかい?」
「しませんね……」
「勝手に風を生んだり、水を滴らせたり、地面が隆起したりすることなどないだろう?
だから誰も何もしなければ、魔力は『ただあるだけ』の存在で、必ず魔力へ干渉する手順が必要になる」
となると魔力は、火を起こすためのマッチ、維持するための薪、といった『素材』と考えれば良いのでしょうか。
けれどそれがどういう意味を……背を押される感触と「ティアナ、遅くなっているよ」の声で慌てて顔を上げて踏み出します。
考えなければ見放され、速度が落ちれば手抜きと思われる……。
うぅ……やっていることは単純なのに、なんてわたしに合わない方法なのでしょうか。
「がんばります!」
「では講義を続けよう。
ふとした、何かの偶然が重なった瞬間、世界に満ちる魔力が使われ、思いもよらぬ現象が発生する。
これは自然現象であり、原始的な魔法でもある『摂理』と呼ばれ、この法則を読み解いて技術に落としたものが魔法になる」
「あれ、でも……」
「疑問は解消しなくてはならないよ」
「あ、はいっ! 魔力だけでは何も起きないのに『思いもよらぬ現象が発生する』のは変じゃないですか?」
「そうだね。だから世界中で潤沢にある魔力の本質は『変質性の高さ』と言えるだろう。
魔素が勝手に何か悪さをすることはないが、その万能に近しい代替能力を持つが故に何物にも変化する。
ある意味私たちは常に燃えやすい『油紙』に囲まれているようなもので、非常に危険な世界で生きているともいえるだろう」
これが基礎のお話ですか?
魔素の研究もしているはずですが、習った覚えがありません。
学生では必要のない知識?
いえ……でも知っているだけで周囲の魔素の使い方が変わりそうな……。
あ、もしかして魔素っていう希薄な魔力を感じられるから、ヴェルターはごくごく薄い『魔力の膜』に気付けた?
「潜在的に持ち得る魔力の有無は『運』になる」
考えに沈むわたしに、そんな暴力的な言葉が耳に入ってきました。
意表を突かれた空虚なわたしの口から「え?」と零れ落ちた。
「当然、家系的に持ちやすくもなるし、資質も備わる。
才能を掛け合わせている以上、そうなってもらわねば困るというものだしね」
積み上げられる『できない理由』に、背後のヴェルターに振り返った。
驚く素振りもなく、視線を受け止めてくれる……けれど、そんなことに構っていられる余裕がない。
「ではわたしはもう魔法を使えない……?」
「まさか。使えないのならばこんなことをさせるはずがないよ。異界の賢者が先生に付いているティアナは運がいいよ?」
わたしの不安を吹き飛ばすかのように笑う。
たった半日一緒に行動しただけでわたしの技術を認めてくれ、魔力があることも証明してくれた。
誰もが『ティアナは魔法が使えない』と信じているのに、ヴェルターはその常識を覆す方法を教えてくれる。
誰もわたしを認めてくれなかったのに、異界の賢者を名乗る彼だけは違う。
待ち望んで手を伸ばし続けた結果だけれど、こんなにも幸運な巡り合わせはあるだろうか……。
うるり、と視界が滲むのを感じながら前を向いた。
ヴェルターを失望させないように。
賢者が胸を張ってわたしを弟子だといえるように。
わたしは斜面に向けて足を踏み出した。
だって図書館の一角を一周しただけで貸し出しのために受付に提出したのですから。
わたしは選んでいる様子も、棚から引き抜いた場面も、ましてや本を抱えて歩いていた光景も知りません。
どうやったのかを訊ねると、棚に入ったままの本から選んでおき、受付で手元に転移させたのです。
何を言っているか? えぇ、わたしにも分かりません。
これって『簡単に盗めるよ』とわたしに指摘しているようなものですよね。
いえ、一応受付の手前で本を抱えていたので配慮はあるようですが。
それでも重量を軽減させる魔法を使っていたようで、重さを感じさせませんでしたよ。
本当にいろいろと非常識のオンパレードです。
ちなみに持ち帰った本はどこかへ納まって消えていました……ちゃ、ちゃんと帰ってきますよね?
そして大した説明も無いまま着替えさせられ、さらに『斜面の多い未開の森』への案内を指示されたのです。
長い髪をまとめて動きやすい恰好になったわたしは、何をするのかおぼろげながら予想が付いてはいました。
最初に約束した通り、ヴェルターの求めるところまで食らいつかねばなりません。
しかし、まさか「走りながら講習と行こうか」の言葉と共に追いかけられるとは思ってもみませんでした。
「魔力とは何だろうか」
とは、学園内にある起伏溢れる未舗装の山に踏み入れ、少し息が弾み始めたころにわたしの背中に掛けられた質問です。
もちろん問いかけたのは涼しい顔で、先ほど図書館で借りた本を片手にわたしを追いかけるヴェルターその人。
ちらりと後ろを見て『なんて器用なんだ』と戦慄するわたしは、足を止めずに少し考えてから答えます。
「世界に溢れる力の総称、ですね」
「もう少し詳しくいえるかな?」
「……そう教わっています」
「そうか。だがティアナはその程度の理解では足りないね」
「ではこの後で勉強ですか?」
「いいや? 勉強はこのまま続けるよ」
え、山を登りながら?
