落ちこぼれ貴族は召喚した賢者に愛されています

もやしいため

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第五章:魔法士の産声

念願の魔法

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 会場から借家に戻っていそいそと着替えたわたしは、ヴェルターにコートを返してようやくホッと一息入れられました。
 今にも倒れてしまいそうなくらい身体中が気だるいのに、気持ちが高ぶっているからか眠れる気がしません。

 大会終了からさほど経っていないこともあって時刻はまだお昼を過ぎたあたり。
 それでも過保護なヴェルターの手によってベッドに寝かされて布団までかけられています。
 大人しく横になる代わりに、ヴェルターの「今は休みなさい」という優しい言葉を断って、これまでのことを教えてもらっていました。

 わたしの記憶が抜け落ちている間のことをヴェルターがやや上機嫌で得意気に話してくれますが、どれもやはり心当たりがありません。
 聞けば聞くほどおとぎ話の主人公の名前をわたしに変えたかのようで、実感もなければ親近感も沸きません。

 いえ、ヴェルターを疑うのではなく、ただわたし自身に起きたとは思えないだけですよ?
 けれど勝ち上がっている事実がある以上、真実なのでしょうね。
 だってさっきアミルカーレ様の従者アトリが、彼から優勝のお祝いの手紙を預かってきてくれましたし。

 ともあれ、昨日は一戦目の終わりには記憶が不確かになっていて。
 二戦目なんてまったく記憶にありません。

 ヴェルターによると開始直後に接近するのは同じですが、這うような姿勢は四つ足の獣を思わせるものだと言われました。
 それも横殴りの打撃と踏みつけによる制圧だったらしく、金獅子きんじしの名前に似合う戦いぶりだったとか……。
 もちろん今日の決勝戦は会場に行ったくらいしか覚えていませんし、わたしは夢遊病かなにかですか?

 何より

「え、わたしが魔獣に?」

「素体がひとの身であれほどの存在へ変質するとはすさまじいの一言だよ」

「それって褒められているのでしょうか……無意識でしたよ?」

「褒めるというレベルでは表現しきれないほどの賞賛を君に送りたいものだよ?」

「え、そうなんですか?」

 ことあるごとに褒めてくれるヴェルターですが、なんだか今回は格が違うようでした。
 どれもこれも意識のないわたしへのものなので、とても釈然としませんけれど。

「施した《神気剥奪アグニ》によってもたらされた魔力はティアナの体内へと貯蔵される。
 使用に慣れない君は、消費することもできずに溜め続け、どこかで暴発してしまうはずだった」

「え、わたし爆発する予定だったのですか?」

「比喩だけれどね。そもそもティアナの魔力の器は小さく、流す管は細すぎた。
 育てるには膨大な時間が掛かるのであれば、一度強制的に引き伸ばして修復するのが近道だ。
 これは魔力的に大きな負担を強いるため、最悪再起不能に陥ることさえある危険な手法でもある」

「改めて説明されると本当に無茶な方法だったんですね。それであんなに重ねて確認をされていたのですか?」

「そうだね。人は無意識に魔力を使っていると説明したように、魔力と肉体は密接に絡み合っている。この場合の『再起不能』は身体にも多大な影響を与えることになるのだよ」

 説明が多いなと思っていたのは間違いでは無かったようです。
 聞き流していたわけではありませんが、魔法を使いたいと願うわたしが再起不能なのはためら……うことはありませんね。
 今使えないものを未来で使えなくなるかもしれない、なんて言われても意味がありませんし。

「それはさておき、話を戻そう。
 ティアナは魔力を消費もできずに溜める一方だ。小さな器はすぐに一杯になるが、今度は君の強度が高すぎた」

「わたしってとっても頑丈だったんですね」

 うんうんと相槌を打ちますが、おかしいな。頑丈って女性に対しての言葉ではありませんよね?
 もっと無骨な道具のような……褒められているんでしょうか?

「その通り。私の予想では予選の一試合目で許容量を超えていたはずだった。
 いや、現に試合の途中から意識も不確かになり、ここに戻るまでに昏倒していたからね。
 予想を外していたわけではなく、間違いなく許容限界を越えていた。けれど・・・ティアナは耐え切った。
 旅行かばんに衣類を目一杯詰め込んだようなもので、普通ならボタンが止まらないはずなのに、君の容器かばんは頑丈で閉じてしまえたわけだ」

「えっと……良いことなんでしょうか?」

「本来なら良いことだよ。頑丈であればそれだけ魔力なかみへの干渉を防げるからね」

 本来なら、ということは今回は駄目だったんでしょうか。
 再起不能の言葉が頭をよぎり、少し震えを感じます。

「けれど今回は裏目に出てしまった。
 先ほど旅行かばんにたとえたが、君は布ではなくさながら金属製の箱だと言える。
 どれだけ軋みを上げても曲がることも伸びることもなく、ただひたすらに耐えられてしまうのだからね。

