君に不幸あれ。

ぽぽ

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「そういえばさ、静って昼飯食べないの? 友達とかとさ。
いつもここにいるでしょ?」


あまりにも無邪気で、だからこそ残酷な質問だった。
昼休みの校舎裏は、木々の影が落ちていて、人の気配も少ない。静にとっては唯一、安心できる場所だった。だがその静けさを切り裂くように、玲は何の悪意もなく問いかけてくる。

静は一拍置き、胸の奥に込み上げてきたものを押し殺してから、できるだけ平静を装って答えた。


「……友達とは、あんまり食べないよ。一人の時間も好きだから」


言葉が喉を通るたびに、心のどこかが軋んだ。
嘘だった。本当は友達なんて一人もいない。一緒に昼食を食べてくれる相手も、声をかけてくれる人も。教室ではいつも一人で、視線を伏せて時間が過ぎるのを待っているだけだ。

それでも、玲にだけは知られたくなかった。
“可哀想な人”“惨めな人”として見られるのが、何よりも怖かった。


「そうなんだあ。でも、わかるよ。俺も一人の時間、好きだから」

「……そう、なんだ……」


玲はいつも明るくて、人懐っこくて、自然と人の輪の中心にいるような存在だ。そんな彼が「一人が好き」だと言うことが、少し意外で、静は思わず目を瞬かせた。

そして、次の瞬間、嫌な考えが頭をよぎる。


「……もしかして、僕、ここにいない方がよかった?」

「え? なんで?」

「だって、玲くんは一人になりたいから、ここに来てるんじゃ……」


言い終わらないうちに、玲はきょとんとした顔をしてから、困ったように笑った。


「違うよ。何言ってんの?」


そして、少しだけ身を乗り出して続ける。


「逆に俺、邪魔じゃない?
静が一人でいたいのに、俺がいるからうるさいとかさ」


静は慌てて、勢いよく首を振った。


「ち、違う……!」


声が裏返りそうになるのを必死で抑える。


「俺も静と同じ気持ちだよ。
静といるのが楽しいから、ここに来てるんだ」


胸の奥で、小さく、でも確かな音が鳴った。
それは期待であり、喜びであり、そして少しの恐怖だった。

でも、勘違いしちゃだめだ。

玲は優しい人だから。誰にでも同じように接する人だから。
特別な意味なんて、きっとない。

そう何度も自分に言い聞かせる。


「でもさ、静って、いつも何も食ってなくない?
昼飯、どうしてんの?」

「あ、それは……早弁したんだ」


また嘘をついた。
小さな嘘が積み重なっていくたびに、自分がどんどん薄汚れていく気がした。


「へえ、早弁。俺もよくするわ。
腹すくよね、やっぱ」


そう言って、玲は嬉しそうに拳を差し出してくる。
静は一瞬戸惑ってから、恐る恐るそれに応じた。

軽く触れただけなのに、手の甲から玲の体温がじわりと伝わってきて、心臓が跳ねる。


「でもね、俺はそんなんじゃ足りないからさ」


玲はそう言って、突然ブレザーのポケットを探り始めた。
取り出したのは、ジャムパンとチョコパンだった。


「……マジック?」


思わず零れた言葉に、玲は声を出して笑う。


「マジックに見えた?じゃあもう一個出してあげよっか」


今度は背中から、もう一つジャムパンを取り出した。


「どう?すごいっしょ?」


静は何度もこくこくと頷く。
その様子を見て、玲は心底楽しそうに笑った。


「静、可愛いね。純真! ピュア!
羨ましいなあ。きっと周りの環境がいいんだね」


その瞬間、喉がぎゅっと締め付けられた。
胸の奥が痛くなって、呼吸が浅くなる。


「静?」

「だい、じょうぶ……なんでもない」


もし、本当のことを話したら。
太っていて、不細工だと言われて、笑うことすら許されなかった日々を話したら。
玲は、どんな顔をするのだろう。

考えるほど、息が苦しくなる。

そのとき、口元に柔らかい感触が触れた。
顔を上げると、玲が一口大にちぎったパンを差し出している。


「はい、あーん」

「な、なに……?」

「食べてよ。悩んでる顔してたでしょ。
お腹空いてるとさ、余計なこと考えちゃうんだよ」

「……なんで、わかったの……?」

「ん? 俺、静検定二級だからね。
まだ一級には届いてないけど。ほら、食べな」


その言葉に、静は思わず笑ってしまった。
慌てて口元を押さえ、俯く。


「え!? 体調悪い!? 大丈夫!?」


玲は焦った顔で覗き込んでくる。
しばらく静の顔をじっと見つめてから、ふっと表情を緩めた。


「……何?」


また、嫌な考えが胸をよぎる。

『笑った顔がブスだから笑うな、気持ち悪い』
『あんたの笑顔なんて誰も見たくない』

その瞬間、頭の奥で今まで言われてきた様々な言葉が蘇る。
そんな言葉たちのせいで静は笑顔を奪われてきた。玲もあの人たちと同じようなことを思うのだろうか。そう考えたとき。


「んー……なんかさ。静の笑顔、綺麗だなって思って」

「……綺麗?」


聞き慣れない言葉に、首を傾げる。


「言葉にしづらいけど、すげえ綺麗なんだよ」


必死に身振り手振りで説明する玲がおかしくて、また笑ってしまう。


「ほら、やっぱ綺麗。
ていうか、俺のパン食えし!」


そう言って、もう一度一口大にちぎったパンを唇に押し当てられた。

素直に口を開くと玲の指が唇を掠めた。その事実にこれでもかというくらい体温が上がる。
そのせいでパンを味わうまもなく飲み込んでしまった。


「どう? 美味しい?」


ビー玉のような瞳が、まっすぐこちらを見ている。
静は何度も頷いて、誤魔化した。


「そっか。じゃあ、もう一口どうぞ」


またパンを口に入れられる。
やっぱり味はわからない。

それでもきっと、今まで食べた中で一番美味しいパンだと、静は確信していた。
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