運動しながら考えるのですか?
……あ、もしかしてひとつのことに夢中になるわたしに合わせた訓練かもしれませんね。
「これはティアナの少ない魔力を増やす訓練だよ」
「本当ですか?!」
「本当だとも。君は私を召喚するほど技術的にも知識的にも足りている。
唯一欠けている魔力量も、道具で補うことで対応したのだから、求められているものは明確だ」
「でも、でもっ! 今までどれだけ……っ!」
「興奮するのは分かるけれど足が止まっているよ。
思考するのも感情的になることも構わない。けれど夢中になりすぎてはいけない」
今朝言われた『二つのことができない』という弱点を思い出す。
魔力も無ければ器用さも……とへこむところへヴェルターが「早く足を動かしなさい」と追い立てる。
背を押されて足を上げるわたしに
「これらはすべて魔法を扱う訓練だ。遊んでいるとは思っていないけれど、私が居る間に魔法が使いたいなら急いだ方が良いね」
「はいっ!」
「心地いい返事をありがとう。では続きだ。
魔力はそれ単体では何にもならない。世界を構成する単なる要素の一つだ」
「何にもならない?」
「大気に満ちる魔力……『魔素』がいきなり燃えたりするかい?」
「しませんね……」
「勝手に風を生んだり、水を滴らせたり、地面が隆起したりすることなどないだろう?
だから誰も何もしなければ、魔力は『ただあるだけ』の存在で、必ず魔力へ干渉する手順が必要になる」
となると魔力は、火を起こすためのマッチ、維持するための薪、といった『素材』と考えれば良いのでしょうか。
けれどそれがどういう意味を……背を押される感触と「ティアナ、遅くなっているよ」の声で慌てて顔を上げて踏み出します。
考えなければ見放され、速度が落ちれば手抜きと思われる……。
うぅ……やっていることは単純なのに、なんてわたしに合わない方法なのでしょうか。
「がんばります!」
「では講義を続けよう。
ふとした、何かの偶然が重なった瞬間、世界に満ちる魔力が使われ、思いもよらぬ現象が発生する。
これは自然現象であり、原始的な魔法でもある『摂理』と呼ばれ、この法則を読み解いて技術に落としたものが魔法になる」
「あれ、でも……」
「疑問は解消しなくてはならないよ」
「あ、はいっ! 魔力だけでは何も起きないのに『思いもよらぬ現象が発生する』のは変じゃないですか?」
「そうだね。だから世界中で潤沢にある魔力の本質は『変質性の高さ』と言えるだろう。
魔素が勝手に何か悪さをすることはないが、その万能に近しい代替能力を持つが故に何物にも変化する。
ある意味私たちは常に燃えやすい『油紙』に囲まれているようなもので、非常に危険な世界で生きているともいえるだろう」
これが基礎のお話ですか?
魔素の研究もしているはずですが、習った覚えがありません。
学生では必要のない知識?
いえ……でも知っているだけで周囲の魔素の使い方が変わりそうな……。
あ、もしかして魔素っていう希薄な魔力を感じられるから、ヴェルターはごくごく薄い『魔力の膜』に気付けた?
「潜在的に持ち得る魔力の有無は『運』になる」
考えに沈むわたしに、そんな暴力的な言葉が耳に入ってきました。
意表を突かれた空虚なわたしの口から「え?」と零れ落ちた。
「当然、家系的に持ちやすくもなるし、資質も備わる。
才能を掛け合わせている以上、そうなってもらわねば困るというものだしね」
積み上げられる『できない理由』に、背後のヴェルターに振り返った。
驚く素振りもなく、視線を受け止めてくれる……けれど、そんなことに構っていられる余裕がない。
「ではわたしはもう魔法を使えない……?」
「まさか。使えないのならばこんなことをさせるはずがないよ。異界の賢者が先生に付いているティアナは運がいいよ?」
わたしの不安を吹き飛ばすかのように笑う。
たった半日一緒に行動しただけでわたしの技術を認めてくれ、魔力があることも証明してくれた。
誰もが『ティアナは魔法が使えない』と信じているのに、ヴェルターはその常識を覆す方法を教えてくれる。
誰もわたしを認めてくれなかったのに、異界の賢者を名乗る彼だけは違う。
待ち望んで手を伸ばし続けた結果だけれど、こんなにも幸運な巡り合わせはあるだろうか……。
うるり、と視界が滲むのを感じながら前を向いた。
ヴェルターを失望させないように。
賢者が胸を張ってわたしを弟子だといえるように。
わたしは斜面に向けて足を踏み出した。
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