 しかしそうなると困るのは魔力を精製して高純度にもできない君自身。単に圧を掛けて密度を上げただけになった魔力の行き先だ。
 まず一般的に無意識に発動する身体強化による消費に回され、肉体の性能が劇的に向上する恩恵は『アイナ=プレアム』以降、顕著に現れ始めた」

「アイナ=プレアム……魔獣退治する本戦で戦った方ですか?」

「彼女はこれまでの相手とは比較にならないほど強かったはずだ。
 速度や膂力は言うに及ばず、瞬間的な判断力やイレギュラーへの対策などは学生の範疇を超えることだろう。
 儀礼的・騎士的な戦いをするアミルカーレ様とは違い、もっと実戦的で泥臭い生き残る戦い・・・・・・をする相手に見えた」

 そうでしたっけ。何だか遅く感じましたが……?
 自信満々の割に簡単に捕まえられましたよね。

「そんな力と技術で圧倒されるべき相手を、君はあっさり引き倒して《神気剥奪アグニ》で抑え続けたわけだ」

「まるでわたしが負ければよかったみたいな言い方はイジワルです」

「言葉が悪かったかかもしれないね。
 けれど練り上げられた彼女の性能を凌駕するにはあのときのティアナではほぼ無理だったんだよ。
 それを苦もなく抑え続けられたのは、魔力を強化に割り振って消費している証拠だろう。

 そして――そこからが君が君らしく・・・・変質した瞬間・・・・・・でもある」

 優しげだった目は真剣味を帯び、わたしを見つめてきます。
 そうですか、ここからが講義せつめいの本番なのですね。
 わたしは改めて背筋を伸ばしました。

 ヴェルター以外の相手から聞かされたのなら、ただの説明でしかないのでしょう。
 けれど彼が話す言葉は一つ一つに力があり、耳を傾けてしまう魅力がありました。

 いわく、扱いきれぬ強大な魔力を押さえつけ、さらに指向性を持たせる意思力を持ちえた。
 いわく、ゆえに身体強化は前座でしかなく、目的は身体改造にこそあった。
 いわく、時間を経るごとに溢れ出そうな魔力の器に等しい変質化の準備を進めていた。
 いわく、極め付けが決勝戦の相手が発した『金獅子きんじし』の言葉ワードで《自己改造コンバージョン》を行使した。
 いわく、金獅子へんしつ化と共に荒れ狂っていた体内の魔力を掌握し、魔法と体躯の強化へと割り振った。
 いわく、金獅子きんじしの間は複数の攻撃魔法・・・・を使用していた。
 いわく―――

「え゛っ……わたし攻撃魔法を使ってたんですか?!」

「《自己改造コンバージョン》まで使用した中に、いまさら攻撃魔法が増えたところで何を驚くことが?」

 ふんふんと相槌を打っていた中にさらりと入ってきた魔法使用を指摘され変な声が出ちゃいました。
 いや、確かに金獅子きんじしに変身したのは衝撃的ですよ?
 魔法がなくてはなしえないことですし……けれど意識もないし、余りに実感がなくて喜ぶのも変な感じでした。
 というか、わたしからすると比較対象が高すぎて分からないんですよね。
 伯爵と公爵での違いが、見上げる領民たちは『貴族様』と言って区別できないような感じで……けれど最も一般的ポピュラーな攻撃魔法を使えるとなると話が変わってきます。

「ともあれ、ティアナは魔法も使う魔物の体躯へと《自己改造コンバージョン》されたのを、元の身体に戻したわけだが――」

「そのせいで魔法が使えなくなった?!」

「結論を急ぐのは君の悪い癖だ。むしろ魔法を使えるようになったはずだよ?」

「『魔力ちからを燃やせ』。《灯火トーチ》!!」「《冷却フリーズ》」

「きゃっ冷たい?! な、何するんですか?!」

 わたしの詠唱にかぶせるように唱えられた魔法で周りごと一気に冷やされました。
 無詠唱って反則だと思うのですよ!

「まずは落ち着きなさい。いくら初歩でも魔法初心者の君では暴発してしまうよ」

「暴発――ということは、つまり魔法は使えるということですね!?」

「だから最初からそう伝えているだろう?」

「やったぁぁぁぁああああ!!!」

 毎日のように決断を迫られ、驚きと確信を得ながら無茶をした五日間!
 ヴェルターに師事してたったの五日で魔法習得ですよ!
 本当に、彼に頼んでよかった!

「私を召喚したときと同じテンションになってしまったな」

 やれやれ、とヴェルターが息を吐く姿が見えますが関係ありません。
 こんなにもうれしいことがあれば仕方ありませんよ!
 こうなると早く魔法を使ってみたくてうずうずしてしまいますね!

 そんな浮かれるわたしに、ヴェルターは「実のところ」いう前置きを入れて話し始めたのは衝撃的なものでした。
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