R18【同性恋愛】『戻れない僕らの日常』【絆・対・相編】正規ルート編

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────3章『本格始動、宝船』

■10「久隆の説得と彼の涙」

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 ****♡Side・久隆

 ────翌月曜、放課後。

「葵ちゃんは、これでいいの?」
 久隆は葵に飲み物の希望を聞きながら、パネルに目を向ける。生徒会や風紀委員会への説明は口頭よりも、文書にした方わかりやすいのではないか、と言う意見で一致した三人は、昼休みに久隆たちの教室で文書を作ると、内容の再確認の為に一階の自動販売機の前に居た。
「久隆くん、ありがとー」
「咲夜は?」
 久隆は葵にオレンジジュースを手渡しながら、咲夜に問う。
「俺は平気」
 と、遠慮してニコッと微笑む彼に、久隆は変なスイッチが入り、
「俺が奢るって言ってるんだよ?」
 と、咲夜の腕を引くと壁に押し付ける。ストローでオレンジジュースをちぅちぅ吸っていた葵がその様子を見てぎょっとした。
「俺が奢るジュースが飲めないって言うの?」
 久隆は、タイに添って咲夜の身体を手のひらで撫で降ろしていくと、彼は困ったように眉を寄せる。

「ちょっとちょっとお!何してんのッ、久隆くん」
 久隆は葵のツッコミを無視し、咲夜にちゅぅッと口づけた。すると、後ろから葵にノートでひっぱたかれる。
「痛いよ、葵ちゃん」
「こんなところで、変なスイッチ入れないでよ。久隆くん」
 葵に怒られる久隆に、咲夜が笑っていた。昇降口近くの自動販売機はこの時間、人がそこそこ多い。
「さてと、冗談はこの辺にして」
 久隆が咳払いをすると、葵が疑いの眼差しを向ける。
「冗談だった?今の」
 咲夜からしてみれば、二人のやり取りは漫才にしか見えない。久隆と葵はお互い言いたいことを言えるくらい信頼関係を築き、仲良くなっていた。
「段取り通りに」
「うん。多分生徒会の方は大丈夫だと思うけれど」
 葵が久隆の言葉に楽観的な言葉を発し、
「頑張ろうね」
 と、咲夜。久隆たちはそこで別れた。

 **

 風紀委員会は生徒会室の側にある。通常なら別れる必要はなかったのだが、この時間は風紀委員が見回りの為に不在らしい。久隆は秘密裏に入手した、手元の風紀委員の巡回表を見つめた。
「すぐに会えるといいんだけど」

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 俺たちはチームなんだ。
 なんといったって”3”という黄金バランス。

 成功を祈って心で唱える。

 力を合わせれば、きっと...。

「のわッ?!」
 それは、中庭に差し掛かった時だった。久隆は突然、何者かに腕を掴まれ建物の影に引きずり込まれ、そのまま、腰をついてしまう。

 え?誰?

 大里に王様に仕立て挙げられて以来、久隆は誰かに絡まれたことは一度もなかった。葵と咲夜は別方向に向かったはずだ。

 この手の大きさは大里じゃない。
 怖い。どうしよう。

 とりあえず久隆は、誰なのか確認しようと相手を見上げ、
「え?」
 固まった。相手は恨みがましいという瞳で久隆を見下ろしている。黒髪が似合う、小柄でとても可愛らしい子だった。
「君..」
 彼は目に涙を溜めている。
「大崎くんのせいだ」
 彼の恨み言に対し、久隆は黙っていた。
「大崎くんのせいで、聖くんがッ..」
 彼は、大里が特別扱いしていたセフレの子である。久隆は彼のネームプレートに初めての目をやった。久隆は今まで人の名前に興味を持っていなかったので、何度か危ないところを助け上げたことはあったが、彼の名前を知らなかったのだ。“黒川”と彼のネームプレートには書いてある。
「もう、一緒に居られないって」
 久隆は黒川が、ポロポロと涙を溢すのただ見つめていた。彼がイジメに合っている所に遭遇したことは何度もある。しかし彼は必死に耐えており、泣いているところを見たことはなかった。

 大里、なんで?
 なんで彼にこんな可愛そうなことするの?

「聖くんを返してよ!」

 俺は彼に、なんて言ってあげたらいい?

