【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ

文字の大きさ
24 / 56

24

しおりを挟む


机の上や引き出しの中には、琥珀の退院と無事を祝うプレゼントや手紙がぎっしりと置かれていた。その光景を見た琥珀は、不機嫌だったのが嘘のように笑顔になった。


「こは、おはよう。さっきまで不機嫌そうだったのに、急にご機嫌さんだね?」


頬杖をつきながら微笑む楓が、目を細めて琥珀に声をかける。周りにいた女子が楓のその姿を見て頰を赤らめた。
楓はすっと琥珀に近づき、両手でその頬を包むと、指先で柔らかく撫でた。


「うん、めちゃくちゃ嬉しいんだよ! 楓も入院中、俺の見舞いに来てくれてありがとなぁ」

「うん、まあね。でも、正直、こはが死んだんじゃないかって思ったよ」

「……は?」


思わぬ言葉に琥珀は目を見開く。その反応を面白がるように楓は軽く笑みを浮かべた。


「縁起でもねえこと言うなよ、バカ!」

「ごめん、ごめん。許して。でもさ、俺も本気で心配してたんだから」


楓が少しだけ真剣な声色に変えると、琥珀は仕方ないという顔で小さく頷く。
入院中、楓は何度も琥珀を見舞いに訪れていた。学校での出来事や共通の友人の話を、まるで琥珀がその場にいるかのように共有してくれる楓の姿は、琥珀にとって唯一の癒しだった。

楓は立ち上がり、琥珀の腕を軽く引くと、そのまま椅子から立たせた。琥珀が不思議そうな顔をしている間に、楓は椅子に座り直し、さらに琥珀を引き寄せ、自分の膝の上に座らせる。琥珀は驚いたものの、特に抵抗せずに背中を楓に預けた。


「それでさ…慶也の記憶がなくなったんだって?」


楓は琥珀の柔らかい髪を指で梳きながら、耳元で囁くように尋ねた。


「…うん。俺の幼馴染だったらしいけど、全然覚えてないんだよな。俺、あいつとそんなに仲良かったの?」

「仲が良かったっていうか、こはが一方的に慶也に迫ってた感じだったけどね」

「はあ?! 嘘だろ?!」


琥珀は驚いて楓を振り返る。その表情が面白くてたまらないのか、楓は肩を揺らして笑った。


「でもさ、今のこは、慶也のことあんまり好きそうに見えないんだけど。どうして?」


楓の問いかけに、琥珀は少し考え込むようにしてから答えた。


「嫌いってわけじゃないけど、過保護すぎるんだよな、あいつ。俺が何かしようとすると、いちいち口を出してくるし。鬱陶しいっていうか…」

「へえ。それだけ?」

「それだけじゃなくて、たまに一緒にいると頭が痛くなるんだ。あいつ、俺に付きまとってきてさ。『心配だ』とか『無理するな』とか言うけど、俺は子供じゃないんだから放っとけって思うんだよな
それにいくら前は幼馴染だったなんて言っても今は出会って数日みたいなもんだし、距離感に慣れない。」


琥珀が不満をぶつけるように言う様子が可愛らしく、楓はつい琥珀の耳元を指先で撫でた。その感触に琥珀はくすぐったそうに身を捩り、楓の胸元に顔を埋めて甘えるように擦り寄る。


「まあ、慶也は心配するだろうね。昔からそういう性格だからさ。それに、周りがこはに触れようとするとすごい顔で睨みつけるんだよ。ほら、今だって」

「え? 何?」


琥珀が楓を見上げると、楓は顔を寄せ、二人の距離が徐々に近づいていく。その瞬間。


「琥珀」


鋭い声とともに、琥珀の腕が強引に引かれた。琥珀が楓から距離を取られ、振り返ると、そこには慶也が立っていた。彼の顔には笑みが浮かんでいたが、その目は冷たく光り、明らかに怒りを秘めている。


「なんだよ、いきなり…」


戸惑う琥珀をよそに、楓は余裕たっぷりの笑みを浮かべたまま、慶也を挑発するように言葉を投げかけた。


「あーあ、無理やりそんなことするから嫌われちゃったねえ。慶也はさ、今までのは琥珀が慶也のことが好きだから故に通じてたことだって気づいた方がいいよ。

そんな独占欲向けたって意味がないどころか、迷惑がられてる。まあ、これは前の琥珀にも言えちゃうことなんだけどさ。

ちょっと前までは一方的に迫ってきた琥珀に「新しい好きな人見つけられるといいね」くらいの言葉をかけてあげるのがちょうどいいんじゃない?だって慶也にとっては大切な彼女と付き合うことも邪魔されないんだし好都合でしょ?」


楓はまるで慶也の琥珀に対する気持ちを見透かしたように話し出す。


「それは…」


楓の言葉に慶也は歯を食いしばり、何かを言いかけたが、結局何も言わずに黙り込んだ。

楓は冷ややかな笑みを浮かべ、さらに言葉を続けた。会話の内容を理解できない琥珀は首を傾げ、楓を見上げる。


「楓、何話してんの?」


琥珀の無邪気な声に、楓は笑みを崩さずに言った。


「こは、そんな可愛い顔してたらダメだよ。悪い奴が寄ってきちゃうからね」


楓は優しく琥珀の視界を手で塞ぎ、そっと囁くように言葉を続けた。


「慶也もどうするのか考えた方がいいよ。琥珀は昔の琥珀じゃないんだからさ。また困るのは慶也なんだから。これは友達としての忠告。」


その言葉に、慶也は拳を握りしめたまま、悔しそうに視線を逸らした。
しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

処理中です...