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────7話*彼の導く選択

0・皇と塩田

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****♡Side・副社長(皇)

「何かあった?」
 ”ただいま”といってキッチンへ向かえば、冷蔵庫の前に立っていた塩田にいきなりそう問われた。
「おかえりって言わないか? 普通」
「おかえり」
 塩田は素直に挨拶を返し、冷えたミネラルウォーターをグラスに注ぐ。
 カウンターテーブルの頭上に設置されたスピーカーからは静かに音楽が流れていた。皇は家と言うよりもbarのようだなと思いながら上着を脱ぎカウンターの椅子の背もたれにかける。
電車でんまは?」
「出かけてる」
 ”着替えて着たら?”と言われ、バッグを置こうとしていた皇は上着を持ち一旦自分に宛がわれている部屋に向かったのだった。

「この家では、帰ってきたらまずは風呂ってのがルールだけれど」
 ”腹減ってるんだろ?”と塩田は冷蔵庫から皇の分の夕飯を出して並べてくれた。
「それ、ルールだったのか」
「だって花粉やら埃が舞うだろ?」
 塩田のマンションはほぼフローリングでバリアフリーの構造だ。
 いつもピカピカに見えるが、マメに掃除をしているからに他ならない。
「乾拭きしてから水拭きするの面倒だろうよ」
「意外とマメだよな、塩田」
 ”温めは自分やって”と言われ、味噌汁を火にかけつつ煮物をレンジに入れる皇。塩田はリビングのソファーにコロコロをかけていた。

「まあ、習慣かな。実家も掃除大変だったし」
 塩田の実家は規模は小さいがアラブの宮殿のような造りだったと聞いたことがある。
「これ、みんな作ったのか?」
「紀夫がね」
 今夜の夕飯は刺身盛り合わせに煮物と味噌汁。そしてお新香がついていた。
「あいつ、そう言えば料理するって言ってたな」
  椅子に腰かけ手を合わせる。塩田も自分も和食を好むのでこの家では和食が多い。
「魚をさばけるんだな」
「大家族だからな、あそこの家。そういうのは昔からやっていたらしい」
「へえ」
 刺身は切り方一つで旨さが変わるという。
 上手いもんだなと思いながら口に運んでいると、掃除をし終わった塩田が隣に腰かける。
「で、なんかあったのか?」
と彼。
「何故そう思う?」
 質問に質問で返すのはどうかと思ったが、何を思ってそんなことを言うのか知りたかった。

「理由に繋がることはいろいろあるけれど。皇は遅くなる時には連絡を寄越すが、その連絡がだいぶ遅かった。それといつもは帰ってきたら着替えてからここに来るのに荷物を持ったままここへ来た」
 三人で帰るときは帰宅してすぐに塩田と電車はそのまま風呂へ向かう。皇はその間に着替えて洗濯を回すのが最近のスタイルだった。そして皇が風呂に入っている間に塩田が掃除をし、電車が夕飯の用意をする。
 だが皇はいつでも一緒に帰れるわけではない。
 そんな時は先に告げておくのが暗黙のルール。大体の時間が決まれば追って連絡もしていた。

 共同生活に大切なのは報連相。職場ではたくさんの人がそれによって連携を取ったり仕事をスムーズにするように、家族や他人との共同生活でもそれは活きる。
 遅くなることをあらかじめ知っていればそれなりの対応ができるし、時間を無駄にせずに済む。

「皇の場合は義務を感じてと言うよりは習慣として行っている感じがした。つまり、連絡が遅くなったのは連絡することが出来ない状況だったからだろう?」
 ”違うか?”と言うようにこちらを見る彼。

 苦情係、唯野の三人の部下は社内において非常に優秀だという評価がなされている。そうでなければ四人であの部署を回せるわけがないのだ。
 評価は伊達ではないなと感心しつつ、どう答えるか迷う。あまり下手なことは言えないが、嘘もつきたくなかった。
 塩田は社会人としては礼儀などが欠けているという部分はある。しかし嘘がなく、真っ直ぐで信頼できる相手なのだ。そんな彼に嘘がバレた時のことを考えると胃が痛くなる。
「言いたくなければ無理には聞かない」
 塩田はじっとこちらを見つめていたが、ため息をつくとそう言ってミネラルウォーターに手を伸ばしたのだった。
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