「一緒に居られるだけで良かったのに...」
 久隆は、立ち上がると黒川に手を伸ばそうとしたが、カチカチという音にビクッと手を引っ込める。彼はポケットから大きいカッターを取り出すとカチカチと歯を出していく。
「大崎くんが居なくなったら、聖くん側に居てくれるよね?」
 そう言って、黒川はカッターを振り上げた。
「待って!」
 久隆は、必死に彼の手首を両手で掴み抑える。
「聞いて」

 彼にこんなことさせたらダメだ。

「うるさい!」
「俺の話を聞いて、頼むから」
 久隆は落ち着いた声で告げた。
「こんなことしたら、傷害罪になるんだよ?殺人未遂罪になるかもしれないし、殺人罪になるかもしれない」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
 思いつめた表情でボロボロと涙を溢す黒川は、久隆の話を聞こうとはしない。
「俺を殺すのはいいよ、でも捕まったら大里に会えなくなっちゃうんだよ?いいの?」
「聖くんはもう会ってくれない!」
「学校で見かけることもできなくなっちゃうんだよ?」

 好きな人に会えない辛さは自分が一番分かってる。
 この子にそんな想いはさせたらダメだ。

「大里は、君を守りたいから離れたんだよ?」
「わかってるッ..わかってる..」
「俺がなんとかするから、だからこんなことしちゃダメだ」
 彼の行き場のない想いは人を恨むことでしか発散できなかった。葵や咲夜に向かなかったことは幸いだと思う。
「今、俺たちはその為に動いてる。信じて」
「ほん..と?」
 久隆の必死の説得に黒川の手の力が弱まる。
「大里にも、ちゃんと話してあげるから」
 彼へのイジメを度々止めに入っていたことが、効をそうしたと言うべきか。

「約束する。だから」
 久隆の言葉に希望を見出したのか、彼の顔が歪む。
「う..わあああああああん」
 糸が切れたように泣き出した彼の腕を久隆は掴み、
「いい子」
 と、黒川から取り上げたカッターを地面に落とすとその身体をを抱き締めた。
「大丈夫だよ、いい子だね」
 何度も何度も慰めるように背中を撫でる。

 なんとかなるって、思っていたんだ。
 なのに、この子にあんな怖い思いをさせてしまうなんて..。

 ****

「久隆!」
 久隆の連絡を受け大里は慌てやって来ってくる。黒川は怒られると思ったのか、久隆の腕の中で震えており、
「大丈夫だよ」
 と、その背中を摩ってあげていた。
「怪我はないのか?二人とも」
 と、大里。
「大丈夫」
 とその問いに久隆は返事をする。大里が黒川に触れようとすると、ビクッと身体を震わせるので、ため息をつき、
「おいで、怒ってないから」
 大里は彼に優しく声をかける。黒川は、大里にとって久隆がどれほど大切かを理解していた。怒られる、嫌われてしまう。きっとそんな風に思っているのかもしれない。そんな彼に、
「大里が悪いんだから大丈夫だよ」
 と久隆も、優しく声をかける。
「聖くんッ..ごめんなさいッ」
 優しく久隆に背中を押され、彼は大里の胸に飛び込む。
「ごめんな。そんなに追いつめていたなんて..」
 大里が彼をぎゅっと抱き締めるのを複雑な思いで久隆は見ていた。

「大里」
 大里は彼を慰めている。
「さっきも話したけれど、俺たちがなんとかするからさ。側にいてあげなよ。残酷なことしないであげて」
「久隆..」
「大里一人で守れないからって、突き放すのは違うと思う」
 そんな理由だったらきっと後悔しかしない。
「だってもう、大里は一人じゃないでしょ?」
 そういって久隆が微笑むと、大里は凄く驚いた顔をした。
「大里、ずっと俺のこと守ってくれてありがとう。今度は俺が守ってあげる」

 そうだ。
 俺は大切なものたちを守るために。
 今こそ行動を起こす時なんだ。
 誰かが誰かを傷つけるのは、もう許さない。
 この学園からイジメなんてなくしてやる。

「じゃあ、やることがあるから行くね」
 久隆は気持ちを新たに中庭を後にした。

 **

 ええっと、もう見回り終わった頃かな?

 久隆が急いで別館二階へ向かうと、風紀委員会室がある廊下で葵の声がした。
「あ、久隆くん」
 葵は咲夜と、二年の先輩と一緒にいるようで、腕には生徒会の腕章。
「風紀の人戻ってきた?」
 久隆は生徒会の先輩に会釈をすると、葵に声をかける。
「卑猥コンビの友人か?」

 え?卑猥コンビ??

 久隆が不思議そうな顔をしていると咲夜が、
「鶴城先輩、その呼び方やめてください。同中の人しか知りませんから」
 と、先輩こと鶴城に抗議をしていた。しかし、
「お前ら友達居たんだなぁ。良かったなぁ」
 彼はまったく聞いていない。代わりに、
「さっき、委員長らしい人入っていったよ」
 と、葵。

「なんだ?風紀に用なのか?」
 と、鶴城は”委員長”と言う言葉に反応する。
「はい」
 久隆が頷くと、
「さっきのあれ、風紀にもお願いしたいの」
 と葵は鶴城と仲がいいのか、先輩である鶴城にため口だ。すると、
「俺、頼んでやろうか?どっち道、連携しなきゃ無理だろうし、委員長と仲良いし」
 と、鶴城が提案してくれる。渡りに船だった。
「マジ?!流石ぁ我らが先輩」
「おう、もっと尊敬しろ」
 鶴城と葵がそんな会話をしている中、久隆は頭を下げる。
「んじゃ、あとは任せておけ」
 そう言うと鶴城は風紀委員会室へ行ってしまった。

「久隆くん、任せておけば大丈夫。ああ見えて頼りになるから。中学の時もずっと生徒会役員だったし。ね、サク」
「うん」
「助かる」
  元外部生で生徒会役員というのは稀なケースだった。よっぽど人望がある人なのだろう。
「でも、こんだけ味方増えても...」
 葵は、廊下の窓から中庭を見つめた。
「学園は広いから守りきれるかわからないよね」
「力を知らしめたらいいんじゃないかな」
 葵の言葉を受け、咲夜がポツリと言う。
「え?」
 久隆と葵が咲夜の方を見た。

「だって、久隆は学園の王様なんでしょ?」
「うん..」
 今までは大里にレールを引かれ、そこを歩いているだけだった。イジメを見かけたら止めに入ることは良くある。その度に大里の作ったゲームは稼働していた。けれど、当事者以外はおぼろげに認識するだけ。“巻き込まれたくない”、力はそんな風にしか働いていない。

 それじゃダメだ。

 みんなで無くしていこう、見かけたら止めるんだ。そんな風に意識を変えていかなきゃこの学園は変わらない。毎年毎年、外部生は理不尽にイジメの対象になる。内部生であっても、なんらかの形でいつその対象になるかわからない。エスカレーター式の学校というのは進学は楽だが、閉鎖感と単調な刺激のない日々という欠点があり、そういうストレスがイジメというものに繋がる理由にもなる。

「力で押さえつけるのはダメだと思う」
 久隆は自分の考えを口にした。
「連帯感を産めばいいんじゃない?」
 すると葵がそう自分の意見を出す。
「連帯感?」
 咲夜が葵の横顔を見つめた。
「そうそう、同じ目的や敵がいると連帯感が生まれるよね」
「なるほど」
「例えば、体育祭とかいい例じゃない?」
「行事予定を増やしたりとかしたらいいのかなぁ?」
 と、咲夜。
「学校行事は学校が決めるものだしね。生徒会に主宰してもらうとか」
 葵は自分のアイデアを提示していく。

「よし、また会議するとして、とりあえず帰ろう」
 久隆が話を纏めると歩き出す。
「夕飯外食がいいなあ」
 と、久隆の腕に葵が腕を絡めると、ズルいと言って、咲夜が久隆の反対側の手をとった。
「よし、恒例の多数決いきますか」
 と、久隆。
「意義なし!意義なし!」
 と、葵。
「くくくっ」
 咲夜は笑っている。
「万歳、民主主義」
 三人は明るい未来を信じて笑いあう。この時、久隆たちは三人で知恵を出しあえば問題を打開していけると信じていた。しかし、それを嘲笑うかのように事態は急展開を迎えることとなる。
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